第15話 fall in love at first sight「明奈に一目惚れ」
宿の2階。明奈はベッドの上で毛布にくるまりながら今日の出来事を振り返っていた。
やはり一番印象に残っているのはやはり日中の騒動だったが、それと同じくらいに先ほど食べた夕食が衝撃的だった。
(奨先輩、すごいな。料理作れるんだ)
朝に食べた定食屋と同じくらいにおいしかった。明人先輩の食べた時の嬉しそうな顔と、
「いやあ、奨の飯は疲れた体に染みるなぁ」
という言葉が強く印象に残ったものだ。
(料理、私もできれば喜んでもらえるのかな?)
そしてまたも先輩のことを考えている自分に気が付き、それが不思議でたまらなかった。
撫でられたこと。自分の言葉をちゃんと受け入れてくれることは、嬉しい。しかし、それだけなら学校でも春先生にもされたことはある。
何かが違うのか。
(でも、確かに、私はきっと先輩に興味を持っているのは確かだ。先輩のことを考えちゃってるもん)
先輩と一緒にいると、従者という立場であることに違いはないはずなのに、卒業の時に抱いていた絶望感が薄れているような気がする。
(ちょっと優しくされただけ。先生じゃなくて、主様だから、気になるの? それとも先輩は似た者同士って言ってくれたけど、それが嬉しかったから?)
どうしても分からなかった。
その時、自分のいる2階に誰かが昇ってくる気配を感じ、明奈は慌てて目を強く閉じて寝ているふりを続ける。
当然、というべきか入ってきたのは、明奈の考え事の中心にいる人物だった。
「なんでわざわざこの部屋にくるんだ。明人? 襲うつもりじゃないだろうな」
「なんでそんな話になるんだよ。俺はそんな見境ない男じゃねえっての。バーカ」
静かに寝息を立てているその隣で、明人が明奈をじっと見始めた。
「いい子だよな。本当に」
「明奈について大事な話があると聞いて来てみれば。お前、年頃の女の子の寝顔を見るとは、変態の所業だぞ」
「そこまで言わなくてもいいだろ。今日なんか辛辣じゃないか?」
大事な話。そう聞くと、寝たふりをしようと心がけていた明奈もつい耳を傾け、その話を吸収しようと意識がそちらへと傾いてしまう。
「心当たりはある。お前、朝からかなり明奈のことばかり見てたからな」
自分の話題。気になる。それでも明奈は息を整え、睡眠中を装おうと頑張った。自分が起きている時には聞けない本音を聞けるかもしれないから。
「俺の故郷は〈人〉に滅ぼされた。それ以来、連中の人間を我が物顔で扱うところが嫌いだった」
「ああ」
「だけど、今、明奈に抱いているこの感情はその思いと矛盾する。自己嫌悪しそうでな。いてもたってもいられなかった」
しばし明人が口を閉じ場が静まる。奨は口を挟まない。明人の声が再び聞こえるのを待つ。
「明奈は可愛い。俺のそばにおいて誰にも渡したくないと思った。でも、俺と彼女は昨日会ったばかりなんだ。積み重ねのないこの感情は、ペットを飼うときに抱くような支配欲だ。そう思うんだよ」
ずっとそばにいてほしい。
まただ、と明奈は自分の高ぶる感情を分析する。
嬉しかった。そう言われるのが。
「こんな俺が、彼女のそばにいていいとは思えない」
深刻に悩む明人。奨の返答は速かった。あまりに速く、告白をした明人が困惑するほどに。
「ドン引きだろ?」
「一目惚れだな。誰かに恋するってのは、結構唐突で正しい在り方はないそうだぞ。……今のは師匠が受け売りだが。あの人も御門に自然に惹かれたと言ってた」
「は?」
「まったく、どんな話かと思えば。大した話じゃないじゃないか」
明人はまたも、あまりに唐突な奨のアドバイスを受け脳がフリーズ。しばらく黙ってしまった。
(一目惚れ)
明奈もまた、声には出さなくとも口を動かして、その言葉を繰り返す。口ずさんで妙にしっくりきた。
「確かに、愛おしいとは思うよ。でも俺は彼女が好きなのか」
「お前とは長い付き合いだからな。お前がそこまで他人に特別な感情を持っていることは異常だ。にやにやして明奈を見て、それで惚れていないと言われた方がドン引きだ」
「でも、これは罰せられるべき感情かもしれない。こんな年下の子を独占できる今の状況が、嬉しいんだぞ?」
「別に害したい気持ちはないんだろ。なら難しく考えるな。お前が明奈を想う気持ちが事実なら、行動の源はどうあれ彼女を大切にすればいい。俺と違って目の前にまだいるんだからな。行動で示せ」
「一目惚れ……。そう思った方が、確かにすっきりするな。うん。多分お前の言う通りだ」
声のトーンが少し上がったのが、聞き耳を立てていた明奈にもすぐ分かるくらい明らかだった。
「まあ、彼女を気に入ったのなら何よりだ。旅の終点かもしれないこの場所で、お前に少しでも得るものがあったのなら、彼女を引き取ったかいがある」
明奈の顔には自然と笑顔が表れていた。
『責任はとる』という前に聞いた言葉が本気だと分かって、これ以上なく嬉しかった。自分を買ってくれたこの2人は本当に優しい人で、自分は出会いに恵まれていたとはっきりしたから。
そして何より素直に好意を向けられることが初めてで、嬉しかった。自分は、少なくともこの人のために生きていていいのだと分かったから。
奨の声がほんの少し大きくなり、トーンは明人にアドバイスをした先ほどに比べ低くなった。
「だが。その気持ちが本物なら、お前は彼女に多くの責任を負わなければいけない。少なくとも、お前は命をかけて彼女を守り、導き続けなければいけない。少なくともしばらくは」
「分かってるよ。明奈にも行った。責任はとると」
「言うに易し行うは難しだ。お前は彼女のために何ができるのか、よく考えろ。彼女はお前の生きた証になるかもしれないのなら」
生唾を飲みこんだのは、奨からの厳しい一言に気圧されたからだろう。明人は再び寝息をたてているふりを継続する明奈を見て目を閉じた。覚悟、という言葉を口ずさんだ。
奨は部屋を後にする直前、言い残した。
「俺も彼女のことは気に入っている。大切な弟子として育てるつもりだ。ああ、そうだ。俺はお前らの仲を応援する気はあるが、彼女はまだ13歳だということを忘れるなよ」
「どういうことかな?」
「仮にお前がうまくやったとしても、手を出すなってことだ」
「お前……! 今それ言うか? てかさっきからまるで人を変態みたいに」
ははは、と意地悪に笑うのは明人の前だから。奨は既に、明人と話す時の砕けた態度に戻っていた。
明人もすぐに部屋を後にして部屋にはまた明奈が1人残される。
惚れるという感情を明奈は一度も経験したことはない。故に明人が抱く気持ちを、明奈は正しく理解することはできなかった。
それでも、今、間違いなく2人に惹かれ始めている自分を顧みて思う。
(私は、先輩なら、いいかもしれない)
信頼できる先輩2人になら、今まで納得できなかった生き方もしていいと、すこし思えるようになった。
明奈にとって、未来は見えずとも、前向きに生きようと思った夜になった。
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