第16話 imagining is power「想像こそ力」

「おはようございます……」


「おはよ」


 奨と明人は眠そうな顔で朝の5時に起きてきた明奈を迎える。明奈はも主である2人よりも遅く起きたことを反省。


 奨は曇った顔の明奈をなだめることに。必要な言葉を揃えて。


「俺は、寝れない体質なんだ。頑張っても3時間しか睡眠がとれないから早起きなんだよ。君が気に病む必要はない」


 病ともとれる症状を語る目はぱっちりと開いているものの、若干疲れているようにも見て取れる。


 昨日の決意の後すぐこの体たらくでは、さすがに気も引き締まらない。明奈は意を決し、丸め込まれてしまう前に自分の意志を明らかにする。


「私もできることをしたいと思います。何か、御手伝いできることはありますでしょうか?」


 昨日までと違い、その目にはしっかりとした意志が宿っていた。明人も奨も、積極的な態度になって寄り添おうとしてくれた彼女の態度が嬉しく、2人で目を合わせ、意志が合致したのか嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、料理を手伝ってもらおうかな。今日の訓練を終えてから、夜にやろう」




 


 明人はデバイスとテイルについて独自に研究をしている。デバイスのメンテナンスや修繕等を行える専門知識を持つエンジニアとしての資格を持ち合わせている。


 そんな彼が行うのは、当然テイルに関する訓練だ。


 なのだが。


「なんでお前もいるんだよ」


「いいだろ別に。一緒に教えてもらった方が手っ取り早いし。さとる、行ってこい」


 早速名前を付けて可愛がっているところを見ると、和幸も旧39番のことをそれなりに気に入ったということだろう。


「そういうこと。というわけで、華恋ちゃんのこともお願いねー」


 光と和幸が自分の弟子を明人に押し付ける。明奈は学校を卒業したにも関わらず、不思議と集まってしまう3人に不思議な縁を感じずにはいられなかった。


「僕、その」


「光様が気にしていないし。貴方だって脅されてたわけでしょう? 昨日のことはもういいじゃん」


 ただし現在負い目を感じている聡が、若干縮こまっているように見えるのは、経緯を考えると無理もない話だった。


 訓練の内容は、デバイスを用いてテイルを使い、想像したものを現実化する訓練。それは弟子3人は学校でも習った内容ではあるが、これに関しては決して完了の日は見ない。


 想像力こそ、この世界における力。故に想像力を日々鍛えることもまた生き残るための術。


 今回のこの訓練に際し、奨は想像力で数段劣ると明人を評している。故に想像力やデバイスの話は明人の専門分野として、修業を一任することとなっていた。


「想像したものを現実に変えるというが、もしもそれが簡単な話なら、今頃世界が終わるような武器が開発されているだろう。実際はかなりの制約がある」


 明人が手始めに、自分の相棒の得物である片手拳銃を実体化させた。その銃身を箱に入れるならば、恐らく縦30センチ横40センチ、厚さ20センチほどもいるだろう、通常の拳銃より一回りも大きい特製のもの。


「……作ってみ?」


 奨と同じく、あるいは似たのか、やはり手取り足取りではなく、まずはやってみろの精神。傭兵として各地を回りながら、独力ですべてを学び身に着けて生き残ったことが影響しているのだろう。


 文句を垂れる者は誰もいない。華恋と聡、そして明奈は言われるがままに意識を集中させた。


 明人の手元を離れた銃をじっくりと眺め、その銃の形を、色を、材質をしっかりと脳内に刻み込む。そしてそれと全く同じものをイメージして、自分の手元に現れる想像をした。


 3人のデバイスは主の想像に反応し発光。お手本に似た銃がそれぞれ3つ手元に現れる。しかし聡のものは形が歪んでいる。明奈も少しの歪みと重さが足りないところを見るに複製が失敗に終わっていることが明らかだった。


 ただ1人、やはり持ち前の優秀さで、見た目は抜群に華恋が一番よくできている。


「すごい。こんなすぐ」


「そう?」


 明奈の素直な感想を誉め言葉を受け取り弾んだ声になる。一方で主の光は首を振り、明人もクスっと馬鹿にしているともとれる微妙な表情となる。


 ちなみに奨と和幸は、宿の外で情報整理と意見交換を行っているためこの場からいなくなっていた。内容は、1日が経過してなお、未だ犯人の手がかりも判明していない襲撃者を差し向けた裏の存在についてだ。


「ダメでしょうか」


「中身を見てないだろう? それで俺と同じものができたら、俺は泣くからな」


 明人は近くに射撃練習用の的を実体化させて、その的を指さす。華恋はその的に銃口を向けて引き金を引く。弾丸は間違いなく的に当たったが、穴は開かない。


 一方で、明人が同様に的に撃った弾は的に穴をあけるところが、ひびを入れて割るに至る。


「見た目が一緒でも中身と性能が違う。これがいい証拠だ。見た目だけを意識しては目的のものはできない。その中の構造、性質を細部まで具体的に想像できないといけない」


「想像力の訓練。それはつまり『具体的に』というところを鍛えるものなのですね」


「後は、想像の速さだな。速く実体化できるに越したことはない。状況次第では実体化速度の差が生死を分ける」


 明人は1年前、光の下で働いた時の話を例に出すことにした。


 敵が切りかかってきてもう刃が直前まで迫ったとき、シールドを出すのがあと1秒でも遅れていたら、その時点で死んでいたヒヤリ体験。もはやヒヤリというレベルではないが、経験に基づいている分、その例は真に迫っている。


「速さも大事なんですね」


 明奈のつぶやきに同意を示す教え子3人。光は当時を思い出し『懐かしいなぁ』と一言。


 明人も危険になった恥をさらしたためか少し照れ笑いを交えながら、この訓練が必要な理由について念を押した。


「こうして手本があるものは、逆に言えば、それを知っている奴がいるということだ。別に普段使いの道具なら問題ないが、戦闘においては当然、未知の武器や現象を起こせた方が有利に働く。それは理解できるだろう?」


「はい、光様の昨日見せた光弾は凄まじいものでした」


 弟子の賞賛の声にあながちまんざらでもない顔の光をさておき、いい例が出たこのタイミングで、明人は光に尋ねる。


「光さん。〈星光の涙〉は、想像で完成させるのに、どれくらいの時間がかかりましたか?」


「えーっと、1年半……とか? あの頃は大変だったな。お父様に徳位の称号を持つ家としてふさわしい力を示せってずっと言われてて、何もない部屋で泣きながら1日6時間とか瞑想と想像を繰り返したわ」


「1日6時間……?」


 華恋と明奈と聡、3人の声がぴったりと重なる。肉体的な疲労がなかったとしても、修業として申し分ない厳しさがそこにあることはさすがに察することができる。


 その驚きこそ、明人が求めていたものだ。


「俺もこの銃を作るのに同じくらいの時間がかかった。未知のもの、具体性がつかめないものはテイルで作るのは大変だ。毎日想像力を鍛えて、いつか自分の欲しいものを形にする力を蓄えておくべきだろう」


 故に修業は、この場にないものを何か1つ想像して創り出す練習となった。何を創り出すかは自由。3人は目を閉じイメージをし始める。






「うわぁ。崩れた」


「ちょっとサトル、柔ねぇ、あなたみたい」


 1時間半以上の格闘の末、目を細め精神的な疲労を見せ始めた頃、ようやく良い形のものを作れるようになってきた。


 和幸の弟子は自分の身を守れるような大きな壁を作ろうとしていた。鋼鉄の盾というよりは、透明度の高いバリアのような印象を持たれるだろう板だが、今華恋が言ったように、すぐに崩れてしまう。


「華恋は、周りで飛んでる小鳥?」


「光様の光弾を見て、思いついたの。鳥のように軌道を変えながら飛べる弾は、なんか役に立つかなって」


 明奈が触ると、その鳥は分解、空中に白い粉雪を散らして消える。


「ごめん!」


「大丈夫よ。それくらいは覚悟してる。中身はまだまだってことね」


 向上心溢れる華恋の一言に、壁が崩れ落ち込む聡と壊してしまった明奈は感心せざるを得なかった。


「明奈は何を作ったの?」


「私は、これ」


 そう言って明奈が出したのは罫線のない白紙がまとまった本。


「ノート? そんなのいる? デバイスにはデータ保存機能があるわけだし、それでいいじゃない」


「あ……。そうか。その、学んだこととか思ったこととかを日記みたいに書ければいいなって思って」


「あ、でもそれ、いい考えかも。私も真似しよ」


 源家の養成学校でグループを組んでいた頃と同じ3人であるからか、そして明人は奨と違いそれほど厳格さを感じさせない雰囲気だからか、昨日の戦闘訓練とは違い、3人からは程よく緊張感が抜けている。


 訓練の効果にもプラスに働くだろう、と明人は、私語は訓練の邪魔にならない限り私語を咎めることはしなかった。


「そんな風に日用品から作ってみるのもありだ。うん、よくできているよ。明奈」


「ありがとうございます。先輩」


 頭を下げ喜びをあらわにする明奈に、そこまでする必要はないんだけど、とやや反応に困る明人。続けて隣の2人にそれぞれアドバイスを送り、今日の想像力の訓練はここまでとなった。


 訓練の終わりに、勉強熱心な明奈はこのような質問を明人に投げかける。


「あの、先輩は想像力は力だとおっしゃいました。でも、実際はどこまでできるものなのでしょうか。光様のようなすごいことを、私もできるようになるのでしょうか」


「気になる?」


「その、私も、お役に立ちたいと決めたので」


「そうか」


 明人がしばらく考えこむ。明奈が知りたいのは一種のゴールイメージを持つべきかどうか。実際、自分が目指すべきものが実現できるかできないかは、今後の訓練のモチベーションにも大きく関わるだろう。


 明人の出した答えは、条件付きで可能、というものだった。


「実際、人間と〈人〉ではテイルを持てる数に圧倒的な差がある。光さんのあれは〈人〉の圧倒的なテイル粒子総数を使った戦い方だから、明奈や華恋が真似するのは難しいかもな」


 華恋はがっくりと肩を落とす。既に光様信徒である彼女は厳しい現実を叩きつけられ、失望を隠せない。


「上を見始めればキリがない。世には神話に語られる武器を再現することに成功した者もいる。イギリスなんかには、ある青年が聖剣を扱って、〈人〉を圧倒する光の裁きを放つ、とかいう噂もあるくらいだ」


「さすがに嘘だと思うけどそれ」


「まあ要は、正しい想像ができればこの世はなんでもありってことが言いたいんですよ。それを武力として使ってしまっている今の世はクソだけど、まあ、文句を言ったところで変わるわけでもない」


 明人は自分の生成した銃をひと撫でして、

「だから自分の身を守るためにも、身を守るため、敵を排除するため、その手段は持っておくに越したことはない。光様の真似はできなくても、テイルで肉体の強化はできない以上……」

 傭兵としての一面を見せる。


「何か当てられれば殺せる。相手の想像しない手段で身を隠せば逃げられる。そうすれば生き残れる。誰かの真似をする必要はない。自分に合った方法を想像すればいいのさ」

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