第17話 exciting journey「2人の旅路」

 訓練が終わり、光が犬を撫でるかのように華恋に触れる一方、口では明人に向けて1つの提案を飛ばした。


「この後、私と華恋で食事に行くのだけど、貴方たちもどう? 華恋も明奈ちゃんと一緒に居たいみたいだし」


「い、いえ、そんなこと」


「冗談半分よ。明人君にお礼もしなくちゃいけないし、もっとお話を」


 そこで和幸が割り込んでくる。


「勧誘のためにお近づきになろうったってそうはいかないぞ。この後も聡のことをしっかり鍛えてもらうんだからな」


「お前もさすがに図々しいぞ。ちゃんとリクエストに応えたんだ。ここから先は企業秘密の訓練だ。さあ、帰った帰った」


「そう言うなよ、聡だってそう思うだろう?」


 上からの圧を受け聡はコクリ。当然光も引かない。


「明奈ちゃんの意見を聞きたいわねー。先輩と2人きりか、私たちと一緒にいくか、聡君と訓練の続きをしたいか」


 いきなり選択を迫られるとは夢にも思っておらず、何と答えればいいか、と明奈は黙り込んでしまった。


 無理もない話だ。3人とも自分より目上で、誰かの意見を尊重すれば、他を蔑ろにしたと思われてしまうかもしれない。今後の関係に影響をきたしてしまうことにもなるだろう。その場合、責任はとれないだろう。


「明奈? 悩むなら一緒にいこ?」


「あ、ずるいぞ、僕だって一緒の方がいい」


 親友2人の言葉が重なれば、さらに重荷になることは明白だった。


「お前に選択の余地があるのなら、俺はそれを尊重する」


 奨の意見。明人は何か言いたげだったが、奨がにらみ、文句が口から出てくることはなかった。明奈は奴隷ではなく1人の仲間として責任を持つと言ったのは他ならぬ2人だ。約束を違えるはずもない。


 明奈は華恋と、聡を見て、そして静かに目を閉じる。


「明人先輩の意見に、私は賛成します」


 決断は堅い。選ばれた明人は叫びこそしなかったものの、欲する玩具を手に入れた子供のような喜びをあらわにする。


 光と和幸は、残念そうな顔になった2人を元気づけて明奈の意見に従い、

「仕方ないわね。いきましょうか」

 宿の外へと出た。




 訓練と言ったが、実際明人はこれ以上明奈に負荷がかかるようなことをするつもりはなかった。


 奨はまた外出している。和幸と街を見てくるとのこと。実際、朝の速報では昨日の夜、新たな襲撃を受けた者がいるという事件が報じられている。それ関連であることは自明だ。


 することのない明人は明奈に何をしたいか尋ねた。明奈はまた頭を悩ませたものの、幸運にもすぐに、ふと、思いついた質問があった。


 明奈は2人を信じると決めた。その上で、決めたからには、2人のことをもっと深く知りたいという欲求がある。それをしっかりと伝えたのだ。


「先輩たちは、どんな旅をしてきたのですか?」


「そうか。確かにそれは言うべきだな、だけどそう期待するほどのことでもないぞ? 泥臭さ満載、面白みもない、ただクソガキ2人が必死に生きてきた話になるが?」


「綺麗な物語でなくとも、先輩たちの苦労を知りたいんです。私は、先輩を信じてますから」


「そうか。なら、その信頼を裏切るわけにはいかないな」


 明人は静かに語りだす。これまでの旅路を。






 俺と奨が出会ったのは3年前だ。


 故郷を〈人〉に燃やされ、全てを奪われたところから始まった。……俺の記憶を映像として出そうか。その方が分かりやすいな。


 あの時はもう死んでもいいって思った。何もかもあそこで失った。ダチも姉さんも恋人も家族も。それらは全部人間差別主義を掲げる〈人〉が原因だった。


 ふざけた野郎だったよ。人間が普通に生きているのを見ていると屈辱なんだとさ。意味わからないだろ? ただ、起きて、大人は働いて子供は学校に行って、家族や友と語らって、ご飯を食べて、寝る。それが破壊者は傲慢だと言った。


 だけど、その〈人〉は死んだ。別のところから来た反逆軍の救援隊と、そこで傭兵として戦っていた男の手によって。


「傭兵……奨先輩」


 そう。奨は倒れて絶望しながら生きていた俺を見て、手を差し伸べてくれたんだ。死ぬのは連中へ副種するために命を燃やしてからでも遅くはないってさ。


 しばらくは奨にただついて行く日々が続いた。奨は俺のことをアシスタントという形で雇って養ってくれた、各地を転戦する奨のそばでは何度も死にかけたけど。


 旅の目的は単純だった。奨は、6年前に謎の組織に誘拐された同い年の皆を捜していた。


「春先生だけじゃなく?」


 ああ。俺が思っていたよりもあいつの目的は壮大で、まるで霧の森をさまようかのような難題だった。


 当時奨に聞いたよ。なんでそんなことをするって。人間なんだからもしかすると殺されているかもしれない。捜すだけ無駄かもしれない、それどころか、このまま戦い続ければ、お前自身もいつ死んでもおかしくないって。


 そうしたらあいつ、すっごい清々しい顔で言ったんだ。『死ぬのは怖くない。師匠との約束がある。その約束を果たそうと全力で生きる。師匠が死んだときにガキなりにね』ってな。


 俺はその時の言葉を聞いて、少しの憧れを持ったんだ。そんな強い意志で生きている奴は初めて見た。俺も男の子だからさ。なんか、格好良く見えたんだよ奨が。だから、俺もやれる限りやろうかなって。


 金を必要としていたのは、日々の生活費に加え、情報屋で情報を買うためが主だった。


 俺もやると決めからにはとことん付き合う。そのために戦いの術を学んだよ。君がさっきやってた訓練もやった。あ、そうそう、あれ第一段階だから、頑張るんだよ。これからさらにむっちゃ厳しくなるから。


「そうなんですか……私、あれをクリアできる気がしないのですが」


 俺もそう思ったよ……今に比べてずいぶん教え方も荒かったし。傍から見たらただの弱いものいじめだからなアレ。


 これ以上むりー、と弱音を吐き逃げ、奨はそれをすぐ捕まえて、逃げたら飯抜きだぞって、いやなんかこれ、恥ずかしい映像だな。


「ふふ、先輩、子供っぽいです」


 だろ? まあ、訓練は辛かったけど、当時を総合すれば別に辛くはなかった。傍に奨がいるだけでなんだかんだ楽しかったからな。


 ……お、懐かしいな、初めて京都に行った時だ。確かここで和幸と知り合ったんだ。


 これは山奥で遭難した時だな。野宿を初体験した。奨が慣れてたから、助かったぜ。でも外でテントをたてて焚火で体を温めながら語らうのは、意外と悪い気はしなかった。


 ああー、これは、2人してデバイスを買い替えた時だな。2人でコツコツ溜めたお金で、初めて高級な使い勝手のいいやつを買った。あ、思い出した。この後豪遊したんだよな。〈人〉のふりをしないといけないのがきつかった。でも頑張ってご褒美だって、出会って周年を迎える時は必ずそう遊んでた。


「先輩たち、仲よさそうです」


 これからは、君も一緒だ。


「それは、これだけ見ると、楽しそうに見えます。でも、きっと多くの苦労のうえなのでしょうね」


 なあに、いざ経験すれば何とかなるもんさ。


「そういえば、この島に来ることになったきっかけは……? もう、映像は最近のものに見えますけど」


 ――ああ、そうだな。多分すぐに出てくるよ。その話はしておこうか。

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