『変わる季節』

CAST:ヤトノカミ・芽吹 


 ああ、あの暑い夏はどこへ行ってしまったのだろう。タンスの奥からカーディガンを引っ張り出しながら、まるで遠い過去を想うように回顧に耽る。 


 夏の空で主張していた入道雲もいつの間にか舞台を降り、今度は細く鋭いすじ雲が尾を引きながら空っ風を連れてきた。移り変わる空模様はあっという間に大きくなっていく子どものようで、嬉しいやら悲しいやらだ。


「お、冬物出してるんだ。もう寒いくらいだもんね」

「珠ちゃんのも出しておくから、寒かったら着てね。着なくても自分の部屋に持っていってよ」

「了解。あと、暖かいお茶も欲しいんだけど……」

「はいはい、後でね」


 ここのところ急に寒くなったので体調を心配していたのだが、このふてぶてしさなら大丈夫だろう。これも成長と思えば腹も立つまい。……きっと。


 タンスの奥深くから発掘されたカーディガンからは、鼻を抜けるような樟脳の香り。間に合わせるように慌てて冬物を出したのだから、匂いが飛ぶまでは仕方ないだろう。


「あー、けっこう匂いが残ってるけど、大丈夫だよね?」

「うん。私、匂いはあんまり分からないから」

「そうだったね」


 『鼻が無いもんね』と続けると、芽吹は大きな目をしばたたかせて不服そうに唇を尖らせた。自分で言ったようなものなのに。私は呆れたように微笑みながら、いそいそとカーディガンをはおる芽吹にそっと目配せをした。


「……まあ、鼻が良すぎるのも考え物よね」

「フォローありがと。でも、つまんないよ、やっぱり。私だけ置いてけぼりってのは」

「そう? だったら今度は、コートでも出しておこうかな」

「コートはまだ早いよ。……って、置いてけぼりってのはそういう意味じゃないよ。分かりにくいボケはやめてよね」


 カーディガンの袖をパタパタと回しながら、彼女は頬を膨らませた。まだ子どもっぽいところもあるのだなぁと独りごちながら、私はタンスの棚をそっと閉じた。


……

…………


 ……“まだ早いよ”と、いつまでも笑い合えれば良いな、と。でも、あなたの成長をいつまでも隣で感じられますように、とも。そんなワガママを、私は秋の空に願った。

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