第27話 white blade to break sword 「太刀川の『砕刃』」

 絶望的な攻撃を前に、明人はまだ諦めていなかった。ここでの襲撃者との戦いは、殺すためではなく時間を稼ぐための戦い。


 本来、シールドに楔を撃ちこみ、爆発させるという手間をかけずとも、シールドもろとも貫ける弾を明人は持っている。しかし、あくまで可能性であり、最終兵器。故に明人は確実に勝てる状況をつくることを優先した。


 では、なんの時間を稼いでいたか。それは言うまでもない。


「あ――」


 明奈が声を上げる。その表情は安心と歓喜に満ちている。その時点でその乱入者が何者かは明らかだ。


「奨先輩!」


 明人の目の前に一人。短剣で迫る刃を迎える。襲撃者は次の光景に目を疑っただろう。短剣を凄まじい速さで振り抜き、迫る刃を最低限の挙動で砕いたのだから。


「何……?」


 乱入した奨は襲撃者の攻撃を対処するだけで満足しなかったのか、一気に襲撃者との距離を詰める。


 迎撃のために剣を前に構える襲撃者。それも問題ないと攻めの姿勢を緩めない。


 2人がともに接近し自らの得物で敵を斬り裂くことができる距離。


 数回の剣戟。たったそれだけで形成は逆転した。


 途中の2回を躱しその後繰り出される奨の一撃から、襲撃者は防御と回避に専念せざるを得なくなる。


 動きが読めない。明奈から見た奨の動きに対する感想はこの一言に尽きる。


 短剣を得物としているのだから刃を警戒するところ、その短剣の動きはもう片方の拳や足による蹴りをぶつけるための所作だったり、かと思えば普通に斬撃を目的としていたり。


 動きに翻弄され反撃を躊躇い見切りに集中する襲撃者。それすらも奨の思う壺だった。


 明奈は奨の短剣が白く光るのを見る。それは氷の時と同じく破砕を発生させた。まずは右手の剣。そしてすぐに左の剣。


「なんだと」


 剣は頑丈なのが取り柄の一つ。これがあっさりと砕かれた事実は、使い手の襲撃者にとっては思いがけないこと。明人はその刃が何たるかを後輩へと自慢した。


「これが太刀川の〈砕刃〉。あらゆるものを断裂する、奨の力だ」


 白く光る刃は断裂の概念そのもの。固形でなくともあらゆるものを斬り分け、無力化することができる。


 得物を破壊された襲撃者は足の一撃を受け、思いっきり腹に受けた後、遠くへと蹴り飛ばされる。


 〈爆動〉は自身を加速させるものだが、触れた相手を自分の一部と定義し加速させ、任意の方向へと飛ばすという裏技がある。蹴り飛ばすという表現はまさにこの技を表現するのに的を射ているだろう。


 明奈からも、明人や奨からも大きく距離を離され、さらに一蹴を腹に受けた痛みで、片膝立ちになり苦しそうに歯を食いしばる襲撃者。


「く……うく」


 奨は静かにその相手を見据え、その瞬間。


 明奈は心臓を締め付けられた。正しくは一瞬の錯覚だったが。奨の圧倒的な殺気がテイルによって場に影響を与えたのだ。


「お前、右手のそれは……!」


 奨は襲撃者が腕に装着している腕輪を見て、突如声を大きくする。


「君の予想どおりだろう」


 その言葉と態度から、この場にいる誰もが、奨と並々ならぬ因縁を持つことが察せられる。それは明奈を含め明らかなほどだった。


 奨はそれ以上目を細める以外激しい感情を出すことなく、何か具体的なことを話すこともなく、襲撃者に近づいていく。


「探したぞ……! お前を捕え、尋問にかけさせてもらおう」


「それはできない。まだ、捕まるわけにはいかない」


「明奈を狙っておいて、ただで逃げ帰ろうなんて虫が良すぎるんじゃないか?」


「いや、こういう時の備えもしてある。申し訳ないが帰らせてもらうよ」


 突如。何かが投げられ、その小さな球体が激しく発光する。その光の強さは視界を奪うには十分な光量を伴っており、この場にいる者たちをひるませた。


 次に視界が元に戻ったときには、襲撃者は姿を消していた。


「奨、いいのか? アレは俺らが捜してた敵かもしれないぞ」


 明人の意味ありげな問いに奨は、

「明奈が無事なだけ今日はよかった。本当に」

 寸分の間も置かず答えると、明奈の元へと歩み寄る。


 明奈は、明人と奨が無事でいることに、ホッとした表情を見せる。


「無事か?」


「はい、奨先輩、明人先輩、ありがとうございます」


「間に合ってよかったよ。大変だったろう。今日はもう帰ろう」


 宿はすぐそこだ。いつの間にかそこらじゅうで起こっていた騒音は鳴り止み、都市エリアを舞台に突発的に起こった襲撃戦は幕を下ろしたことを告げていた。


「でも人を呼びに行かせちゃったんだよな……春さんに」


「そうか。こんな再会の仕方になるとは意外なことだが、待ってみるか」


 明奈と明人は2人そろって気を緩めてため息をつく。奨はあまりに似ていた2人の挙動を見て微笑んでいた。


 笑みが消える。奨は短剣を再び構え、誰もいない暗闇を警戒する。


 それはただ事ではない。明人と明奈に分かったのはここまでだった。


 たった一瞬の出来事。明奈が認識できたのはことが始まって1秒後。熱いという感覚はその白の光線の持つ熱量が故。奨は短剣で遥か遠くから放たれた白く細い破滅を、輝く短剣で受け止めていた。


 シールドがなければその余波で火傷は必須。奨は2人の守護までしっかりと行っていた。


 鼓膜が震え今にも破れてしまいそうな音が響き、明奈はつい耳をふさいでしまった。


「ぁぁ、頭が……!」


 5秒も続けば後遺症として頭痛が続くところだったが、一瞬の迎撃は3秒で幕を閉じ、明奈は自分を心配そうに見る明人に大丈夫だと返答する。


 いったい誰が。その質問は言葉になる前にその答えが明らかとなった。


「さすが傭兵『太刀川』といったところ」


 奥からは源閃の姿が徐々に浮かび上がる。その手には奨と同じように光かがやく刃を持った細剣が握られている。


「冗談でもいただけないな」


「戦いを見ていた。今のは最後のチェックだ」


 口ぶりからして奨のことをもはや客としての扱いではないと示している。


「この際単刀直入に言おう。お前をスカウトする。八十葉家に。我々は常に強い者を求めている」


「俺には旅をする理由がある。悪いがスカウトは受け付けていない」


「馬鹿なことを言うな。傭兵などやっていては未来がないことは見え透いている」


「なんだと」


「結局は根無し草。〈人〉の社会では地位も信用もない。そんなことをいつまで続ける。どこかに身を落ち着けるにはいい機会だろう」


 傭兵という職業は、奨がこれまで生きるために命を懸けて行って来た仕事だ。明人はそれを知っているからこそすぐに機嫌を損ねたが、そんな彼にとっては意外にも奨は同意した。


「確かに。それは事実だ。それに俺もいずれはどこかに落ち着くつもりだ。ただ、それが今ではないということだ。俺は、旅の目的を果たすまで、旅を続ける」


「腕はあるのに思考は愚かだな。お前は。つくづく、可哀そうな男だ」


 源閃は刃を奨に向ける。


「従わないなら力づくということか? 傲慢だ。〈人〉らしい考えだな。親人間派の八十葉家の臣下が横暴だな」


「確かに家全体の理念はそうだ。だが役割というものもある。俺達源家の役割は、八十葉家を強くすることだ」


 そこで会話は終わった。


 互いが相容れないことは明らかだった。あと一歩、どちらかが動けば、恐らくただ事では済まなくなる。


 明奈としては、かつての主と今の主が一触即発の状況になるとは思ったことなどなくどうすれば良いが分からない。


 もはや激突は避けられないか、と誰もが思った時、その現状を破る者は唐突に現れた。


「まあ、待ちたまえよ。君たち」


 その姿を見た瞬間、奨の警戒度が一気に跳ね上がる。


「お前……」


 明奈もその顔を知らないということはない。目の前に現れた男はあまりにも有名だからだ。


「いい驚きようだねぇ」


 にっこりと笑みを浮かべて奨達を見るその男。一見覇気が欠片も感じられないさわやかな青年だ。ややなで肩で上に青いジャージで下も薄手のズボン。スポーツ選手の練習着ともとれる。


 しかし、その男は、現代の倭を統べる最高権力者の冠位十二家の中でも、現時点で最も勢力が大きく、最強の存在と呼ばれる。御門家の現当主。


 名を御門有也みかど ありなりと言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る