『バスタイム』

「ふうぅ……」


 湯船に浸かるのも久しぶりだ。少し熱めに沸かした湯に、体の芯まで染められていくみたい。持ち上げた12本の指の隙間から、雫が逃げるようにこぼれ落ちていく。


 独り暮らし用の小さな湯船では足を伸ばせないので、膝を抱えて体育座り。傍目には湯船に押し込められたように見えるだろうが、この狭さが落ち着く。それはきっと、私がモグラの血を引いているからだろう。


 熱い湯に体が慣れてくると、ものを考える余裕ができる。薄暗く静かな浴室は、瞑想するにはもってこいだ。湯気とともに大きく息を吸い、そして吐き出す。 今日は何を考えようかな……


『みんな、今ごろ何をしているんだろう』


 五福は今ごろ、夕飯を食べているのだろうか。コウモリゆえに人一倍食べなければ満足しない彼女は、質より量を選びがちだ。今は良くても、将来が怖い。 ……妖怪って、病気になるんだっけ?


 それはともかく、将来といえばこの前エノコロが新しい仕事を探していると言っていたな…… 私と年齢はそう変わらないのに、あのバイタリティがどこから来るのか教えて貰いたいほどだ。


 ……教えて貰いたいといえば、いつかの雨の日を思い出す。懐かしい歌を歌っていた群青色の髪の女性は、いったい何者なのだろうか。いつか一緒に歌えたらと、柄にもなくそんなことを考えてしまう。


 イモリさんに、サワガニさん。ヤトノカミさんに、“ひとつ目”の女の子。 見知った顔が、次から次へと浮かんでは去る。我ながら、知り合いが増えたなぁと思う。先輩が知ったら、喜んでくれただろうな……


 『……もう、上がろうか』


 ざあっと波を立て、私は湯船から立ち上がる。勢いに任せて栓を抜くと、混ざり込んだいろいろなものと一緒に、冷めた湯は下水へと流れ出ていった。

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