フラッシュ

安藤州

起点

少女はなにを写したのだろうか

 風が肌をこすり、埃を舞い上げる。吸い込むことを気にすることはなくなったが、やはり咳には抗えない。しかし、僕は咳に抗うためにここに来た訳ではない。目の前に積み上げられたがれきの有様を見知らぬ人へ見せつけるためにきている。休戦が成立してから少し。お偉いさんの話し合いという名のけなしあいは腰に付けたラジオで呆れるほど聞いたが、束の間の静けさを手に入れたこの町にはそんな罵詈雑言をいう人さえいなかった。そんなことをいう人であったとしても、うわの空でつったっているか、起きているかわからぬままがれきに腰かけているか、ハエに煽られながら寝ているかぐらいだった。

 生活の残骸だけが残された町には、未だに戦いの跡が残っている。歩兵だろうと兵器だろうと動かない物の片付けは後回しになっているようで、数日たってもまるで変わっていない通りがいくつかあったりする。僕はそういった物を出来る限り写さないようにカメラを使う。そういった惨禍の中心よりも、それに巻き込まれて傷ついた世界を伝えたいからだ。

 ある日のこと。僕は少女とすれ違った。そもそもこの町で人とすれ違うことは珍しく、さらにリアカーを引いていたから、余計に僕は興味が湧いた。今日は誰とも話す予定もなく、今日行こうと思っていた場所は一通り回って余裕があったので、僕は少女について行くことにした。こっそりというのも気が引けるので、少女に声をかけようとしたが、そうする前に曲がり角をまがってしまっていたので、仕方なくそのままついて行った。その先の道は片付けがされていなかった。少女はリアカーを端に止めて、黙々と兵士のなれ果ての手から銃を取り上げていた。僕は道端のちょうどいい瓦礫にすわり、少女の作業を眺めていた。しばらくすると、少女は僕の存在に気づいたようで、作業をしながら横目でこちらを見るようになった。そして、ひとしきり作業が終わると、警戒しながら近づいてきた。しばらくの静寂。先に動いたのは僕だった。少女に見えるようにカメラを持って、これは写真を撮る道具だということ、僕はこれでとった写真を人々に見せてまわることを仕事にしているということを話した。いきなりで話す内容ではなかったと思うが、これ以外にきり出せる話題もなかった。結局話は繋がらず、また静寂に戻ったが、少女がカメラを気にしていることに気づいた。少女にカメラの使い方を教えようかと聞くと、少し間をおいた後、首肯で返事をしてくれた。この道を写すわけにもいかないので、先ほどすれ違った通りで教えることにした。ピントの合わせ方、シャッターの切り方、フラッシュの使い方。とりあえずの使い方を教えている間、少女は夢中のようだった。空にオレンジ色が混じり始めた頃、少女は数回写真を撮った。そしてカメラを僕に渡して、軽い足取りでリアカーの置いてある道へ戻って行った。帰り道で写真を見てみると、結構上手に撮ってあった。

 その日の夜。僕は眠くなるまで時間がかかるので、いつも通りカメラを持って町に出ることにした。いつもならば人に会うことはないのだが、今日はやけに人に追い越される。皆急ぎ足で、しかし静かにどこかへ向かっている。流されるままについて行くと、町の中でも一際大きい施設に着いた。中では多くの人々が静寂と緊迫を作っていた。中にいた人達はこちらに見向きもしないで、ただ何かを待っているようだった。そんな時、奥の方から何かが聞こえた。おそらく声。そちらに近づく。奥の方には一つ部屋があり、声はそこから聞こえていた。少し覗き込む。部屋に居たのは武装した男性が数人と、リアカーを引いていた少女だった。男達は、リアカーに積まれた銃を一つずつ手に取り、不備がないかを確かめている。この男達、そしてここに集まった人達がなにをするかをはっきりと悟った。話し合いで決着がつかないのなら力で決着をつけるしかないと思ったのだろう。彼らは今、惨禍の中心になろうとしている。静寂と緊迫はその前兆だ。そんな時、少女の声が聞こえた。この場の空気に押しつぶされそうで、しかし明るさをかすかに感じさせる声で。少女はカメラのことを話していた。少女の話は明らかに場違いだった。僕は少女がなにも知らないことを知った。巻き込まれて、利用されて、やがて残骸だけの町に置いていかれるだろう。僕に止める力はない。けれども、これだけは伝えなければならない。カメラを手に取り、影から身を乗り出す。

 突然、視界が残像になる。体がバランスを失い、倒れる。頭痛を感じる。殴られたのか。立ち上がれない。声が聞こえる。男の声だ。まくしたてられているのか。誰かに持ち上げらる。運ばれていく。カメラを落とす。少女の横を通り過ぎていく。少女がカメラを拾っている。明かりが離れていく。徐々に暗くなる。遠くで何かが光る。きっとカメラのフラッシュだろう。やがてなにも見えなくなった。

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