『お参りしましょう』

 冬の桑都。空気も凍ったように張り詰め、空は青く高い。エノコロとスミレの吐く白い息が、ヒサカキに囲まれてほの暗い社(やしろ)に浮かんでは消えていった。


「こんな所に社があったんですね」

「……お参りしてみ、面白いから」


 エノコロは社の前に置かれた小さな賽銭箱を指し示した。スミレはそれを怪しく思う事もなく、素直に社の前へと向かう。神社というには少し小さめだが、社そのものは小奇麗でよく手入れされている。『ここの神さまは、きっとマメな人なのだろう』。そんな事を考え、彼女は賽銭箱に景気よく500円硬貨を放り込んだ。彼女はお人好しなのだ。


ちゃりん、と賽銭箱の中から音がした。答えるように、社の木々がざわりと揺れた。

ぱん、とスミレが柏手をひとつ。散らされるように、冬の枯葉が巻き上がった。

スミレは眼を閉じ、何かを祈る。エノコロは、後ろで笑いをこらえていた。


「……やったーっ!」

「きゃあっ!!」


 突如として、社が絹を裂いたような叫びに満たされる。スミレの背中に何者かが飛びついたのだ。目を白黒させて後ろに倒れ込んだスミレを、エノコロがタイミングよく受け止めた。柔らかな毛皮に埋もれたまま恐る恐る目を開いたスミレは、彼女の顔を上から覗き込む少女と目が合った。


「お参りしてくれたのはあなたですね! ありがとうございます!」


 少女はいかにも嬉しさを抑えられないといった風に顔を紅潮させ、スミレに笑いかける。当のスミレはと言えば、その少女から『まるでヘビのように』きつく抱きつかれていたため、少女の言葉に合わせて頷くのがやっとだった。その様子を見かねてか、ようやくエノコロが声を上げた。


「ベンテンサマ、緩めてあげてよ。苦しいってさ」

「あっ、ごめんなさい! つい……」


 ベンテンサマと呼ばれた少女はぱっと両手を放す。解放されたスミレは大きく深呼吸すると、エノコロとベンテンサマを交互に見やった。


「……知り合い、なんです?」

「そ。この子、ここの神さまなんだけどね、まだ成りたてだから名前が無いんだよ。だから、ベンテンサマ」

「こんにちは! あなたがエノコロさんの言ってたお友達ですね! お参りありがとうございます」


 スミレは体中についたエノコロの毛を払いながら、一生懸命に頭を下げるベンテンサマをなだめる。さっきまでスミレ自身がベンテンサマに組み付かれていた事はもう忘れてしまったかのようだ。やはり彼女はお人好しだった。


「君、神さまに成りたてなんだね。私も見習いの天狗だから、大変さは分かるよ」

「えへへ…… あ、そうだ! お参りしてくださったので、何かご利益をあげます」

「本当? 嬉しいな」

「お賽銭頂いたので、みんなで暖かい飲み物でも買いましょう! 今日、寒いし」

「え、それ、私のお金では……」


 困ったように頭を掻くスミレの横から、エノコロは『ありがとう』と冗談めかして彼女の肩を叩く。小さな社に、3本の湯気が立ち上った。


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