第66話 their swords cross each other「この日運命は交わる」
源家最強の男が敗れた。それもただの敗北ではなく、手も足も出なかった。自らの槍とその奥義を使ってなお、正面から潰された。
それが示す。腕輪を使った春は、もはや徳位、つまり八十葉、天城や御門以上の力を秘めている可能性があると。
「鋼くんは……」
光は周りを見る。そして、目の光を失った。源閃は死に、鋼も気合で何とかふらふら立っている状況だ、これ以上の継戦は不可能だろう。
「いるんでしょう。そこに?」
春は間違いなく、奨を、そして周りにいる明人や明奈達を見つめている。
「後ろの冠位の〈人〉どももかかってきていいわ。今のテイルが残ってない状態で私を殺せると思うのなら」
ゆっくりと寄ってくる春を前に、奨たちは判断を迫られる。
先ほど鋼を瀕死寸前まで追い込んだ槍を片手に、その目は明らかに殺戮への期待を笑みを浮かべている。
光と天城が同時に一歩前に出る。
「お前ら。俺がやる。喧嘩を売られて逃げるわけにはいかないからな!」
天城が声を上げる。
しかしその裏で。奨は明人と明奈にだけ告げた。
「俺が行く。決着は俺がつけるべきだ」
「奨、お前」
「先輩、危ないです。……行かないで」
明奈の悲し気な声をしっかりと受け止めるも、奨の意志は変わらなかった。
「心配ありがとな。でも、春を、お馴染みの暴挙を止めるのは俺の仕事だ。それに今ここで、光や天城、御門が負けた、国全体が春に怯え、敵になる可能性がある。やれるのは俺だけだ」
「まさかお前。腕輪を使うのか! もう戻れないぞ」
「ああ。いままでありがとうな」
それだけ言い残すと歩き出す。明人はここまで、奨がどれほどの覚悟で旅をしてきたかをずっと近くで見てきた。春を前に、止めろなどとは言えなかった。
そしてそれを察した明奈は、明人の覚悟に躊躇いが生まれたが、手遅れになったら意味がないと覚悟を決め、自分の正直な気持ちを述べた。
「一緒に、逃げましょう先輩! 約束したじゃないですか! 一緒にいるって!」
奨は、その言葉に憤りは見せなかった。その代わりに、明奈に微笑み、
「奴は狂っている。きっとお前を傷つける。だからお前は俺が守る。莉愛先生にしてもらったように。俺は弟子を守る。最後まで、その命に責任を持つとも」
明奈の要望に応えることはなく、天城、八十葉、御門の3人を制止。
「明人と明奈を頼む」
暗に逃げろということを、3人に、向けて言い放つ。ふざけるな、という反論も許さず、奨はすぐその場を飛び出した。
「あいつ……」
和幸は向かってしまった奨を見て、冗談交じりに言ったことを思い出す。
――もしも春が敵として出てきたらどうするつもりなんだ――
――戦う。俺は相棒を、俺の新しい希望である、弟子を守るためなら――
和幸と明人は、奨が最後に残した言葉で、真意をほぼ正確に捉えていた。
「あいつ……! 抜け駆けしやがって!」
「なんで、1人で! 私たちも」
ここで御門だけは奨のことを察したのだ。光と、後ろで今にも奨の後を追おうとしていた天城を力づくでとめた。
「御門、邪魔すんな!」
「おちつけ。僕らは今ほとんどテイルを使ってしまっている。春ちゃんに負けたらこの先、〈人〉が統べる倭の国の勢力図が大きく揺らいでしまう」
「どういうことだぁおい!」
「いいかい? 徳位とは最強であるから徳位であり、世を支配しているんだ。そんな僕らが負けてみろ。あの襲撃者たちが単なるテロリストではなくなる。僕らはこの国の秩序そのものだ。僕らが負けたという事実が残ったらどうする」
「なもん関係ねえ! 舐められたままで」
「僕らが負ければ人々は言う。勝てるわけがないと。だが僕らが生きてさえいれば、今回の撤退はいくらでもいいように言える。まだ僕らの治世にいい意味でも悪い意味でも信用が残る。大きな混乱は避けられ戦いの支度も整えられる」
珍しく御門が険しい顔を見せて言う。
「先を考えろ正人。どっちがあのテロリストと戦う未来としてふさわしいか。徳位の人間が死んだ事実があった後か、ここで苦渋の決断で退いてまだ我々の秩序が安寧だと思わせた後か」
天城はそこで黙ってしまう。
光も、
「彼も、まだ死ぬなって言いたいのかしら……ね」
と踏みしめていた一歩の力を抜いた。
「ありがとう」
奨の気持ちを理解し、意地を張らなかったことに感謝する明人。
「借りができたな」
そう言いながら、天城は近くの和幸を抱える。
「俺らが抱えた方が早い。光は明奈を、御門は――」
ここまで言いかけたとき、向こう側から、鋼が飛んできた。慌てて光が〈抗衝〉を使いスピードを緩め鋼を受け止める。よほど悔しかったのか、鋼は屈辱にまみれた無様な顔を晒していた。
「光様、申し訳、ありません」
「いいの。生きていればいいことはあるわ。御門君。鋼を」
「分かった。結界が変わったからか外とも連絡はついた。今、御門家の救援がこの島の駅に向かっている。保護した子供たちは迂回路を使って街の駅に向かっている。僕らもそこに合流しよう」
明人はただ一人自分の徒歩で逃げることになってしまったが、それに明人は文句を言わなかった。
春と向かい合っている奨の後ろ姿をこの目に焼き付け、
「明奈、行こう」
と同じく奨を見つめる明奈に語り掛ける。
明奈は行ってしまった先輩の覚悟を無駄にしないと、心に強く言い聞かせた。
無様に死にかけている源鋼を〈爆動〉を使って吹っ飛ばし、避難させた奨。ようやく2人っきりで、腕輪を輝かせる春と向かい合う。
「意外ね。まさか奨が囮なんて。私はてっきり、徳位の3人の誰かが残ってくれると思ったのに」
「俺が最後の決着を、他人任せにすると思ったか?」
戦う、という前提で話を進めている。春はそれが度し難かったようで、
「奨、なんでそんな昔みたいに怖い顔をするの。私、泣いちゃうよ?」
本当に今の敵意を向ける奨の顔が嫌そうな様子を見せる。
「うれしそうだな」
「……分かる?」
「お前は心が躍る出来事を前にしたとき、感情が特に豊かになる」
昔となに1つ変わっていないように見える彼女。しかし、そんなことはない。こうして向かい合うことで様々な違いが奨には大きく見えてくる。
容姿は間違いなく成熟に向かっている。そして雰囲気ももう立派な社会人としての風格が出ているだろう。
しかし何より、昔はこんな邪悪な雰囲気はなかった。
「ああ。奨。奨! 私の奨。ずっと、ずっと夢でしか会えなかったから、もうこんなふうに何もかも気兼ねなく本物と話せるなんて夢のよう。もう自分の欲望を押さえられない」
「欲望?」
「私、奨が大好きなの。だから一緒にいたいの。……こっちにはみんないるのよ。莉愛先生のところで一緒に暮らしたみんなが。あの島で一緒に暮らしたみんなが。でも、私、奨がいないのが我慢できなくて、我慢できなくて。ずっと満足に寝られなかった。だから、あの日、奨がパーティー会場に来てくれた時、私、すぐにでも会いたかった」
春の様子がおかしい。感情が豊かと言う度を超している。
「おじさまにはわがまま言って、もう少し先にやるはずだった襲撃を無理やり早めてもらった。見て、奨、今のこの島を。今度はこれが世界に広がる。〈人〉が死ぬよ?」
嬉しそうに笑いながら、己の悪行を正義と語る。
「莉愛先生や私たちをいじめる怖い奴らが涙を浮かべて命乞いをしてるよ。奨が来るときのサプライズ。喜んでくれた?」
妖艶な舞踊を見せて、自身の中の感情を爆発させる春。
昔と違い、今の春が狂っていることは間違いなく。奨は思わず目を背けそうになってしまうが、あの日、守れなかった自分への罰だとしっかりと今の春を見る。
「奨。一緒にこの世界壊そう?」
そして、奨は自分の耳を疑うことになる。
「莉愛先生を〈人〉の奴らはいじめたじゃない。お前らは支配されるほかないって。だから戦ったのに酷いことしか起こらなくて。だから私たちが復讐をするの。莉愛先生が目指した〈人〉に怯える必要のない理想郷をこの国につくるの!」
嬉々として夢を語る春。奨は失望も怒りも悲しみもなかった。ただひたすらに後悔していた。
何が原因で、春はこれほどの犠牲が出る戦争を正義だと思うに至ったのか。
何が原因で、春はこれほどまでに強くなったのか。
何が原因で、春はここまでの闇を抱えてしまったのか。
奨は深呼吸し、心を整え。2つ質問した。
「お前の望みは分かった。お前も、6年前の事件と、莉愛先生に心が囚われているんだな?」
これが1つ目。奨の生き方が決まった日。その日から時計が動いていないのか尋ねる。
「そう。私は許せないの。莉愛先生を利用する大人がいっぱいいる世界を、私たちや他の子供が幸せになれない世界を。だから、私はあなた、とたくさんの友達と、夢を叶えたいの。幸せに生きるって」
「そうか。お前は世界を恨んでしまったんだな」
そして2つ目。これが奨の最後の質問になる。
「俺は旅をしていろいろな奴と出会った。光も、御門も、そこに仕えて理想を目指して頑張っている奴は好きだ。明人や明奈、和幸のように必死に生きている奴らが好きだ。彼らが望まないからと、俺がお前の理想に賛同しなければどうなる?」
「服従するなら仲間にするけど、しないなら殺すよ」
春は悩まない。
「私を拒むなら、私の味方にならないのなら、障害は排除しないと。でも奨が私の敵になるなんて許さないんだから。私は奨とずっと一緒に幸せに暮らす為に、今までずっと頑張ってきたから」
その答えを聞き。奨は一言。
「そうか。なら。俺の答えは決まった」
袖をまくり、装着していた腕輪の封印を解く。今までありがとう。その言葉を添えて。
次に使えば奨は間違いなく〈人〉に変わるのが止まらない。そうすれば、明人を、明奈を、食糧として見てしまうことになり、かつての人間だった太刀川奨は消え去るだろう。
それでも目の前の悪魔はここで止めなければいけない。それが6年前から多くの友人を狂わせてしまった原因となった自分ができる、莉愛が死んでから続けた旅の最後の目的となった。
「お前がもう自分を止められないのなら、俺がここで引導を渡してやる」
奨の腕輪が輝く。春はそこで、笑った。
「奨! 私と遊んでくれるのね! 見せて、貴方の〈影〉を!」
とてもうれしそうに持っていた槍を消すと、その右手に、奨の剣であるはずの〈残華〉をテイルを使って作り出す。
奨はそれに驚きはしない。あるのは春を止めるというただ1つの純粋な思想のみ。
手に太刀川莉愛から継いだ本物の〈惨華〉を生み出し、その柄を握る。
そして、奨と春は互いに相手へと突進する。
運命とは残酷だ。
太刀川莉愛の剣を使って、彼女の教え子同士が今、剣戟を交えたのだから。
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