『人魚とロボとフワフワと』
アンドロイドのメアリーは『フワフワに憧れる』と、非常にふわふわした内容の呟きを残して部屋を去っていった。
そんな彼女のひそかな願望は、たまたまそれを聞いてしまった豊、つまり私の思考を奪うには十分すぎた。確かに、彼女の持つ紺碧のストレートヘアとスレンダーな体つきは『フワフワ』とはほど遠いものだろう。自分に無いものを求めるのは人の性だ。
……だからと言って、彼女に『パーマも似合うと思うよ』とか、『もっと肉が付いててもいい』とか、そういうことは簡単に言うべきではないだろう。それに、彼女は今のままでも十分素敵だと思う。というか、そもそもアンドロイドは肥えたりするのだろうか?
いろいろ御託を並べたが、彼女の願いを叶えてあげたいのもまた事実。何とか彼女を満足させられるような『ふわふわ』を用意できないものか……
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明くる日。メアリーこと私は、いつの間にかベランダに置かれたプランターと、そこから生えてきたのかと思うほど土にまみれた豊を呆れ半分興味半分で見つめていた。普通の人魚ならば付くはずもない土汚れも気にせず、私のパートナーは満足げに汗を拭っている。
「……ねえ、豊さん。何がはじまるのかしら?」
「うん、ちょっとね。土弄りをしてたのよ」
それは顔を見れば分かる。土をいじって、何をしようとしていたのかを知りたいのだ。野菜でもつくるのかと豊に問うと、彼女はなぜかはにかみながらこう答えた。
「実は…… 綿花をね。ちょっと栽培してみようかな、なんて思っているのよ」
綿花。
「本当は、ヒツジの毛とか刈りたいなって思ってたんだけど、ヒツジって案外見つからないのね」
ヒツジ。
……豊は酪農家にでもなるつもりなのだろうか。私が首をひねっている間も、彼女は鼻歌交じりにスコップとじょうろを振るっている。何となく腑に落ちないが、彼女が楽しければそれでいいか。
何となく『育ちすぎて、綿まみれにならないようにね』と、面白くもない冗談を言ってみる。でも、ふわふわの綿に囲まれた豊を思い浮かべてみると、それも楽しそうだとつい思ってしまった。
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ある冬の朝のこと。ごく普通の単眼娘である『芽吹 珠美』、つまり私は、いつものように職場である考古館へと出勤しました。
「おはようございます、メアリーさん!」
「おはようございます。今日は寒いわね」
ここの館長でもあるメアリーさんは、いつも誰よりも早く席に着いています。というより、彼女は考古館に住み込みで働いているので当たり前なのですが。そして、事務所は彼女の自宅を兼ねているせいか、ここのレイアウトやインテリアはメアリーさんのセンスに委ねられています。カレンダーとか、食器類とか、他にもいろいろ……
「……あれ? メアリーさん、これ、私物ですか?」
その日たまたま目についたのは、メアリーさんの机上にある小物でした。小さな瓶に挿さっているそれは、先端に白い毛の塊がついた細い棒、いわゆる『梵天付きの耳掻き』に見えました。というか、他に例えようがありません。でも、アンドロイドのメアリーさんは耳の代わりにヘッドセットが装着されています。耳掻きなんて使うのかな?
「それは…… 綿花よ。小さいけどね」
「それって、ワタの果実ですか? でもワタって、もっと大きかったような気がします」
私がそう言うと、メアリーさんは肩をすくめながら『やっぱり、関東だと育てるのは難しいのかしらね』と呟きました。自家栽培のワタという事は分かりましたが、どうしてうまく栽培できなかったものを飾っているのでしょうか?
「自分で育てたんですか?」
「いや、プレゼントしてもらったのよ。私に、って」
「へえ! 素敵じゃないですか!」
『誰に貰ったのか』とか、聞きたいことはたくさんありました。でも、私だって大人です。プライベートのことなので、それ以上は聞かずにいました。
ただ、愛おしそうにその小さなワタを見つめるメアリーさんを見ていると、話を聞くよりもずっと彼女の考えが良く伝わってきました。
誰かが自分のことを想い、プレゼントをくれた。それが1番大事なことで、そのものの出来不出来は関係ないのでしょう。
「……やっぱり、フワフワしてるものは素敵よね。あなたもそう思う?」
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