第28話 the ruler in Japan 「日ノ本の秩序の番人」

 冠位十二家の中でも御門家は八十葉家、天城家、伊東家の4つの家と同じ戦闘を得意とする家。


 御門家は古代から倭で不確かな存在として語られていた妖術や呪いついて研究し、テイルを用いて体系的で再現性のある〈呪術〉として確立させ、それを使った技術を発展させてきた歴史を持つ。


 頂点の御門家を始め直下の家もそれぞれが他の冠位十二家に引けを取らない力をもつ十二将家を従え、その高い戦力をもって普段は国防を担っている。


「春ちゃんに呼ばれて来てみれば意外な人物と会えたね」


 護衛の人間を一切引き連れていないのは、その男に並みの護衛をつけてもかえって邪魔にしかならないが故の事。


「源家次期当主、源閃くん。ここは僕が引き継ぐ。君は帰りなさい」


「今は、私とこの男との話の最中です」


「御門家は暴力を用いた人間の勧誘を認めた覚えはない。君がやる気なら、僕を相手にする覚悟がいるが?」


 閃は3秒の沈黙の後、刃を鞘に納めた。


「覚悟しておけ太刀川。お前のような男をのさばらせておくほど、〈人〉の世は寛大ではない」


 それだけ言って閃は早々にこの場を去った。静かになった夜の街。早々に立ち去る閃の足音がだんだんと小さくなっていくのをしばらくは聞き届ける。


 この御門家当主は戦わせれば日本最強とされ、戦乱の世の倭においても、御門有也が関わった戦いに敗北という記録は残っていない。閃があっさり引き下がったのも当然ではあった。


「奨君久しぶりだね。最後に会ってから6年は経つかい? 莉愛の元婚約者のお兄ちゃんだよ」


「お前を、そんな親しみを込めて呼ぶ筋合いはないと思うけどな」


「莉愛は元気かい?」


(莉愛……?)


 明奈が聞き覚えがあるその名は春も言っていた、奨と春の先生。


「死んだ。衰弱でな」


 御門は一瞬、どこか残念そうな様子を見せたが、すぐに飄々とした顔に戻った。


「僕を恨んでいる?」


「まさか、莉愛先生が恨んでいないと言ってたんだ。結末に納得はしないけど、俺が恨むことじゃない」


 奨はまるでその男と面識があるかの様にしゃべる。明人が、仲がいいのかと訊くとすぐに、とても嫌そうな顔で否定した。


 有也は隣にいる2人にも目を向ける。


「奨くんの新しい仲間かい? いやあ卒業式で挨拶すべきだったけどあいさつ回りで忙しくて。良ければ、名前を教えてくれるかい? 人間の2人さん」


 明人と明奈は一瞬奨を見て、教えていいのかと相談する。奨は否とは言わなかったので、明奈と明人は簡単な自己紹介を行う。明人はデバイスを握りいつでも逃げることができるよう構えながらだったが。


「なるほど。そちらの彼女は可愛いねー。いい従者を持ったみたいだね奨くん」


「茶化すな。明奈を怖がらせるなよ」


「はは、失礼。そして隣の君、さっきの怪しい奴との戦い見てたよ」


 有也は少しずつ奨たちと距離を詰めてくる。意味ありげに怪しい笑みを浮かべながら。


 光とは違い、明人にとっては初対面の〈人〉。相手がどんな人柄なのかも分からないため警戒はより強まる。


 明人はまだ誰かの下で使い潰されるつもりは毛頭ない。絆されたり、洗脳されたりしないようにしなければならない。


「そう警戒しないでくれ。僕は無理やり何かをするつもりはない」


 有也も、明人が異常なほどの警戒心を自分を対象に持っていることに気づき、両手を上げながら言葉を重ねる。


「さっきの戦いも式神を通じてみてたよ。君のその銃と撃った弾丸は君オリジナルのものだろう。空中で一時停止する弾丸、シールドを少量テイルで破壊できる紅い弾丸。戦い方も実に巧妙。君にも興味が惹かれたよ。お友達になりたいな」


「……最強の男には筒抜けか」


 明人と明奈はその男を初めて実際に目の当たりにしたが、ここまでのやり取りで、持った印象は2人とも同じだった。


 恐ろしいほどにその男は覇気がない。


 筋肉はしっかりついているが体はそれほど逞しく見えない。表情を豊かに変え会話をする様子を見て、話していて悪い気分にはならない好印象を持つ青年だ。


 そして何より最強の男と言う割には近寄り難い雰囲気を全く感じない。


「変な奴だろ?」


 奨が明人と明奈に言う。つい頷いてしまうが、御門も、

「みんなによく言われるよ」

 とまんざらでもない顔をしている。


 明人はここでようやく、奨に当然生まれるべき疑問を投げかける。


「奨、この男と知り合いなのか?」


「ああ。といっても、最後に会ったのは、お前と会う前だからな。この人は俺と言うより、俺の師匠である莉愛先生と付き合いがあって、その関係で俺とも少し面識があったんだ」


「お前の師匠、人間だったよな。なんでまた最強の男と面識があるんだよ」


「ああ……そういえば、その話はまだしたことがなかったな」


 それを聞き、御門有也は話に乱入してくる。


「彼の師匠たる莉愛は、6年前、僕とイチャイチャする関係だったんだ。莉愛は可愛いくて、美しくて、やわら」


「恋愛関係とちゃんと言え。勘違いしたらどうする!」


「ははは。だからまあ、莉愛が面倒をみてた子供である奨君のことも、弟のように」


「俺はお前を、兄という目で見たことがない」


「えーショックだなー」


 言葉ではそう言っていても、実はそんなことは微塵も思っていない様子なのは、御門を見る3人には明らかだった。


 話せば話すほど、倭の〈人〉の頂点たる御門有也に、言葉では言い表せない異質さと不気味さを募らせていく明人。


 それはなんとか言葉としてまとめると、この男は〈人〉でありながら、人間である自分と友好関係を築くことに躊躇いのない変人のような感じがしている。


 明奈も不思議と恐怖を感じてはいなかった。源閃や八十葉光には、見ただけで足が震えたというのに。


「おい。気をつけろよ?」


 奨はそれを察したのか2人に釘を刺す。


「こいつのやり口はいつもそうだ。見た目で相手に警戒心を与えないことで、話しやすい状況を作って、会話の自分のペースに乗せやすくしたり、相手を油断させたりするんだ。悪質な詐欺師と変わりない」

 御門は苦笑を浮かべ、


「まあ、確かにそう意識するときもあるけれど、君たちには違うよ。奨君が認めた仲間だ。僕としても何の警戒心もなく話したいだけさ」


 奨に反論する。そして、しゃべり始めて頭の回転が速くなったのか、さらに言葉を重ねた。


「そうだ。彼らにも君と師匠の過去について知っておいてもらった方がいいんじゃないか? そうすれば2人もより僕のことをよく理解してもらえるだろう」


「何を企んでる?」


「単純に君と会うと懐かしい思い出に浸りたいのさ。今から帰るところだろう? ぜひ宿を一緒にさせてくれ。おつまみもちょうど持ってるんだ。楽しく食べながら昔話に興じようじゃないか。ささ、行こう」


「おい、まさか俺らの宿に来るつもりじゃないだろうな?」


「君らをいきなり僕の宿に招いたら、部下が混乱するよ。それに込み入った話だし、聴衆は少ない方がいいだろ?」

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