『アイのメモリー』

「単眼の人は、街でたまに見かけるぐらいですよ。やっぱり珍しいから、つい見ちゃう。それは向こうも同じで、視線を感じる時はやっぱり見られてるんですよね、私が……」


 その大きなひとつ目をしばたかせながら、芽吹はぽつぽつと思い出を語り始めた。その他愛ない世間話の相手は、彼女の職場の先輩であるメアリーだ。アンドロイドである彼女は、その話に耳代わりのヘッドセットを傾けていた。


「……そうね。あなたがここに入ってくるまで、単眼の人はあまり見たことが無かったわ。やっぱり珍しいのね」


 『でも、だからこそ会った人に顔を覚えていて貰えるんですよ』とは芽吹の談。ウェービーな緑髪を揺らしながら、彼女は目を細めた。

 

「……お待たせ。お茶が入ったわ」

「ありがとうございます、豊さん」


 人魚の豊は滑るように宙を泳ぎながら、白い湯気の立つカップをふたりに渡す。彼女は空になったトレーを抱えながら、『そういえば』と話を切り出した。彼女が言うには、自身がかつて所属していたサーカス団に単眼の人間もいたとの事だ。芽吹はいかにも興味津々といった様子で、『瞳の色は』『名前は』『恋人は』と矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。


「まあ、落ち着きなさいな。……あの栗色の髪と琥珀色の瞳は今でも思い出せるわ。彼女はサーカスの“目玉”。ふたつの意味でね」

「……へぇぇ。その人、今は?」

「もう100年、いや200年近く前の話だもの。……もう、昔の話よ。でも、良い子だったわよ。ただの人間だったけれど、明るくて素直。人気者だったわ」


 過去に想いを馳せる豊を見て、『やっぱり、私、目がひとつで良かったです』と芽吹が独りごちる。メアリーと豊のふたりは『どうして』と答えを促す代わりに、彼女へ目線を送った。


「……さっき言ったみたいに、私のことを覚えていてもらえるからですよ。その、私はただの人間じゃないですか。100年経ったとき、そのサーカスの方と同じように、きっと私はもうこの世にいないでしょう」

「……」

「そりゃあ、寂しいですよ。でも、私のこの《ひとつ目》のお陰で、何百年後かは分からないですけど、誰かが『そういえばあんな人が居たな』って思い出してくれる。そう思うと、ちょっと気が楽になるんです」


 『幸い、私のまわりには長生きのお化けたちがたくさん居ますしね』と、芽吹はカップに口をつけた。寿命などあって無いような者たちに囲まれた、ただの人間である芽吹の不安はどれほどのものだっただろうか。彼女は静かに目を伏せ、それ以上は何も言わなかった。

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