『空と大地の交わる場所で(掌編詰め合わせ)』
【桑都駅前にて】
【CAST:今泉アズマ、河守五福】
夜の街。家路を急ぐ人々の間を縫うように、ひとりのコウモリが足早に通り抜けていく。彼女は翼を持つ獣であるはずなのに、なぜ飛ばないのだろうか? その答えは、すでに彼女の瞳に映っていた。五福の視線の先には、大好きな“アズマ先輩”の後ろ姿。五福は彼女に追いつこうとして、跳ねるように駆けだした。
「アズマさーん! 今帰りですか?」
トントンと、五福は弾むようなリズムでアズマの肩を叩く。そして彼女が振り向く前に、自身の人差し指をピンと立てた。このままアズマが振り向いてくれれば、彼女の頬は五福の指で突かれてしまう。という、只のじゃれ合いだ。……の、はずだったのだが。
《ドスッ!》
「ぐうっ…… ゆ、指が……!」
「……何やってんの、五福」
アズマの頬は、五福が思っていたよりもしっかりしていた。モグラ譲りの丈夫な顎に、五福の指が負けたのだ。『そこは"ぷにっ"とかでしょう』と、頬を膨らませながら五福がぼやく。アズマは笑いながら、彼女の細い指を撫でてあげた。
【桑都市、市街地にて】
【CAST:今泉アズマ、河守五福】
「あ、ツバメ。今年も海を渡って来たんだなぁ……」
アズマが春霞の空を指さす。その先には、建物の間を滑るように飛んでいく黒い三日月形のシルエット。今年も東南アジアからツバメが渡ってきたのだ。彼女は特に鳥が好きという訳ではなかったが、渡ってきたツバメが告げる新たな季節の幕開けが感慨深いようだ。
だが、それを面白く思わない者もいる。ツバメを白眼視しているのは、アブラコウモリのお化けである五福だ。彼女は翼を持つ獣として、アズマが鳥に心奪われている様子が我慢ならない様子であった。
「……確かに、あんな小鳥が海を渡るのは大変でしょうね? でも、私は“あれ”よりもっと大きい翼を持ってますからね?」
「……五福?」
「私、東南アジアまで行ってきますよ。ツバメにできたんだから私にもできますよこのままじゃ翼を持つ者として黙ってられませんすぐ戻りますからお土産何が良いですか」
ムキになって飛び去ろうとする五福と、しがみついて彼女をなだめるアズマ。その光景は、しばらくの間ツバメを差し置いて桑都の『風物詩』になったそうだ。
【桑都、とあるマンションにて】
【CAST:今泉アズマ、河守五福】
「アズマさん! 居ますかー!?」
やけに興奮しながら、五福はアズマの住むマンションのベランダに着地する。アズマが鍵を開けるやいなや、彼女は部屋の中に転がり込んできた。それはまさに、五福が腕の中に抱えている、真ん丸なココナッツが転がるようであった……
「慌ててどうしたの!? それに、持ってきたそれ何?」
「何って、ココナッツですよ!」
「それは見たら分かるけどさ……」
五福から差し出されたココナッツを受け取りつつも、アズマは訝し気に事の顛末を問う。笑顔が抑えられない五福によると『たまたま近所の青果店で並んでいたココナッツを見つけて、面白そうだから買ってみたんです』とのたまう。アズマは呆れたように相槌を打ってはいたが、心の奥底で好奇心が湧き上がるのを感じていた。
「……ふーん。にしてもさ、このココナッツ、どこ産なんだろう? きっと、南の方だよね。砂浜にヤシの木が何本も生えててさ、ヤシの実を収穫したら、今度はそれがはるばる太平洋を渡って、五福が手に取ったんだよ。すごい旅だよね……」
「……アズマさん、何だか楽しそうですね」
「えっ、ああ、そうだね。……うん、五福は良い買い物したと思うよ。ココナッツを見てるだけでも、何だか楽しいもの」
アズマと五福は顔を見合わせて微笑む。その間には、ココナッツがひとつ。その後彼女の部屋に置かれたココナッツは、しばらくの間、桑都の片隅に爽やかな潮風を偲ばせていた。
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