旅路

不自然

 僕がまだ十前後だった頃の話だ。一家揃ってテントに引っ越してからだいぶたった頃でもある。僕の親父は仕事をしないと駄目な人間になるとか言ってテント村からいろんな場所に人を案内していた。私は母に色々言われていたので、いつも見送り役だった。つまらなかったけれども、母に言われればしょうがないと諦めていた。

 ある日、親父から一緒に来ないかと言われた。徒歩で二日かかるから、そのあいだ同年代の子の相手をして欲しいということだった。親父からのお願いというのは久しぶりで、そして退屈だった僕には魅惑的だった。母は既に説得されていたらしく、仕方ないという風に見送ってくれた。

 第一印象は、珍しいということだった。こんなところに外から女の子が来ること。その子が肩に下げているもの。相方の男の人のリュック。目につくものが珍しかった。

 親父からは女の子の暇つぶし相手になってほしいと言われたわけだけど、それはする必要がなかったように思う。その子は常に何かを見つけているようだった。僕からしてみればただの荒地であったとしても。そこに何かがある。あそこにも何かがある。といった感じで。けれども、その子は不満そうだった。目を輝かせているという表現が似合う、わくわくした顔ではなく、食卓に好きな食べ物が出てこなかったような顔だった。

 それでいて、その子は時々遠くに消えていった。本当にいなくなるわけではないけれど、一度視界から外れるとそこに何もないと思えてしまうほど静かになる。そして、その子のことを考えたとき、そういえばどこだってなって首を一生懸命動かすことになる。真横にいるのに気づけなかったこともあった。ある意味で自然だった。僕が見慣れた荒地に、その子は何でもないようにすっと入っていった。

 そういうわけで僕は、しばらくの間はあまりその子と関わりを持つことはなかった。

 夕方、線路沿いに着いたところで休憩することになった。食事をする間も、した後も、その子は下を向いていて、静かで、自然で、不満げだった。その時の僕には、会った以上は何か会話しなきゃいけないと思っていた。

「ねえ」

 返事はなかった。

 僕はしばらく質問攻めをした。その子はボソッと霧散するような返事をするか、答えないかのどっちかだった。

「何か探してるの?」

 その質問をした時、その子はゆっくりと顔を上げた。その時、初めて目が合った。

 彼女の目が夕日を映して、煌めいた。その子が急にそこに戻ってきたような感じがした。

「見つけた」

 そう言ってその子は僕を引っ張って立たせた。僕が困惑している間に、その子は肩にかけていたものを構えて、パチリと鳴らした。その子はものを下すと、やりきったという風に息を吐いた。とても満足気で、その子ははっきりとそこにいた。

 その後、目的地について別れるまで、僕がその子を見失うことはなかった。その子は荒地の中に不自然にいた。目についたら視線で追いかけた。今思えば、それは単純な興味だったと思う。


 僕はその子と再会することはなかった。約束したわけではなかったから、当然と言えば当然だけど。その子が肩に下げていたのはカメラだと、目の前の景色を切り取る道具だと知ったのはもっと後だった。


 その時の帰り道で、今まで見たことのない花を見つけた。

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