第65話 goddess of shadow 「影の女神」
紅蓮の雷が降った。
世界の終焉を告げる最初の予兆。島の多くの存在が無慈悲に雷に打たれ、瞬間、灰と化していく。
それを目の前で見た明奈は言葉を失った。ただ、雷に撃たれたのではない。その紅い雷に触れた瞬間命を否定されていく。あまりに残虐な光景に光が怯え、天城と和幸が言葉を失う。
先ほどまで生気のある森の中にいたはずなのに、たった一瞬で、黒い炎がそこら中に現れ、森を、死体を、その炎で彩り弔っていく。
恐怖を感じて体が震えてしまっている明奈の手を、明人はしっかりと握る。
「奨先輩は大丈夫でしょうか」
「大丈夫。あいつは強いから」
何か嫌な予感を抱えながらも、一行は本家のすぐ近くまで到達していた。
「兄貴、奴の前に……いる」
雷が落ちた直後、フォーグランツをかばうように、1人の新たな敵が上空から飛来した。その敵は片手に剣を持っている。
鋼も閃も目を疑う。それはまごうことなき、源閃が本気の戦闘時に使うはずの、一点ものの剣。
「なぜ?」
そして源の兄弟を驚かせたのはそれだけではなかった。すでに新たな襲撃者は次の攻撃の予備動作に入っている。
その動作が何のためか、その兄弟が分からないはずがない。それは源閃しか使えないはずの、島を8発で全壊させられるほどのエネルギーを放つ〈白源閃光〉そのものなのだから。
「この向きでは本家に! 父上が!」
「自分の命には代えられん!」
弟の最もな意見に負け、閃はためらいながらも弟の言うことに従い飛翔する。
直後、襲撃者の持つ白い光を帯びた剣が結界によって暗くなっている世界を照らし、2人のいる正門に目掛けて〈白源閃光〉は放たれた。
破壊力は閃の時を上回っていると言ってもいい。その閃光が通った後の地面は融解し、正門は余波により全壊。
そして着弾点となった源家本家は一瞬で溶け、そこから本家とその周りの森を破滅させる大爆発を起こした。
死んだ。その、あまりに大きい爆発が迫ってきたとき、明人も明奈もそう思った。
しかし。何とか生きている。明人は誰かに抱えられながら、高く跳躍したのを感じる。
割れ物を扱うかのようにゆっくりと明奈を抱えている状態から下ろしていたのは、別行動をとっていたはずの奨だった。
「奨……なんで!」
「お前らを見かけたから声を掛けようと思ったらあの爆発だ。さすがに肝が冷えたが間に合ったな」
そして和幸と光を新たなもう1人の男が救助していた。
「御門君。ありがと」
天城は自分だけそそくさと飛翔したらしく無事だった。再び足をつけた地面だったが、景色が一変したことに明人は驚きを隠せない。
「これは、やばいな……おい」
天城の感想がまさにこの場にいる全員が最初に思ったことだ。一撃で本家とその周辺の森を消し飛ばし、本家までもう少し距離があるはずの明人たちのいた場所までを、完全に焦土にした。
視界を邪魔するものがすべてなくなったことにより、その原因となった存在も、明人や奨からははっきりと見える。
天城がいち早く見つけ、2人、新たな敵の姿を確認した。源家本家を滅ぼした新たなる敵を。
「なんで……」
敵の姿を見たときにまず口を開いたのは明奈だった。
「おい……」
「うそでしょ……」
御門と光が、そう言わずには居られない。
そして明人はその敵を見た時、真っ先に奨を慮る。その理由は明奈も分かっていた。
「……6年前から覚悟はしていたことだ」
しかし、奨は敵の姿を見て、ただ、悲しそうに見つめていた。
現れた敵の正体が分かった時、閃が首を横に振る。
「嘘だ……」
それも無理はないだろう。彼女は2年間、自身に身命を捧げ本当の忠誠で働いているように見えたからだ。
しかし、鋼は兄の心中を察することはない。目の前にいるのは敵。その覚悟で、着地の直後槍を構えなおす。
「あいつが、スパイか……!」
鋼には3つ、腑に落ちない点があった。
まずは当主の乱心。父を良く知る鋼は、父が聡明で八十葉家の機嫌をわざと損ねることはしない男だったと知っている。故に源家の冠位はく奪を招いた結果になったとき、本当に父の命令か疑っていた。
そして、外敵から領地を守る障壁の不備。なぜ襲撃者がこれほどまでに侵入してきたのか。
源家の結界は侵入をそう簡単に許すほどの甘い結界ではなく、外部からの破壊は、恐らく御門が最大火力を放ってようやく1人分の穴が空くだろうという堅牢さを誇る。
そこまでされればさすがに誰か気づくので、襲撃者の潜入に気づかないということは、誰かが障壁を中から操作し島に入れたということ以外に考えられなかった。
最後は今島を覆っている〈魔界殿〉という新たな結界だった。島全体に呪いをかけるような大規模な術は、いかなる術者でも長い期間による下準備が必要だ。その下準備はいったい誰がやったのか。
すべて、源家内部にスパイがいる、と考えればつじつまが合ったのだ。
「貴様がスパイだったんだな……春!」
源鋼が敵意を向ける先。輝く腕輪を持ち、閃のものである剣を手に、ただこちらを見つめ、妖艶な笑みを笑みを浮かべている。春は襲撃者側の人間だと自白している。
「鋼、待ってくれ」
「待つ暇もない。あれは――」
フォーグランツが、後は好きにせよ、と言わんばかりにその場を去るのを春は見逃し、閃と同じ剣を構える。
「敵だ!」
源鋼が走り出す。地面を蹴り、さらに加速した。
しかしそこに信じられない無慈悲な攻撃が鋼を阻む。
(馬鹿な、あれは!)
閃の驚きの理由は、またも春が行った次の攻撃が予想の遥か上をいくものだったからだ。
星の輝き。その輝きはおよそ500以上にも及ぶ。そのデータは見間違えることはないほど有名であり八十葉家の絶対の力の象徴、光が使う〈星光の涙〉だった。春はそれを完全に再現して見せたのだ。
放たれる数多の光弾。それはおよそ2人にぶつけられるべきではない数の攻撃が2人を襲う。
鋼は槍で、閃は剣で自身に当たりそうな光弾を弾き身を守る。仁位の2人が出している武器はいかに八十葉家至高の光弾が相手でも、そう簡単に折れたり壊れたりはしないものの、やはり受け止めきれず徐々に傷を弾丸に貫かれる。
そして、それだけの光弾をはじいていれば、その動きの中に必ず隙は生まれる。
春はその一瞬を狙って、鋼との距離を、音速ともいえる速さで詰め。無慈悲に致命傷となりうる一閃を鋼に刻んだ。
「が……!」
そのまま閃にも同じだけの痛手を与える。閃に至っては、残っていた腕をそのまま撥ね飛ばされた。
鋼が斬られたと自覚できたときには、すでに春は近くには存在しない。距離を取り、哀れみの目で鋼を見ている。
血を応急処置で止め、気合で戦闘を続けようとする鋼に、最大の侮辱が襲い掛かった。春は鋼が使う槍を模倣して生み出し。鋼の奥義である〈覇源鋼槍〉の真似を始めたのだ。
槍に蒼銀の凄まじいオーラと雷が纏われ、辺り一帯の空気が徐々に熱を帯び始める。鋼はそれに怒り狂った。自分が短いながらも人生の3割以上の時間をかけて想像を続け、ようやく作り上げたそれを、容易く真似されたのだから。
「貴様ぁ!」
鋼もまた同じ戦闘支援データを使い、鋼の手に持たれた槍も同じ状態となる。
向かい合う2人。得物にエネルギーが最大にチャージされたとき、互いは持つ槍を敵に向けて投げ飛ばす。
槍はその中央で激突。そこを中心に起こった、先ほどを超えるエネルギーの競り合い。
その結果。本物を使うはずの鋼が、純粋たる力の奔流に敗れ、正面から轢き潰された。
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