砂糖は要りません
り
砂糖は要りません
栗色のボブカットの女の子は、大ぶりなピアスをゆらゆらと揺らしながら自動販売機の低く唸る音と共に鼻歌を歌っている。背を丸めてスマホをいじり、ここからは見えない世界に没頭する姿はまるで夢の中にいるようで、後ろの大きなガラス窓から射す光が栗色の髪の毛を透かして、覗く黒い瞳がますます目立つ。
「……梨奈」
こちらに気づいた彼女は口をついて出たように呟き、スマホを置いて背筋を伸ばした。ぎこちなく笑った彼女の瞳は確かに揺れていた。その揺れているピアスを取ってしまえば、その瞳の揺らぎもなくなるような気がして、ゆっくりと彼女の耳に手を伸ばし、足を進める。途端に彼女はジュースでも買おうかな、と言いながら自動販売機の目の前に立つのだった。行く当てもない右手は虚空を掴んだだけだった。
「ねえ、梨奈。どうしたの。会わないって……会わない、約束だったでしょ」
自動販売機の前で俯く彼女の表情は分からない。あんなに輝いていた栗色の髪の毛は顔にかかり、濃い影を落としていた。
「そう、だね」
それしか言えなかった。自動販売機の音が異常にうるさく聞こえる。彼女との間には、薄いのにとても頑丈な壁が隔たっているような気がした。どうしようもなさに途方に暮れていると、ガコンッという音が静寂の中響き、現実に引き戻される。彼女はかがみながら髪を片耳にかけ、彼女が昔飲めないと言っていたブラックコーヒーを取り出した。そして彼女はそれを見つめながら口を開いた。
「遠藤君に、告白、したの」
単調な言い方だった。真正面から拒絶された気がして、彼女との関係は終わりを告げたのだと分かった。
「もう女の子と付き合うのはやめた方がいいよ。また周りに気持ち悪がられて、友達いなくなるからさ」
自嘲気味に話した。ひどい自己嫌悪に陥った。彼女はこちらを向いて下唇を噛んでいた。彼女の瞳はまた揺れていた。彼女は結局ブラックコーヒーを飲まずに、それを自動販売機の前に落として飛び出して行った。私は彼女の淹れてくれるブラックコーヒーが好きだったと、その時思い出した。
砂糖は要りません り @rinrindesita
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