第13話 given future about 39 「39番の未来」

 目の前で起こったのは、もはや戦いではなかった。圧倒的な惨殺。力を持つ者が弱者を蹂躙するだけの光景。


 きっと光に撃ち抜かれた敵の中に新葉家に利用された人間がいただろう。幸いにも39番以外に自分の同級生はいなかったが、人間は〈人〉のために命を捧げるという事実を裏付ける。


 明奈が隣を見ると、少し悲しそうにしている華恋の姿が映る。そんな顔、今まで見たことがなかった。


「正しい反応だわ。華恋」


 光は返り血が何滴かついているがそれを気にも留めず、さきほどまでの威圧を潜め華恋に向く。


「そういう人間を未来に出さないために、差別主義の連中を私たちが否定する。八十葉家で働くみんなも、そう思ってくれるからこそついてきてくれているのよ。たとえ今は歪みがあっても」


「歪み……それは、さっきあの敵が言っていた」


「この下に、牢獄があるのは事実。そして人間を戦わせているのも事実。それが己の理念と反するものだと理解しているわ。そしてあなたは、そんな私のために命を尽くすことになる。でも、それは未来のため。あなたの力を貸してほしい」


「それは、もちろんです。私は光様のものですから。申し訳ありません。お気を遣わせてしまったのなら」


「いいのよ。でも安心して。八十葉家はあなたたちをああやって使ったりはしない。本人の同意がない限りはね」


 見る先には倒れている39番の姿があった。光が彼を憐れみの目で見るそれは演技ではなく本当の気持ちだった。傲慢であることには違いないが。


 華恋の表情も少し晴れたのは、光の演説に効果があった証だ。一方で明奈の顔は晴れなかったのを、明人は見逃さなかった。心配で明奈の様子をうかがう明人に明奈は語る。


 それは学校に居た頃から密かに感じていた、彼女と自分がただ1つ相容れないだろう差の話だった。


「彼女はいい子です。〈人〉のことを信じられる。でも私には無理です。酷い予想ばかりしてしまって。こんなんじゃダメだって分かっているけどそんな世界で生きる意味なんてあるのかと思ってしまいます。変ですよね」


 羨望か。敬遠か。どちらでもないとしても、光に納得の態度を示す友人を見つめる顔は賞賛のみがあるわけではない。


「変じゃない。そんな顔するな」


 口が勝手に動いた。明人は自分の衝動的な発言に自分で驚きながらも、注意をひいてしまった明奈を放っておくわけにもいかなかった。頭はフル回転して、すぐに別の言葉を続ける。


「八十葉家のために働くのも立派な生き方の1つだ。だけど、そればかりが正しいわけじゃない。俺らみたいなはぐれ者もいるからな。結局、どう生きるかなんて人それぞれだと思う。自分を卑下するのは良くない」


 明奈の前で格好つけたつもりはなかった。この思想は、明人の素だからこそ、詰まることなく出てきたものだ。


「先輩は、今、楽しいですか? 生きていて」


「確かに傭兵やってると嫌味やら軽蔑やらはいろいろな。〈人〉には従わない、人間のために働くわけでもない半端者。社会不適合者。でも俺はこれが合ってる」


 明人は餌を求める子犬のように上目遣いとなっている明奈があまりに愛おしく、つい頭を撫でる。


「大丈夫だ。君を買ったからには責任を持つ。君がこうやって生きたいって目的が見つかるまでは、俺がそばにいるよ」


 明人の手が離れても、明奈にはその感覚が強く残っていた。


(優しい。こんな普通じゃない私なんかに)


 昨日買われたばかりでまだ何の役にも立てていない。挙句ワガママともとらえられる本音を語っても、決して批判せずしっかりと向き合って言葉をかけてくれる。


 自分がこんな1人の人間として大事にされている感覚は初めてで、それが錯覚であったとしてもとても嬉しかった。


 明奈の顔に、自然と笑みが浮かぶ。それを見た明人もまた安堵の表情に。


「困りますね。そんなことを吹き込まれては」


 どこかで聞き耳を立てていたのか、今のそれほど大きな声ではないやり取りに水を差す声が発生する。途端、明人はあkら様に機嫌を損ねた。


 源流邸の入り口方面から源閃が歩いて向かってくる。この社の主が戻ってきたのを歓迎しているのか、今まで冷めきっていたこの場に、春の暖かな光が差し込んできた。


「彼女は主のために生き、身を捧げることが義務だ。徹底的にこきつかうべきだ。あなたのそれは罰せられるかもしれない異端の考え。出る杭は打たれるもの。現実的な幸福の手段と向き合うことをお勧めする」


 これ以上の反論を明人は許されなかった。興味を失ったかのように明人を視界から外した閃は、頭を垂れる。


「申し訳ありません光様。昨日に引き続き、このような醜態をお見せしてしまい」


 いつもは傲慢な態度をとっている彼が頭を下げる姿をさらすのが珍しい。華恋と明奈がポカンとしている2人に毒気を抜かれ、明人もわざわざ食い下がる気はなくなった。


「いいのよ。こんなの他の場所じゃ珍しいことでもないわ。でも、源家がこうも外敵の横行を許すのはめったにないか」


「下に待機していた伏兵は皆殺しにしました」


 源の兄弟のことを少しでも知っている者にはさほど驚きはない。


 八十葉家の矛にして右腕。最強の槍使いである鋼と剣使いである閃。本気を出せば島の半分を一撃で焦土に変える奥義を持つ彼らは、この島の軍事の要でもある。


「情報を吐かせたところ、昨日の襲撃者と同じく何者かとのコンタクトがあり、ここに向かうよう仕向けられたようです」


「昨日と同じね。なんか回りくどい方法を使ってる。組織犯?」


「今、春を筆頭に、精鋭幹部が裏にいる謎の存在の調査を行っています」


「あら、春ちゃんが?」


「ええ、強く立候補をしていました。初めての生徒の門出を邪魔されるのは気に食わないと」


 奨が春の名前が耳に入り一瞬口を開きかけた、が、すぐに閉じる。


「光様。対策の方針が決まり次第お伝えは致しますが、単独の行動は念のためお控えいただくようお願いいたします。私はもう1つの仕事を終え次第、裏にいる犯人への調査へと戻ります」


 言い終えた瞬間。風が吹いた。たった一瞬の暴風。それが〈爆動〉による高速移動だと明奈が気が付いたときには、閃は既に標的に肉薄していた。


 細身の直剣の矛先を振り下ろす。矛先が切り裂かんと向かうのは39番の首。


 剣は止められた。割り込んだ奨の短剣によって。


「その腕は褒めるが、この行為は看過できんな」


「教え子だろう。殺すのか。これから世の中に出てお前達の役に立つかもしれないこの子を」


「たとえ教え子でも光様の身を脅かしたのなら死罪は当然だ。39番はここで処分する」


 処分宣言を受けた彼は裏返った声で怯える。


 春の日光が照らしているにも関わらず、背筋が冷えるのはこの場の雰囲気の変化によるものだ。先ほども厳しく指導のあたっていた奨だったが、今、閃を見る目は明らかに、弱者を震え上がらせる戦意だった。


「不良品だから処分? 脅されていたかもしれない彼を殺すのか。それでよく、人間と共存をすると言えたもんだな!」


 明奈の前で初めて声を張った奨。その気迫はあまりに強く、明奈は衝撃で一瞬震える。


 一瞬、閃の返答が遅れる。それでも閃は剣を治めようとはしなかった。八十葉家の臣下としての義務感に駆られる彼を動かせるのは自分よりも強い権を持つものしかない。


「閃くん。私は可能性のある人間の子をむやみに殺す、無様なあなたの姿は見たくないわ」


「あなたの命を狙った者を生かしておくのは、貴方の威厳に関わる」


 引き下がらない閃を前に、ピコンと頭の上に灯った電球を浮かべた和幸が光に耳打ちをした。光はそれに同意を示し、和幸は声を大にしてその秘策を表に出す。


「その子は俺が買う。倍の値段は出すぞ。多分経費で出るから金の出どころの心配はない」


「閃くん。和幸くんに彼を譲って。これは本家の命令と心得なさい」


 一押しは十分だったようで、閃は39番を庇った奨から離れ刃を収める。提案に否とは言わなかった。


「手続きはこちらでやっておく。39番。この場の御寛大な皆様に感謝し、励むように」


 その顔は快いというには程遠かったが、これ以上は何も言わず、先ほどの宣言通り調査へと戻る。


「可愛げがないねぇ」


 39番の元に歩み寄る新たな主。自分が買った子供に手を伸ばす。彼の目からは自然と涙があふれだした。


「ありがとう……ござい、ます」


「もう安心だ。お前をこき使うが、あの女よりはマシな自信がある」


 泣きじゃくる、という表現が合っているだろう。たった1日で彼に刻まれた恐怖はあまりに重かったのか、それから解放されてあふれ出た感情を彼自身が止めることはできるはずもなかった。


 明奈も華恋も、彼が体験した恐怖を真に知らなくとも、身の毛がよだつ経験しただろうことは察することができた。


「すみません。今日はこいつ連れて帰ります」


 そして39番をおぶって、何かの言葉をかけながら足早にこの場を去った。


 それを最後に場はようやく静まった。光の顔は明るくはない。自分が殺した人間に手を合わせ、祈りを捧げている。


「ごめんなさい。皆さん。そして、ここにいるみんなも」


 空が光の心境を察したのか、太陽は雲に隠れ光は弱まった。


「光さんのせいじゃないだろう」


 光は近くの部下にこの場の後処理をするよう指示を出して、フォローをしてくれた傭兵には別の提案をした。


「私が狙われたことが始まりだからね。最初の研修なのに嫌なイベントになっちゃったかな。そのお詫び。ちょっとついてきてくれるかしら。特別に見せるわ。歪みを」


 元々の予定では街の観光ではあったものの、光の好意を無駄にするほどのことでもない。その見解は奨と明人は共通していたようで、その勧誘を快諾。


 華恋の手を取り目的の場所まで連れていくその後ろを、奨と明人、そして明奈はついて行く。


 明人と明奈は自然と手を繋いでいたのを、奨は見逃さず少し笑っていた。

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