第53話 he solve the problem「解明」

「どうした、そんなアホ面をして」


 大きな口を開けていた明人に、奨が今の明人の様子を手短に表した言葉を浴びせる。しかし明人はそれに反応することなく、自分の中に発生した仮説を話し始めた。


「それだよ。奨。画面の改ざんだ」


「でも、記憶を見ている間は腕輪は動いていなかったって話だが」


「腕輪の能力じゃなくて、別のデバイスを使っているんだろう。そして、恐らく奴らの体内に記憶を見られるという条件で自動起動するデバイスを埋め込まれている」


 デバイスは外に持つだけではない。体の中で埋めてしまう場合もある。それは特に高度な先端技術ではなく一般的に行われていることだ。


 ここで明奈が疑念を抱く。


「でも、デバイスを自動で使うなんて。デバイスは本来、私たちの意志に反応するんじゃ」


「テイルに詳しい奴がプログラムすればできるよ。一番わかりやすい例は、源閃の使っていた自動防御だ」


 源閃には明人の弾丸や奨の短剣の投擲などが何もせずに弾かれたことがあった。あれは自分に迫る遠距離攻撃の軌道を強制的に変え、その攻撃を当たらないようにするもの。自分の10メートル以内に遠距離攻撃が来たとき自動で起動する。


 明奈もそれを何度か目撃している、自動起動の話も納得した。


「体に埋め込まれているのは、いつ記憶を見られるか分からないからですね」


 明奈の納得を伴った言葉に明人はしっかりと頷く。


「それだけじゃない。起動の合図は脳内スキャンとすれば、自動起動の条件設定としては簡単で不可もかからない部類だ。それで己の存在を隠し、脳内の映像を改ざんした。もし、これが正しいとすれば……」


 明人はこの後の己の予想を話す。奨はそれを聞いて何も言い返すことはできなかった。






 明人の仮説を実証する機会は意外と早く訪れた。


 光は明人や奨を信頼していたのか、既に明人を中心に動けるような体制を整えていた。実験室には、御門有也と御門家の研究者、天城正人、和幸と聡、十数名の〈人〉の一家の代表者、フォー博士、そして源家からは、鋼の代わりに春がいた。


「何か浮かんだって顔ね」


「もちろん。光さん。悪いんだけど、これだけじゃ器具が足りない」


 明人はこの場にいる全員に、自分の立てた仮説のすべてを公開する。


 今までの記憶閲覧において、閲覧画面に別の画面を重ね掛けされ、本当の映像が隠されていたこと。そしてそれができる自動起動ができるデバイスが、おそらく襲撃者の体に腕輪とは別に埋め込まれていること。


 最初は〈人〉の誰もが怪訝な顔をする。明人の言うことが正しいのか怪しむ。


「てめえ、嘘だったら覚悟はできてんだろうな?」


 天城は脅しにもかかる。しかし、明人はまったく臆することなく言った。


「正誤なんてどうでもいい、そもそも操作が進んでいないお前らが悪いんだ」


「……ははははは! 御門お前の知り合いは面白い奴ばかりで飽きないな。気に入った。試してみようぜ」


 そして明人の提案に乗ろうとも言ったのだ。そこから場の雰囲気も一気に変わり明人の案が採用されることになった。


「デバイスの存在を確かめるために、脳や腕輪だけじゃない。体全部をスキャニングしてほしい」


 御門は襲撃者の2人をベッドの上に強制的に寝かせ、呪符が数多く貼られている体中にさらに呪符を張り付ける。


「体中の中身を見るのならこれでできる。何を見つければいいんだい?」


「体の中にデバイスがあると思う。俺が今から記憶を見るので、その時、起動しているデバイスを探してほしい」


 御門が近くにいた部下に指示し、術師団全員呪符を用意した。術の準備に数分時間がかかる。その間、襲撃者事件に進展があるのかと、全員が固唾をのんで実験開始を待つ。


 ただ2人を除いて。


 春が明奈と奨のところに歩み寄ってくる。


「源家代表とは信頼されてるんだな。お前」


「これでも、就任して1年で当主様のお世話も任されるようになったのよ。すごいでしょ」


 奨は春の実績を肯定する。春も満足し、これ以上の自慢はやめて今自分が気になっていることを唐突ながら尋ねた。もう、こんな機会が訪れないかもしれないと思って。


「この腕輪。6年前の事件のこと。きっと関係あるって思ってるんだよね」


「仲間が攫われたことは俺のせいだ。あの時は無力だったから何も守れなかった。俺はその償いをしなければならない。俺の力で少しでも犠牲者を減らせるのなら、俺は奴らを追いたい」


 春は少々怒った顔で、

「あの時、莉愛先生を壊して、私たちをこんな風にしたのは、〈人〉と、それに恨みを持った大人どもでしょう?」

 奨に問いを投げる。奨は常識を語るときと同じような無感情で返答した。


「強い者が望みをかなえられる権利を持つ。それがこの国だ。俺は弱かったから全てを失っただけ。怒りは不合理だろ。今度は強くなって、今度こそ何も失わないために戦って、守ってみせる。攫われたお前らからすれば、笑止千万な考え方だが」


「弱い者は生きるに能わない?」


「そんなことはない。弱ければ、自分を庇護してくれる強者と共に生きればいい。だから、お前が源家で働いていると知ったとき、俺は心から安心したんだぞ。生きててよかったって」


 春は今度は奨の答えに笑みを浮かべた。


「でも。奨、貴方だって誰かに縋るべき弱者なのかもしれないよ?」


「俺は恵まれていたはずだ。強くなる術があり、抗う術を先生に貰っていた。俺はそれを活かせなかっただけの無能だ」


「変わらないね。あの時から。誰かの為なら命まで張れるのに、自分のことは、価値がないみたいに言って」


 奨は嘲笑を浮かべたがすぐに元の顔戻った。


「まあ、俺のことはいいさ。本当に気の毒なのは明奈だ」


 自分の名前を訊き、呼ばれたと勘違いした明奈は奨の元へ近づく。春は子犬のような明奈の頭を撫でた。明奈は顔を赤くする。


「本当だったら、もっと自由にさせてやれたかもしれない。それが俺が捕まったばっかりにな」


「いいえ。先輩は悪くないです。だから、お気になさらないでください」


 春は2人の様子を見てなぜか安堵の表情を見せ、

「準備完了です!」

 実験の準備が完了したとの報告と耳にし、春は実験の様子を見るために所定の位置へと戻る。


 ここにいるのは奨と明奈の2人。明奈は1つの疑問を解消するべく発言する。


「私は、あの〈人〉たちを少し恨んでいます。私たちはただ襲われただけなのに、それを跳ね除けたら悪者にされて理不尽です。だから嫌いになりました。これは、おかしな気持ちですか? 先輩と同じように怒らないべきですか?」


「そんなことはないさ。明奈は明奈のままでいい。自分の心を偽らなくていい。俺も、そんな明奈と一緒に居たいからな」


「はい。先輩」


 明奈も疑念が晴れ、いよいよ実験が始まり、奨も明奈の明人の様子をじっと見る。


 明人は慣れた手つきで記憶の閲覧を開始した、そしてそれと同時に御門とその呪術団が何かの詠唱を始める。その中で御門が1人瞑想をしているのか目を閉じている。


 明人のキーボードの上には画面が出る。しかし、その画面を操作しても目的の襲撃者の元締めになる情報は得られない。


「御門さん、体の中に、肉体とは別の異物があるはずだ」


「ああ。あるね。驚くことに肩の骨の一部と一体化しているようだ」


「今から無力化を」


「君はすぐに記憶を抽出できるよう準備してくれ。術師団、重複詠唱だ。デバイスを強力な術干渉でハッキングする!」


 御門がもう1枚懐から白紙の紙を出すと、その場で文様を掻き、己のテイルを流し込む。そして再び詠唱を始める。呪符は燃え突き、印が記憶を抽出されている襲撃者に張り付き、そして染み込むように消えていく。


 これで光明が見える――。


「あががががががががががががが」


 見えたのは光ではなかった。機械がひどい故障をしたかのような、およそ生物が放ってはいけない声を放ち始める。しかし、実験をやめる者はいない。襲撃者の体を案ずる者はいない。


「じじじじごぉおぐがががががが、ヴェァアアアアハハハハハハハガガギシェシススア」


 すべては今後の襲撃者事件を良い展開へと持っていくために。これ以上の犠牲者を出さないために。どれだけの苦しみを与えようとも全力で見ないふりをする。


 そして、明人の画面に変化が出た。それは記憶の閲覧を行う画面であることに違いはなかったが、覗いている相手は同じなのに、閲覧できるようになった記憶の内容が違う。


 明人は御門が術を使っている間に急いで内容をコピーし、それをさらに気を利かせて、この場にいる全員に配信した。


「これは……!」


 そこには自分たちがこれまで必死に求めていた記憶がしっかりと保存されていたのだから。組織の拠点はどこなのか、いつ、どこで腕輪をつけられたのか。その組織が何を目的として動いているのか。そのすべてが。

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