少女はなにを見つけるのだろうか
風が窓を抜けていく。今日は一段と荒い。カーテンが私に触れようと伸びてくるので、軽くなだめる。夕映えの外から聞こえてくる喧騒に紛れて、扉が開く音がした。
「…ただいま」
相手に聞かれることを想定していないような声だった。いつも通りではあるのだけれど。
「…見つかった?」
この二言目もいつも通り。私が否定するまでがいつもの。
「いいや」
「そう」
そう言って、その女の子はゆっくりと二階に上がっていった。
彼女とは紛争地域で会った。キャンプを出入りする人を呼び止めては、『写真を撮る道具』の持ち主に心当たりがあるかを聞いてを繰り返していた。心当たりは無かった。私も目を合わせることなく通り過ぎようとした。けれども、私は彼女の前で立ち止まった。実際私は彼女をあの場所の外に連れ出したのだから、当時の私には思い当たる節があったのだろう。或いは、私が『写真を撮る道具』について何か知っていると感づかれて渋々だったのかもしれない。
彼女は、ここでの生活に興味を持たない。個室のベットだったり、一日三食の食事には喜んでそうではあるものの、どうも生活の中心は人探しになっている。ここでの会話も、結局は情報の有る無しを確かめている確認に過ぎない。できれば、彼女には自分の意思を持った何かをしてほしいのだが。なんて事を考えていると、ポケットのスマホが振動し始めた。電話がかかってきたようだ。
次の日、彼女が帰ってくるまでに、プレゼントを準備しておいた。扉が開く。
「ただいま」
「おかえり」
「…見つかった?」
ここまではいつも通り。
「…恐らく」
彼女は立ち止まる。私は彼女に紙の束を渡した。
「これだけあれば、時間があれば見つけられる。どうする?ついてくる?」
「うん」
二つ返事。けれども、それだけではいけない。
「わかった。ただ、聞きたいこと、聞いてほしいことがある」
彼女に座るよう促す。素直に座ってくれた。
「なぜ、これを彼に返すことにこだわる?」
そう言って彼女に『写真を撮る道具』を見せる。
「それは…きっと探してると思うから」
思った通りの返事だ。彼女は彼のことを考えて動いている。
「そうか、けれども彼が探していなかったら?新しいのを使っているか、あるいはもう使う気がなかったとしたら?」
返事に困っているようだ。
「だから聞いてほしい。この旅が、単なる空振りの、なんの意味もないものにならないために」
小包を渡す。
「それは『カメラ』だ。君のために買ってきた。それで君が撮りたいと思ったものを撮ってほしい」
「…どうして」
「…お節介のためだけにしないように。たとえ本来の目的が果たせなくても、君が何かを得ることができるように。これからの旅は君の旅なんだから」
彼女は小包を開く。
「さっきのお願い、わかってくれるかい?」
「うん」
いつもの遠い返事じゃない。相手に伝える返事だ。
「なら、荷造りをしておいで」
彼女は駆け足で二階に上がっていった。私も準備しようか。タンスの中からビデオカメラを取り出す。彼女の旅は、きっといい題材になる。
扉の閉じる音がした。窓の外を見ると、夕焼けの中で少女がどこからか引っ張り出したリアカーに寝巻きを突っ込んでいた。リュックサックも用意すべきだったかなと思いながら窓を開ける。優しい風が窓を抜けていった。
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