『ハーフアンドハーフ』(掌編詰め合わせ)
【桑都市:とあるマンションにて】
CAST:今泉アズマ、滝本ショウマ(エノコロ)、清滝スミレ
「スミレのその羽根、どこから生えてるの?」
そんな質問が、床に四肢を投げ出してだらけきったアズマの口から漏れる。その半分眠っているような目線の先には、同様にだらけきったスミレの姿がある。彼女たちが我が物顔でくつろいでいるこの場所は、エノコロが借りているマンションの一室。だが、当の家主はクッション代わり。遊びに来ていたスミレとアズマは、エノコロの暖かな毛皮を全身で堪能していた。
『その羽根、動かせるんだよね?』というアズマの問いに、スミレは“挙羽”で応える。ぴょこぴょこと跳ねるような仕草は、獣の耳を思わせる。アズマにとって、その動きはとても馴染み深いものだった。『……エノそっくり』。アズマの呟きを聞いたエノコロとスミレはそっと目くばせし合う。そして、ふたりは息を合わせて羽根と耳を伏せたり立てたり、まるで手旗信号のように動かしてみせた。
「いいなー、私も何か動かしたい」
「アズも頭に何か付いてんじゃん。それ動かせるんじゃない?」
「確かにー。ちょっと触らせてよ」
「これはくせ毛!」
エノコロの冗談に対し、アズマは口を尖らせて否定する。だが、自身のくせ毛を指先で弄ぶスミレの手を止めようとはしなかった。
【桑都市:とある公園の片隅にて】
CAST:今泉アズマ、滝本ショウマ(エノコロ)、清滝スミレ、河守五福
《スミレ、おめでとう! 渡したいものがあるから、今から会える?😘》
携帯端末の画面に映っているのは、そんな浮ついたメッセージ。顔を上げると、送り主であるエノコロさんとアズマさんの顔が目に入った。くすくすと笑っているふたりはまるで、イタズラを仕掛けた子供のよう。……何かを企んでいるのが手に取るように分かる。
言いたい事は山ほどあるが、聞きたい事はまずひとつ。先手を打つには今しか無いと、私は口を開いた。
「……とりあえず呼ばれたから来たけど、今日、何かの記念日だっけ?」
怪訝そうに訪ねると、ふたりは待ってましたとでも言いたげにぱっと破顔した。選択肢を間違えた!? 私が怯んで一歩下がると、ふたりは一歩 歩み寄ってきた。そして……
「「恐竜の日、おめでとう!!」」
思わず『えっ』と呟いてしまった。確かに私はディノサウロイド(恐竜人間)だが、それは今日祝われるものなのだろうか……
私はすっかり困ってしまい、さっきから笑顔を絶やさないふたりを交互に見やった。どちらかに助け船を求めようにも、ふたりとも変ならどうしようもない。途方に暮れる私と、何やらまだ楽しそうなエノコロさんとアズマさん。今日は祝日ではなく、災難な日なのでは……
私がそう思いかけた瞬間、アズマさんの後ろから、ひょこっともうひとりの人影が顔を出した。
「……そんな困らなくても大丈夫ですよ、スミレさん。この人たち、誰でも何でも祝うんです」
呆れたようにアズマさんの頬を突っつくのは、翼竜のような翼を持つ少女。名前は確か、五福ちゃんだっけ。思わぬ助け船に、私も少し平静を取り戻す事ができた。
「じゃあ、恐竜の日で私が祝われるのも冗談って訳じゃ無いのかな……?」
「アズマさんだったら、モグラ繋がりで『世界土壌の日』。エノコロさんなら、11月1日の『犬の日』とか……」
『とにかく祝いあってるんです』と、五福ちゃんは呆れたように言い放った。
「そういう事! だって、何か楽しい事が無いと辛いもんね。ね、アズ」
「そうだねぇ…… スミレはいつも頑張ってるからね、今日は“恐竜の日”なんだし、私たちからのお祝いだ」
アズマさんのその言葉を聞いた途端、3人の輪郭がぼやける。熱くなった目頭に、私自身が驚いていた。思わず瞼を閉じると、暖かな毛皮と大きめな手の感触が私を包む。流れた涙の筋を拭い、私はようやく素直に『ありがとう』と言う事ができた。
「……もちろん、スミレにプレゼントもあるんだよ。エノと一緒に選んだんだ」
「恐竜の日だからね! 恐竜っぽいのを選んだよ」
ふたりが差し出してきたケースを、私は喜び勇んで開封する。五福ちゃんも見ているというのに、泣き顔の情けない綻びが治まらなかった。
ケースの中には鮮やかな琥珀色の耳飾りがワンセット、静かに輝いていた。
「化石っぽいのがいいかなって、ふたりで選んだんだ。気に入ってくれたら嬉しいな」
「そんな…… すっごい嬉しいよ!ありがとう!」
「しかも、虫入り。恐竜といったら、ね?」
「……そのオチ、いる? 耳に虫着けてる人になっちゃうよ」
4人の笑い声が、4月17日の空に響いた。この琥珀のピアスと私の記憶は、きっといつまでも色褪せないだろう。
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