第64話 fireworks of rage「源鋼の怒り」

 出口から外の森に出ても、聡と華恋の姿は見えない。


「まあ、待っているわけもないか……」


 残念そうに語る和幸。一方、明奈の手を借りて何とか応急処置を済ませた明人は周りを見る。


 激闘を終え疲れが見え始めている、明人と和幸の前に更なる悪夢が訪れた。


 森の中から、瑠美が飛び出してきたのだ。


 和幸が舌打ちをして戦闘準備にかかるが、

「挟まれた……!」

 驚愕していたのはまさかの瑠美の方だった。その理由はすぐに判明する。


 いつものおしとやかさはどこへやら。光がおたけびを挙げて血で濡れながらも瑠美に襲い掛かる。


 右に打ち刀、左に脇差を持って、その刃物と共にとにかく美麗に攻め立てる。しかし目は完全に理性を失っている。瑠美は防戦一方で、杖をもってそれを受け止め続けるがそれにもついに限界が来た。


 杖を弾き飛ばし、そしてとどめの一撃を放つ。命を奪うがごとくの気合が籠った斬撃。


「転移!」



 瑠美はその場から消える。光は仕留め損ねたことに心底不機嫌になりながら、明人と和幸がいることに気づきその方向を見る。


「すげえな」


 明人の声に正気に戻って、

「はずかしい……」

 光はがっくりとうなだれる。


 3秒、そのままショックを受けた後、光はいつもの様子に戻り訊くべきことを訊いた。


 明奈に変わって明人が、明奈が辿った経緯を説明する。


「あなたたちが気にしないで。判断は正しかった。後は無事にいることを願うだけ。それよりこれから」


 光がこれからのことをどうするか相談しようとしていたところに新たな〈人〉が出現する。


「お前らのところの従者は、源家のやつが保護しているのを見たぞ」


「正人くん? 終わったんだ」


 天城正人がこの場に現れたのだ。和幸はその見た目がかなりボロボロになっているのを見てつい笑みを浮かべてしまう。


「何笑ってんだてめえ。ぶっ殺すぞ」


 本領には襲撃者はほとんど侵入していない。侵入した襲撃者も鋼や閃が排除しているようだった。


「名前は……ド忘れした」


「春ちゃんのこと?」


「そうそうそいつ。そいつが2人を保護してどこかに走ってるのを見たぞ?」


 光は安心から笑みを浮かべる。和幸も嫌な顔はしていなかった。しかし明奈は、春、という言葉を聞いた瞬間、明人の表情が凍り付いたのを見た。


「春は今どっちに向かってる!」


 鬼気迫る怒声に珍しく圧倒された正人。


「お、おう……待ってろ。いまレーダーで見る」


 レーダーを見た直後、天城が今度は驚きを隠せない。


「本家の前にひときわ強いエネルギー反応。これは〈人〉を凌駕している、これは、なんだ……!」


 源家本家に敵襲を示す合図。何かが起こる。この場の全員は、何も語らずとも次の行動について意見が一致する。

 

 





 本家の正門。その前には兵士たちに号令をするための広場がある。


 ただ広がりを見せる空間の中、ただ一人たたずんでいる老人がいた。対して本家正門の下には荘厳な槍を持つ1人の男がいた。その後ろには片手を失った閃もいるが、鋼の背中を守るのみで口出しはしていない。


 槍を持った男の下には腕輪を装着した襲撃者たちの死骸が数多く転がっている。


「まったく、酷いことをしよるな」


「黙れ」


 そして不快になっているのは源家も同じだ。自分達の家に無断で入られ、さらに戦争を起こされているのだから。


「街を破壊し、俺達に身命を捧げて繁栄に手を貸してくれる人間や〈人〉どもを殺しつくした。その罪は重い」


 鋼は片手で持っていた襲撃者の死体をまるでごみを捨てるようにして前方に投げる。明らかな挑発行為を受けながらも博士はため息をつき、その行為に苛立ちは欠片も感じていないようだった。


「おそろしやおそろしや。人間を殺し尽くす害虫」


「害虫だと?」


「決まっているだろう。この世界はテイルで動いているにも関わらず、貴様らはテイルを搾取して自分たちは生活を謳歌する。たまたま能力が平均的に優れているからと言って、なぜ我らは支配されなければならん」


 源鋼はそれに真っ向から反論はしなかった。


「確かにな。人間から見れば害悪なのだろうよ。だが、搾取をするのは〈人〉だけじゃないだろう。人間も〈人〉も犠牲がなければ幸福を感じない愚かな生物だ」


「ほう、口は達者なようだ。さすがに〈人〉の中でも権威を持った家の御曹司、言い訳はしっかりと考えてあるということか。全くそこも、実に醜い。醜い存在よ」


 フォー博士は鋼の言葉に欠片たりとも納得を示さなかった。


「貴様らの所業は食物連鎖のそれとは違う。貴様らは意志と思考ができる生命に生き地獄を見せつける。99パーセントの人間はお前達の生活の犠牲となり、30歳まで生きる人間は1万人に1人だ」


 博士は来ていた長袖をまくる。そこには腕輪があった。常に白銀の輝きを見せる腕輪。


「儂はすべての人間の代わりに復讐をしよう。全ての人間の次なる世のための救世を施そう。6年前の息子の理想を継ぐ」


 歓喜の声で大きな夢を語るその顔に一点の曇りもない。


 今の自分の行為で、すべての人間が救われると本気で信じている。それが鋼には許せなかった。


「俺達が悪と断じられるのならばそれでいい。そもそも生まれは選べないのだから、恨まれるのは仕方ない。だがな、俺は、源家はそれでも、八十葉家の傘下であることに誇りをもち、共存の道を見つけようとしてきた」


「ほう?」


「犠牲にする人間にはあらかじめ同意を取ってある。良き暮らしを営む者を決して卑下はせず、良き働きをするものを俺は尊敬している。我らが主、八十葉家の理想である、人間と〈人〉が共に生きる世界を拓こうと努力している」


 槍が鋼の怒りを表すかのように、蒼銀のオーラを放ち始めた。


「無論この島にだけではない。この世界を呪うのではなく、その中で必死に生きるために努力する者がいる。お前が知らぬ多くの苦しみの中にいる〈人〉がいる。様々な方法で望む明日を手繰り寄せようとする仲間や好敵手もいる」


 鋼の槍を握る手は強く、そして怒りを感じるその表情は鬼そのものだった。


「その者たちを傷つけ、暮らす場所を奪い、あまつさえその生き様を否定する、貴様の戯言とやり方はその者たちへの」


 鋼は槍の矛先を静かに向ける。圧倒的覇気、そして見られるだけで斬られたと肌が錯覚するほどの殺気を向ける。


「耐え難い侮辱だぞ……!」


 フォーグランツには、救世主を自負するその男には響かない。呆れたため息。


「生温い。今の世の間違いに気づかず愚かにも生きようとする俗物どもめ。それは世界を変える覚悟のない者の妥協と諦観だろう。だが、もはや良かろう。時代の移り変わりには旧時代を滅ぼす戦いがあるのは歴史の常」


 黒幕は嗤う。


「腕輪の力で適当に強くなっただけのテロリストが粋がるな。戦いの経験のない雑魚ばかりをよこして」


「次は違う。奴は、およそ耐えられないだろう悪夢を乗り越えてここまで来た。貴様は言ったな、適当に強くなっただけのテロリストだと。だが、彼女は違うのだよ」


 その男はその場から去り始める。


「源家の滅びをもって、栄光への道への最初の一歩としよう」


 その時。空気が震えた。この島にいるすべての人間に鳥肌が立つほどの、本能的恐怖を与える何かが目覚めた合図だと、否応にも理解するしかない。

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