『やわらかな夢を』

 両足を投げ出して座るアズマの背中に、イサドの6つの手のひらがそっと置かれた。横に2つ、縦に3つずつ並んだその手のひらは、背骨を挟みつつ、肩甲骨から腰へ向かって滑り降りていく。腰まで降りたら、また肩へ。まるでリフトかロープウェイのように、イサドはアズマの背中を繰り返しなでさする。


「どう? 一応“軽擦”のつもりなんだけど、強すぎたりしない?」

「あー、気持ち良いです、すごく。それに、暖かい……」


 イサドの言う軽擦とは、文字通り“軽く擦る”だけで、彼女にとってはまだ本番前のウォーミングアップのつもりだった。だが、アズマは小手調べでもうすでに夢心地のようだ。添わせただけの手のひらからも、彼女の体がほんのりと熱を帯びてきているのが分かる。

 イサドから見たアズマは、常日頃から五福ら後輩たちの『良き先輩』であろうと気を張っているようだった。そんな彼女が、自分の前ではリラックスしてくれている。きっと私を信頼してくれているのだろうと、イサドはそれが嬉しかった。


「そろそろ背骨沿いの指圧に移ろうか」

「ん…… おねがい、します……」


 いつものアズマとは違う、弛みきった声。喉までほぐしたつもりはないぞと笑いながらも、イサドは彼女が驚かないよう、親指を優しく背中に押し当てた。

 力任せに筋肉を押してしまうと、言うまでもなく痛さがやってくる。イサドは無理に指を押し込もうとはせず、親指の腹をゆっくりと揺らしながら、アズマの背中に力を加えていく。カニが砂に身を隠す時のように、圧力を筋肉の内側へ潜らせるようなイメージだ。

 だが、彼女にはひとつ誤算があった。アズマの体は、イサドが思っている以上にほぐれてしまっていたのだ。アズマの上半身はされるがまま、力を加えれば加えた分だけ前のめりに倒れていってしまう。これではいくら指圧しても意味が無い。あれよあれよという間に上半身は床にぺたりとつき、投げ出した両足と合わせ、体が二枚貝のように折り畳まれてしまった。


「ええー…… そうはならないだろ。というか、意外と体が軟らかいんだな」

(すごいでしょ、じまんなんすよ……)

「まぁ、確かに凄いけど。軟らかすぎて、脱皮した後みたいだな」

(わたしはかにじゃないですよー……)


 倒れたまま、くぐもった声でアズマが笑う。さすがモグラとヒトのハーフというべきか、背骨の柔軟性は他の追随を許さないようだ。だがいくら感心したところで、このままではマッサージを続けようがない。イサドは『最初からうつ伏せに寝かせれば良かったかな』と、呆れ顔で肩をすくめた。

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