『秘めた想い』
「ん…… まだ、暗いじゃん……」
草木も眠る丑三つ時。薄緑色の瞳を瞬かせ、燦のまぶたが開いた。彼女は瞳だけを動かし、カーテンの隙間から覗く闇夜を認める。念のため手元の携帯端末でも時刻を確かめた後、無造作にそれを布団の外へ投げ出した。
燦は真っ暗な天井に視線を戻し、『変な時間に目が覚めてしまった』と思う。普通の人間ならば、夜中に目が覚めてしまった時は水を飲みに行ったりトイレに行ったりする事も多いだろう。だが、彼女はまんじりともせず布団に横たわったまま。なぜなら、彼女には立ち上がれない事情があった。
「潑。起きてる?」
「……」
燦は隣で寝ている男性、潑に声を掛けた。返事はない。その代わりに、微かな寝息が規則正しく聞こえてくるだけだ。
燦と潑は文字通りの一心同体。女性と男性の体が接続しているため、どちらか一方が深く眠ってしまえば起き上がることすらままならない。『でも、起こすのも忍びない』と、彼の気持ち良さげな寝息を聞いた燦は立ち上がることを諦めた。幸いにも、今の所は無理に立つ理由もない。
静かな夜は嫌いではないが、少し退屈だ。燦は寝返りを打ち、仰向けだった体を自身の左側で眠る潑の方へ向ける。暗闇に目が慣れはじめたからか、潑の寝顔が闇の中でも輪郭をもって浮かび上がる。燦は潑の顔をじっと見つめた。普段なら彼は嫌がるだろう。だが、今夜は特別だ。
(こうして見ると…… 顔だって悪くないよね)
パートナーの顔をまじまじと眺めながら、燦は物思いにふける。はっきりした目鼻立ちに、艶やかで、小綺麗に切り揃えられた髪。見た目がその人の全てではないことは分かっているが、それでも彼女は『潑の顔が好き』だと感じていた。燦は目を瞑っている潑の横顔に唇を寄せ、そっと思いを告げた。
「……もしもだよ。私と潑が別々の魂と体を持ってたらさ。私、潑のこと、好きになってたかもね」
からかい半分ではあったが、その言葉に嘘はなかった。それぞれの体を繋ぐ上腕があるとはいえ、ふたりの距離はゼロのようなもの。枕の上でお互いの髪が混ざり合い、夜空が差し込む部屋の中で銀河のように渦を巻く。そして……
(……!!)
刹那、燦はまるで潑から逃げるかのように顔を背け、再び彼の隣で転がるように仰向けになった。寝ていると思っていた撥が目を開いた訳でも、相槌を打った訳でも無い。ただ、彼の鼓動が伝わってきたからだった。
燦はふたりを繋いでいる片上腕を通して、熱い血が自身の体に流れ込んでいることを強く感じとっていた。さらに、脈打つその流れは血液だけでなく、潑の感情さえも彼女の体に運び込んだ。喜びとも恥じらいともつかない、とにかく熱を帯びた感情。潑とは何回も感情のやり取りを行ってきた燦だが、今夜ばかりは彼の思いをただただ受け取ることしかできなかった。
『言葉を聞かれていたなんて。寝たふりだったのか。一体いつから? 何を聞かれた? 』。燦の頭の中で思考が渦を巻く。彼女は何とか喋ろうとしたが、まず取り繕うべきか、寝たふりをしていたことを責めるべきか、とにかく潑に何を言えばいいのかが分からなかった。情けなく開いた口から出るものと言えば、かすかに上気した吐息だけ。結局何も言えないまま、夢であることを願いながら目を閉じた。
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