『冬・四題』

CAST:田蟹イサド(サワガニ)、蛙井守シュウ(イモリ) 


 今日は冬至。イサドは暖かな湯船に浸かりながら、長い夜を迎えていた。


「イサド、入ってるわよね? “忘れもの”よ」


 浴室の扉から顔を覗かせたのは、豊かな赤黒の髪を持つシュウ。返事の前に開けるなと文句を言いながらも、イサドは湯気の向こうに『どうした』と声を掛けた。


「ユズ、持ってきたわよ。今日は冬至だからね」

「あー、いいねぇ。……おい、受け取りに行くから、ちょっと待ってろよ」


 『待てないわ!』という声が聞こえるが早いか、湯気の向こうから勢いよくユズが飛来する様が見えた。このままでは、隕石の如く着水したユズがしぶきをやたらめったら撒き散らしてしまう。イサドは舌打ちと共に立ち上がり、ユズが描く放物線の先で6本の手を広げた。

 そして、静寂。ユズの着水は阻まれ、堂々と湯船に立つイサドの手すべてにユズが握られていた。


「……よっしゃ! 舐めてもらっちゃあ困るな」

「お見事。“捨て身”の技、感心するわ」

「!!」


 一糸まとわぬ姿を晒したイサドをからかうように、シュウはわざとらしく手で顔を隠す。イサドは『今さら裸なんて』と強がったが、バツが悪そうに再び湯船へ身を沈めた。


「顔真っ赤よ。茹でガニみたい」

「……ユズで血行が促進されたんだよ。もういいだろ!」


――

―—――


CAST:今泉アズマ、河守五福


 今日は冬至。アズマは(外に比べれば)暖かな自室で、ひとりカボチャの煮物を作っていた。甘じょっぱい香りと、朗らかな笑い声。もちろん、その声はアズマのひとり芝居ではなく、そばに置いた通信端末で実家の父親と通話をしているからだ。


「……うん、うん。今年はね、年末年始はそっちに帰ろうと思ってる。父さんひとりじゃ寂しいでしょ」

『―—――。―—――?』

「いつも通り、29日まで仕事だよ。大丈夫、大丈夫。戸締まりもちゃんとしてるし」


 アズマはちらりと横目で玄関を見やる。侵入者を拒む鍵とチェーンは無機質で冷たいが、しっかりと仕事をこなしてくれている。開ける予定は、少なくとも今夜は無いだろう。


『―—――!』

「いや、玄関には絶対入れないよ。……だって、信じられる人は『玄関からは来ない』から」


 刹那、玄関の反対側のベランダからコンコンとノックの音が聞こえてきた。それを聞くやいなや、アズマは『じゃあね』とひと言、父親の返事を待たずに通話を切り上げた。

 流れるようにキッチンの火を消し、パタパタとスリッパを鳴らしながら窓辺へと向かう。カーテンを開くと、笑みを浮かべる自身の顔と窓の向こうで手を振る五福の顔がオーバーラップした。


「アズマさーん! 来ましたよ!」

「うん、今開けるね」


 手際良く鍵を開け、アズマは五福を招き入れる。五福はアブラコウモリのお化けであるため、このような飛来ほうもんの仕方は当たり前だ。


 「あー、部屋の中って暖かい…… あ、そうだ、今日は冬至じゃないですか。だから私、カボチャ煮て持って来たんです。一緒に食べましょうよ!」


 アズマは一瞬目を丸くしたが、すぐに呆れたような笑顔に変わった。五福も何となくその意図を察し、からかうようにアズマの肩に手を乗せた。


「……まさか、アズマさんも」

「その通り。私も多めに煮ちゃった」

「あはは、お揃いですね」


 甘じょっぱい香りが部屋を満たす。アズマと五福のふたりはお互いの無病息災を祈りながら、長い夜に蜜色の煮物を齧った。


――

―—――


CAST:メアリー、豊、キルダ


 今日はクリスマスイブ。冷たい師走の風に追われながら働く人々も、今夜だけは街の暖かな雰囲気に身を委ねている。


「メアリーさま、豊さま、本日もお疲れさまでした。お茶とお菓子をお持ちしましたので、どうぞ」


 紅茶の湯気をたなびかせ、メイドペンギンのキルダが仕事を終えたメアリーと豊の労をねぎらう。考古館のいつもの風景だが、クリスマスイブの今日は少し様子が違った。


「ありがとう、キルダ。……そうそう、今日は何の日か分かる?」

「今年もあと1週間ですね」

「それはそうなんだけど……」


 『もっと楽しい話よ』とメアリーと豊は子供のような笑顔で顔を見合わせ、花のようなリボンがあしらわれた袋を取り出した。

 いまいち事態を呑み込めていないキルダの目に飛び込んできたのは、銀の雪に彩られた『Happy Holiday』の文字。キルダが再び顔を上げた時、その瞳はクリスマスの飾りに負けないぐらい輝いていた。


「あ、プレゼントだ!そっか、クリスマスだ! ……ということは、これ、私にですか?」

「もちろん! ハッピーホリデーよ」


 キルダは『開けてもいいですか』と言いながらも、すでに袋に手を掛けている。小さな翼が待ちきれないようにパタパタと揺れた。

 『あなたのためのプレゼントよ』と豊が促すが早いか、キルダは袋の中身を引っ張り出した。真新しいダウンジャケットが顔を覗かせると、キルダは今にも飛び立ちそうなほど翼をはためかせた。


「芽吹さん、それにコウルも一緒に選んだのよ。『キルダは下半身がしっかりしてるから、オーバーサイズ気味のジャケットも似合うだろう』って」

「似合います!というか、似合わせます! あー、早くみんなにも見せたいなぁ……」 


 給仕服の上からジャケットを羽織って跳ね回り、キルダは翼だけでなく体中で嬉しさを表す。ふんわりと軽いダウンのおかげか、ペンギンなのにまるで空を飛んでいるかのようにも見えた。


――

―—――


CAST:燦潑


 長く寒い夜が始まる。つい先程までまだほんのりと明るかった西の端も、もうすっかり夜のとばりに飲み込まれてしまった。黄昏空に映る山々のシルエットも夜空に黒く混ざり合い、境界はすでに分からない。

 

 そんな、冬至の夜。燦と潑のふたりは、自室のベランダでまんじりともせず夜空を見つめていた。ふたりの吐く息は白く、頬は赤い。冷え切ったお互いの手を握りあいながら、街灯りの向こうに何かを探しているようだ。


「『日は短く、星は昴、以て仲冬を正す』。どう? 燦の方は“昴”、見える?」

「潑が分からないなら私も分からないよ。にしても寒いなぁ……」


 潑が目を凝らす夜空の向こう。かつて大陸では、『昴(すばる)』、すなわちプレアデス星団が、夜の始めに南中の空に昇る日を冬至としていたらしい。そんな知識をどこからか仕入れた彼は、寒いから嫌だと渋る燦の重い腰を文字通り持ち上げて、こうしてベランダから寒空を見つめているのだった。

 だが、ふたりの暮らす東京の夜空は明るすぎる。クリスマスに年末年始、目前に迫った様々なイベントに浮かれる街は煌々と輝き、夜空の星々を霞ませていた。潑は白煙を吐き出すように長いため息をつき、申し訳なさそうに燦に目配せをした。


「うーん…… これ、無理だな…… ごめんね、付き合わせちゃって。中、入ろっか」

「あ、じゃあ、お風呂沸かそうよ! 芽吹さんからユズ貰ったから、柚子湯しよう。冬至だし」


 『夜空に浮かぶ星は見えなくても、お湯に浮かぶユズなら一緒に見られるから』。そう微笑んだ燦は気取っているのか、あるいは何も考えていないのか。それは潑にしか分からない。ふたりはベランダを後にし、暖かな部屋の中へと帰っていく。一年で一番長い夜は、まだ始まったばかりだ。


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