第14話 war of our nation「戦い絶えぬ島国」
源流邸の地下は、島の中央にある源家本家と直通している本家テイル技術研究所の一部となっていた。
本来は源家の人間の案内がなければ入ることは許されない場所だが、八十葉の令嬢である光が入りたいと言って拒むことはできなかった。
「テイル、英語でおとぎ話の意味をもってつけられたそれは、夢のような理想郷をつくると信じられていた。誰しもが幸せな光景を想像すれば、それが現実になるのだから」
唐突に昔話を始めた光に意義を申し立てる者はいない。さすがに何の関係もない話はしないと信じていたからだ。
「でも、一部の人間の悪性によって、テイルは武力として扱われた。自衛のため、利権のため、テイルを使って戦い始めて、無害な人間が多く巻き込まれて死んだ」
「誰もが戦う力を手に入れて、権力が意味を成さなくなったんですね」
「華恋の言う通り。だから〈人〉は生まれた。人々の救世の願いより人間の形をしながら人間を超える存在として創られたのが
研究所の道は、壁も床もテイルによる攻撃に高い耐性を持つ特殊金属で作られていて薄暗い。足音と光の声だけが響き、最低限の灯りだけつく道は若干の心細さを掻き立てる。
「想像力を含めて人より優れた能力を持ち、天地を揺るがすほどの現象を起こす〈人〉のテイルによる力の行使によって戦争は終結した。人間は自分達では叶わない存在を前に、ようやく争いをやめて〈人〉に服従し始めた」
『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた大扉は開く。歪み、と呼ばれるものはそこにあった。
明奈は息を数秒忘れた。それはあまりにも人道とは程遠い扱いを受ける人間の姿が窓を挟んで下に見える。
円筒状で横たわっている水槽が百を超えて数多く並び、1つ1つには人間が裸で入っている。彼らは体のいたるところにコードを繋がれ、目をバイザーで覆われている。
光が言うまでもない。奨は旅で得た経験からこの部屋の用途を言い当てた。
「テイルの搾取室。人間を閉じ込めて、彼らが自然回復するテイルを抜き取って、この島で過ごしている〈人〉に供給したり、照明や火に変えるためのエネルギー源にしている」
「どこかで見たことがあるの?」
「差別主義の領地では、隠すことなく堂々と脅しに使われているからな。自分の領地で、自分たちの機嫌を損ねるのなら、一生をここで過ごすことになると」
明人は明らかにこの光景を見て怒りを隠せないでいた。眉間にしわが寄っていて、睨むようにその光景を見つめていた。
初めて見る主の怒り顔。その顔は閃に負けないくらいに堅い意志を感じ、明奈が初めて、明人に対して『怖い』という印象を持った瞬間だった。
(奨先輩は慣れているっぽく見えるけど、明人先輩は……。何かあったのかな)
理由が気になったものの、明奈は今は明人の雰囲気に負け、今は訊く気にはなれなかった。
「源家で犯罪を犯した人間はここに入れられる。強制的に浅い睡眠状態にして、夢の中では幸せに暮らしているわ。でも現実はこう。それでもこれは〈人〉が生きるためには必要なことなの」
光は一度中断した昔話を再開した。ただ、その声は静かに、そして申し訳なさそうに。
「人間を導いた英雄である〈人〉は、その優れた能力を使って権力を持っていった。だけど彼らには1つの欠点があった。テイルによって創造された存在である我々には、テイルを使う力があってもテイルを生み出す力はなかった」
光の目線はその水槽の中へ向く。
「生きるためには人間からもらうしかなかった。私たちの祖先は、今や自分たちよりも劣った存在である人間の扱いをどうしていくかで争うことになった。馬鹿よね。人間同士の争いを収めたくせに、今度は自分達が争いを始めるなんて」
「争いと多様性は人間の性。人間と〈人〉の歴史は平和と調和とは程遠い概念で永く紡がれてきた。閃様も春先生も一度史学の授業で言っていた覚えがあります。こういう歴史背景があったんですね」
明奈も思い出し、うんうんと華恋の言葉に同調する。明人がそのしぐさを見て険しい顔を少しずつ緩めていく。
「意識の違いが、倭における12家の違いになった。人間差別主義の家が支配する場所ではね、人間から搾取することで生きるのが〈人〉ならば、人間は彼らにとっての家畜。遍くを管理して支配するべきだと主張した」
その理念の元、外の人間を捕獲して自分たちの管理下に置くために遠征する行為を人間狩りと呼ぶ。この点は、言わずとも、この場の誰もが理解した。昨日の襲撃者、先ほどの敵も同様の目的があってこの島にいたことも。
「私たち八十葉をはじめとする親人間主義の考え方は違った。人間と〈人〉は同じ姿と力を持った者同士共存するべきだと。下位の種として扱うのではなく、同じ権利と立場を共にもって生きるべきだと。差別主義の相容れない考え方よね」
奨が、やや呼吸を乱している光の様子を見て、補足を入れた。
「そして天城家を筆頭とする実力主義、人間、〈人〉関係なく実力のある者は優遇され、実力のない者はあんな風に死ねばいいという思想もある。他にも同じ主義を持っていても、多少細かな部分が違って、最終的に思想は12個に分かれた。それが、今、日ノ本を分割して支配する12家の始まり」
補足に感謝する光。奨も元々世間知らずの明奈に教えるつもりだったことだったので、むしろいい機会を設けてくれた光には心のそこで少し感謝していた。
「気にしないで、言いたいことを言えばいい」
と、気を利かせた返事をしたのはそのような事情がある。
「〈人〉が生を全うするため。そして敵を退けるためにテイルは必要。要は倭で起きている戦いは全て、人間と彼らを生み出すテイルを巡る戦い」
一呼吸。
「人間差別主義の連中は今も人間を狙って、そして私たちの思想を否定して失墜させるために襲ってくる。私たちは自分の領地と人間を守っている。戦いの構図は自然と出来上がって、日ノ本は戦いの絶えない魔境になった」
自分達の国は戦いの絶えない魔境。
明奈は唐突な襲撃を何度か目にしてその事実を察してはいた。そして今、光から端的ながらも、人間の扱いを巡る歴史の動きを聞かされ、ようやくその事実が、すとんと府に落ちた気がしたのだ。
今になって不思議と、納得感が湧いている。心に多少の余裕が生まれたからこそ、明奈は今の話に対する素直な感想が浮かんだのだろう。
「ごめんなさいね。急に昔話なんか。戦わなければ生き残れない事実がある。きっと話すべきだと思ったから」
ふと浮かんだ感想は、人間をどう扱うか、という〈人〉の傲慢へ対する不満でもなければ、恐怖が溢れる戦いの世にした〈人〉への恨みでもなかった。
「八十葉様。ありがとうございました。その、ようやくわかりました。先輩がお強い理由が」
自分を買ってくれた主への興味が勝っていたのだ。だから、抱いていた感想は先輩のことだった。
「先輩は、人間差別主義の人達とずっと戦ってきから、お強いのですね。こんな世界でも生きることを諦めないで、強くなって生き残ってきた。それは、すごいなって思いました」
唐突に話題に出され奨は少し驚いたが、後に続く言葉を聞いては、納得するかなかった。
「嬉しそうね、奨くん」
「ああ。そ今の話をきいてそれとは、さすがに意外だった」
ここでようやく、明奈が、的外れな感想を言っていたことを自覚し赤面する。しかし奨と明人は嬉しそうに笑う。明奈はそれでさらに恥ずかしくなった。
「あら華恋。嬉しそうね」
「え、あ、その」
「あなた、明奈ちゃんのことすきなのねー。私、明奈ちゃんのとなりで話を聞いていいなんて言ってないわよ?」
「も、申し訳ございません!」
「いいのよ、ダメとは言ってないんだから」
華恋は慌てながらも、その目は表情豊かな彼女の顔を捉えていた。
(明奈、卒業の時と違う。今の明奈は、なんだかかわいいな。学校に居た頃に比べてもっと)
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