『夏の記憶』

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」


 手狭なマンションのリビングで、アズマと五福は空の食器に向かって手を合わせた。今日は久しぶりにふたりが揃った休日だ。アズマはふたり分の食器を片づけながら、横目で窓ガラス越しの空を見上げる。今日は貴重な梅雨の晴れ間、天頂に輝く太陽が雲の切れ間から顔を覗かせていた。

 昼食を食べ終わり、ここからは休日ならではのアディショナルタイム。すなわち“昼下がり”の始まりだ。彼女らはその貴重な時間を無駄にする気はさらさら無かった。


「……時間もできたし、ちょっと昼寝しようかな。五福はどうする?」

「あ、私もそうします。せっかくのお休みですしね!」


 ふたりにしてみれば、『時間の無駄ほど贅沢な時間の使い方は無い』らしい。ふたりは朝から敷いたままの布団へと転がり込んだ。満足するまで精いっぱい休んでやるぞと、ふたりはいつになく意気込んでいたのだが……


「……いやー、蒸し暑いな……」

「梅雨だし、暦の上ならもう夏ですからね……」


 これでは寝るに寝れないと、アズマはこもった熱を払うようにシャツの襟元をぱたぱたと振る。その姿を見て、五福は何かを思いついたようだ。布団からやおら立ち上がり、ぺたぺたと湿った足音を立てながら部屋の端へと移動した。 

 横になったままそれを眺めていたアズマの視界に、黒い幕が降りる。五福が広げた翼が、手狭な部屋を暗幕のように覆ったのだ。そして彼女がその翼を振るうと、先程までのぬるい風とは違う柔らかな風がアズマの髪を揺らした。その風に乗り運ばれるかすかな五福自身の香りも、鼻が良いアズマの心をより落ち着かせた。

 身も心も包まれるような、心地の良い風。アズマの瞼がゆっくりと閉じていき、彼女の視界は再び黒に覆われていった。


「……おやすみなさい、アズマさん」


 翼で扇ぎながらも五福はそっと手を伸ばし、ほのかに汗ばんだアズマの前髪を指先で梳く。太陽はまだまだ高く、窓の外ではニイニイゼミの単調な鳴き声が響いている。飲みかけの麦茶のコップの中で、融けかけた氷がカランと転がった。『この“昼下がり”がいつまでも続けばいいのに、夜なんて来なくてもいいのに』と、コウモリであるはずの五福はそう願っていた。

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