第59話 disobey that enemy「従者たちの反逆」

 フラムの脳に焼き付いて離れないのは、宙を踊りながら人を切断していく刃の夢。


「あはははははははははははははは! すごいすごい!」


 とても嬉しそうに笑う、子供の骸骨が笑い、少年を賞賛するのだ。


「大人を殺せ。子供を殺せ。楽しいな! 楽しいな!」


 そして少年に、宙を踊る刃に新しい要望を出し、その容貌に答える少年は、さらに殺戮を繰り返していく。







 研究所に常駐している護衛を〈宙躍器〉で斬りながら、ふと悪夢を思い出していた。


「顔色が悪いような」


 先に侵入させヘリポートに待機させていた仲間1人を呼び出し、子供を共にヘリが着陸する地点へと運んでいる。


「心配かけたらすまないね。大丈夫だ。いつものことだよ」


 不安と言えば地上に残してきた友達のこと。かつて莉愛先生と共に過ごし、組織に攫われた後も生きることをあきらめず一緒に過ごしてきた仲間だ。瑠美もその1人。


 今瑠美は決して雑魚ではない追手を相手にしている。生きてこの任務を終え戻れるかどうかが不安だった。


 万人に受け入れられない革命であることは承知の上。外道と称され殺される覚悟も皆出来ている。しかしながら、仲間が死ぬことだけは、自分達の唯一の心を許せる昔からの仲間だけは、失いたくないという気持ちは確かにあるのだ。


 間違いだとは思わない。地獄から救ってくれた彼女に希望の未来を渡すためなら、悪となる覚悟がある。


「よし、戦闘員に比べ心許ないが、自動巨兵を生成しよう。堅いし少しは足止めになるだろう」


「なら俺が。フラムは前に集中してください」


 フォー博士が発明した、足止め用の戦闘兵に後ろから来るだろう追手の相手をしてもらうことにした。機兵を置いたのは研究所と本家を繋ぐ通路の入り口。いわば最終妨害ラインの意味合いも兼ねている。






 本家の人間が避難に使う航空機着陸アリーナに到着した。天井が開けられていて、いつでも組織の航空機が来れる状態になっている。


 地面も壁も対テイル用の素材でできた面積1平方メートル正方形のタイル張りになっていて、屋内運動館、俗に体育館と呼ばれる建物の広間くらいの広さの空間だ。


 そして今入ってきた入り口に加え、残り2つの出口がこの空間の中にはある。1つは本家に続く出口、もう1つはここから外の森林地帯に出る出口。


「ステルスヘリの到着までにまだ何分かかかりそうだ。僕は本家への道の様子を見て可能なら道をつぶしてくる。その間、3人の見張りをしておいてくれ」


「了解」


 フラムは明奈に縄がついていることを確認し、その後本家へと続く道へと姿を消した。襲撃者も、自身が持っていた、聡と華恋を下に置き、周りを警戒し始める。


 明奈は薄目を開き、その様子を確認。


(逃げるなら、今しかない!)


 敵は1人。それでも腕輪持ちであるのに間違いはない。明奈が1人、まともに戦っても、逃げようとしても上手くはいかないだろう。


 それでも、たとえ自分よりも高い能力を持っていても抗うことはできることを知っている。


 テイルとは想像を現実に変える力。その想像がふわっとしたものではなく、きちんと形が定まっているものならば、己の中の希望は現実となり、敵を滅ぼす力となる。その姿を誰よりも近くで見てきたのだ。


(だったら、私は1人じゃ無理でも、絶対に逃げるんだ! あいつをどうにかして!)


 奨から預かったデバイスの中には、この場を切り抜けるための十分な武器がある。


(まずは……)


 今まで必死に想像をしていた成果もあり、縄を斬るための刃を生み出すことに成功した明奈。〈透化〉〈忍歩〉〈霧中〉を使って身を隠す。


 しかしそれだけではこちらに向かれたときに、明奈が何かをしたことがバレる。そこでもう1つ機転を利かせる必要があった。明奈は、今自分たちが連れてこられた入り口の近くに、大きめの石を落とした、


 落石がタイルとぶつかりこのアリーナの静寂に1つの波紋を描く。たった1人この場を任されたその襲撃者は、その方向を警戒し、シールドを展開しながら少しずつ近寄っていく。


 そこには言うまでもなく誰もいない。時間が立てばすぐに悪手だと気づくだろう。


 その前に行動すべきだと、明奈は迷わずすぐに動いた。まずは華恋に寄り、その体に触れ〈透化〉等の隠ぺいを行う。そして、彼女の口をふさぎながら体を揺らす。


 華恋は本当に気を失っていたようで、明奈の目覚ましによって意識を取り戻した。優秀な華恋は明奈が口をふさいでいる理由を一瞬で察した。


 幸運なことに、まだ気づかれるまでには余裕があるようで、そのままの流れで聡を起こす。


 何事もそううまくはいかない。2人の接近する気配になんとなくで気が付いてしまった聡は、

「ん?」

 と間抜けな声を出してしまう。戦場において一瞬で正しい選択肢をとれるほどの胆力はまだついていないのは、彼らと年齢を考えれば仕方のないことだ。


 聡の声を聞き、さすがの襲撃者も聡の方を向いた。


「なに!」


 すぐに明奈と華恋がいなくなっているのに気が付きすぐ〈色視〉を使用。2人の捜索に入るが、これはレーダーと同じ相手の反応を探った結果を、視界として脳に認識させるもの。探査機に反応しない状態の2人はそれだけでは見つからない。


 舌打ちの後に襲撃者は唯一身を隠しきれていない聡の方へと近づく。まずは見える1人を確実に確保しておくためだろう。


 ここで明奈は1つの決断を迫られる。このまま聡を置いて逃げるか、それともまだあきらめないか。


 迷う必要はすぐになくなる。華恋がステルスを解き、聡の前に立ったからだ。


「聡、あんたのせいで」


「ごごごめん。声出したからだよね……」


「ともかくあんたらは逃げなさい」


「でも、華恋。君が」


「うるさい! 時間稼ぎはするって言ってるの。八十葉家にて戦うもの、その身の献身と犠牲をもって、人間と人を守る秩序となり、害する敵を屠る刃と弾丸となる。これは私の役目なの!」


 華恋は己1人犠牲になるつもりだった。


 そんなことはできない、と正義感を見せる聡はここから逃げようとしても渋るだろう。そしてその間に本当に逃げられなくなってしまう。逃げるにしても後方の憂いを取り除くことは、この場から安全に逃げるための必要条件だ。


 明奈は決心する。この場を3人で乗り切り、逃げるためには、戦うしかない。故に戦うのだと。


 デバイスで2人にだけ聞こえるように通信をした。戦うしかないと。同時の頷きは同意の証。


 これまでの戦闘訓練が試される時が来た。


 もう1人が帰ってくるまでの時間、襲撃者は時間稼ぎとけん制をするだけでよい。そして相手は子供で生かしたままにしなければならないとなれば、相手は対処不可能なほど強力な攻撃はしてこないと判断できる。


 そして明奈はまだ〈透化〉を解いていない。不意打ちができれば、明奈でも十分に痛手を与えられる。


「痛い目を見ないうちにやめた方がいい」


 襲撃者の言葉に惑わされず、明奈の言う通りに聡は銃を構えて、銃口を向ける。それと同時に、華恋も空中にライトエメラルドの球弾を浮かせ、射出の準備に入る。


「悪い子たちだ」


 華恋が浮かせた弾丸を放つとともに、聡は華恋の攻撃の邪魔にならないよう移動、横から角度差をつけて援護射撃を始める。放たれる数多くの光弾を、襲撃者は躱すことなく、シールドを張り防ぎ始めた。


 それが戦いの幕開けとなった。


 明奈は〈透化〉を行ったまま、相手の懐に潜り込むために走り出す。その一方、襲撃者もまた、正面にいる華恋に向けて走り出した。襲撃者の右手には、スタンバーが握られている。


 聡がさせまいと銃を連射し続けたが、すべてシールドで防がれ、襲撃者は華恋の元迫る足を止めない。


 聡はそれを見て攻撃を中断しようとしたが、

「続けて!」

 襲撃者と距離と取るために動き続ける華恋の忠告により、その攻撃を続ける。


 一方で華恋も、一定の距離を保つため、迫る襲撃者から走って逃げながら、光弾を撃ち続ける。それらはすべてシールドで防がれているが、そのシールドにも徐々にひびが入る。


 襲撃者は突如その場に止まると手に持っていた棒を投擲。華恋はそれを躱すが、意識を割かれたのか一瞬射撃の勢いが弱まった。それをチャンスだとみて襲撃者は〈爆動〉で距離を詰める。ひびの入ったシールドでも弱まった勢いの射撃を何とか防ぎ切り、穴が空く前に、華恋との距離を詰めた。


 襲撃者は問題なく華恋に向けて手を伸ばす。それこそが罠。実は華恋のすぐ近くには、身を隠している明奈がいる。


 明奈は、聡か華恋の中間に位置し、どちらかが狙われたときに援護ができるように備えていた。相手が華恋を追ったのを見て、明奈は透明なまま華恋を狙うその後ろから短剣で斬りかかった。


 殺すことにためらいはない。生き残るためならば。振りかぶり左上から下ろす。


 その直前。華恋に襲い掛かっていた襲撃者が突如停止、足を上げ、明奈のいる後ろに回し蹴りを直撃させた。


「が……!」


 すぐさま〈爆動〉を使い距離を取った明奈、それを追う華恋。聡はそんな2人を庇うように位置どった。


 明奈には、何故接近がバレたのか、理解できなかった。


「見えるんだよ。それがこちらの腕輪の力でね。刃をおさめろ。そしておとなしくしていろ」


 その言葉は無視した。明奈も華恋ももはや覚悟は決まっている。


「ここで逃げないと死ぬのよ。戦って、逃げる!」


 華恋の覚悟に聡も明奈も頷く。


 明奈はデバイスの中にある1つのデータに賭けることを思いつく。相手はシールドを使っているが、そのシールドごと引き裂くことができるかもしれない技を明奈は1つ、自分を守ってくれるようにと、渡されていたからだ。


「2人とも、今度はしくじらないから。もう一度、私に攻撃を任せてほしい」


「明奈……ええ。信じるから」


 聡からも反論はなく、明奈は少し考える。その間10秒。3人は再び行動を起こす。

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