第12話 shining tear of stars「八十葉の至宝〈星光の涙〉」

 源家の学校から卒業した後の子供の末路は彼らを買った〈人〉によって決まると言ってもいい。


 買われてすぐに殺しに命令を受ける子供も存在しないわけではない。殺すために必要な技術を徹夜で叩き込まれて、すぐに実践しろと言われる。当然暗殺に向かった子供には、成功以外に生きる道はない。


 失敗して捕らえられたら殺される。仮に生きて帰っても、無能の烙印を押されて、二度と人間としても扱われない。変わりはいくらでもいる。水槽に監禁され、死ぬまで体で生成されるテイルを奪われ続けるだろう。あるいは殺され捨てられるか。


 それでも、人間である限りそれに文句を言う権利はないことは言うまでもない。







 何か近づいてきている。


(足音と姿を消しているが気配が明らか。プロの暗殺者じゃない。ガキか?)


 和幸だけは先ほどからずっと訓練を見ている八十葉家の間に混ざって気を窺っていたことは気が付いていた。


 身を隠しているからには良からぬことを企んでいる可能性が高い。和幸は注意を向けていたが、とうとうその気配が真っすぐ光に向かっていくとなれば看過はできない。


 相手は中国地方東部を支配する権力者。その相手に隠れて突撃といえば暗殺が最もよくあることだ。


 だからこそ、和幸が暴挙に出たのはそれを防ぐため。


「ちょっと……!」


 和幸は何もないところに掌打を行う。何も反応が返ってこないのが当然のはずだった。


 現実は違う。和幸は確かに護衛としての役割を果たし、ナイフを持った少年を地へ這いつくばらせた。


「がふ! げほ」


 驚いたのは華恋と明奈だ。友達だった39番だったのだから。


「結構気を付けてたつもりだったんだけど」


 周りの光の護衛も務める八十葉家の構成員も驚きの表情。


「結構特殊なステルスを使っていたようだ。しかし、こんなガキに暗殺を任せるのは、差別主義の馬鹿どもだな。気をつけろ。素直に引き下がってくれればいいが、気の短い連中は続けて畳みかけてくる」


「いやな予想だな」


 明人がそう言った途端、その予想は見事的中。源流邸の入り口から多くの連中が入り込んでくる。


「あの家紋。新葉、へえ……伊東家の傘下だったかしら」


 地面で掌打の痛みで顔を歪ませているガキを見て、集団のリーダーを団の中央で務める、30代前後の背高で紫の女性は嘲笑する。


「ふふ、まあ、ゴミはこんなものか」


「ちょっと、うちの臣下から彼を買っておいてゴミとか」


 光の姿は変わっていない。しかし激変したと断言できる。佇むだけですさまじい威圧を放つのは彼女の怒りの具現。


「ふざけてるの?」


「は、くだらない。お遊びに来ているお嬢様風情が粋がるな」


 懐からスイッチを出して押す。


 何も起こらなかった。そんなはずはないと何度も押すが結局何も起こらない。種明かしは和幸から告げられた。


「そこのガキに着けてた爆弾は無力化した。てめえ、厄介なもの仕込みやがって。失敗したらここもろとも爆破とか穏やかじゃねえな」


「貴様……! 余計なことを!」


 明人は思わずため息を漏らす。それはあまりの人間の扱いの粗雑さに対して。そしてふと、視界の端で曇った顔になった明奈の様子を確認した。


 明奈は言葉が出なかった。昨日別れた友が今日人殺しとして目の前に現れたのだ。結局未遂に終わったものの、それは運命が少し違えば、自分がそれを強要されていたことになる。


(私は、とても幸運だったんだ)


 1つ道が違っただけでありえた未来。使い捨ての爆弾。それ以外に何の価値もあの〈人〉は見出ださない。


「酷い。こんなの。39番が何をやったってのよ」


 華恋が言葉にしてくれた意志と明奈の思いはシンクロしていた。明奈もまた、昨日の差別主義の態度とこの所業を見て、源家や八十葉家が軽蔑する理由を確かに理解する。


 敵のリーダーは悪びれはしない。


「だが、既にお前たちは包囲している。人間をよこせ。そこの無能よりも使えるやつがいるやもしれん」


「攫った子供たちをどうするつもり?」


「お前に言う必要はないだろう。お前を分かっているはずだ。12家は相容れない。いずれ来る決戦の時に向けて兵にするか、礎にするか」


「外道ね。人間は家畜などではないわ。共に生き、共に戦う。より良い未来の実現のために」


 八十葉家の令嬢である光は大まじめに理想を宣言した。しかし、それが高度なジョークに聞こえたのか、

「ふ、はははははははははははははははは! ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 敵は大笑い。それは侮蔑に満ちたものだった。


「何故笑うの?」


「お姫様。この山のようにせり上がっている土地の地下に何がある? それは人間からテイルを吸い取る牢獄だろう? 源家の〈人〉のテイルを補うための!」


 光は否定しない。


「お前達八十葉は人間に何をさせている。奉仕と戦争だろう? 違いがあるとすれば、人間を家畜するかペットするかの違いだ。貴様も〈人〉。内心は人間のような下等生物に正義を振りまくのも、嫌で仕方ないんじゃないか?」


「私の家を愚弄するの」


「それが〈人〉の本能だ。人間から継承した搾取の伝統だ。下等生物を犠牲にして生を謳歌し、己の生を潤わせることの何がいけない。弱者に寄り添うなどという綺麗事を吐く貴様らには反吐が出るというもの!」


 光が一言。今の言葉が地雷だったのか、高圧的な声を出す。


「みんな、そこから動かないで。こいつらは私が殺すわ」


 明確な宣戦布告。これまで微動だにしなかった侵入者の多くが、携帯していた特殊な銃を一斉に光に向けて、今にも引き金を引こうとする。光が動きを見せた時点で、彼女の体に数百の穴をあけるつもりだ。


「光様。大丈夫でしょうか……?」


「大丈夫だよ。よく見ておくといい。八十葉次期当主が直々に戦うのは珍しいからな」


 光に対する新葉家の戦闘集団が得意とするのは集団戦。巨大ながら透明度の高い壁が形成される。〈向絶壁〉と呼ばれる、新葉家一族が使用を許されたオリジナルの武器。


 その壁は向かいからくる攻撃を、通常のシールドの数百倍頑丈な城壁がすべてを防ぎ、こちらからの攻撃をすべて通過させる一方的な攻撃を可能にする盾だ。


「射撃用意!」


 相手からの攻撃を〈向絶壁〉が防ぎ、自分達が放つ高威力な矢を一方的に浴びせるという戦術。特にこのような障害物のない空間では、壁は遺憾なくその性能を発揮し、自分達を勝利に導くだろう。


「八十葉家や源家への愚弄。撤回するつもりは?」


「親人間派を名乗る気持ち悪い独善集団。とっとと死ね」


「そう。撤回する気はないということね」


 光の声が耳に届くと同時に、明奈は見る。八十葉光の周りに小さな煌めきが数多く、夜空に浮かぶ星の数々のように輝きを放ったのが。それはたった一瞬の幻ですぐに消えてしまう。


 それが無意味な行為ではないことが、直後明奈の目に映った。


 50名以上全員が持っていた武器は一瞬にして何かに貫通され破壊された。矢となり集中していたテイルのエネルギーすら、別のものに粉砕され消えていく。


 それだけではない、新葉家の戦闘員が全員、20以上の穴を穿たれ、命が消える実感を持つことすら許さず、次々と絶命し倒れていく。


 壁を展開していた男はただその様子を見て、1つの違和感を覚えるしかない。自分の部下を殺しつくしている弾はすべて新葉家の最高防御〈向絶壁〉にぶつかっているはずの軌道だということ。


 3秒。八十葉光が、自らを馬鹿にした女以外を器用に殺しつくすまでにかかった時間。


「え……?」


 華恋が、何が起こったか理解不能だと顔で示している。当然それは明奈も同じで、ポカンと開いた口がふさがらない。


 一方でそれを見慣れている明人が、明奈にしっかりと説明を始めた。


「八十葉家の次期当主、光さんの持つ武器は〈星光せいこうの涙〉と呼ばれる射撃武器。貫通力が抜きんでて高いそれを真正面から受けきれる盾は、この世界に存在しないとされる武器だ」


 光の周りに再び、数多くの小さな星が閃く。この場にいるすべての人間が理解する。あの最初の瞬きこそ、八十葉光が光弾を射出する起点なのだと。


「そんな馬鹿な……!」


 新葉家のその女は理解していなかった。光が操る武器〈星空の涙〉の本当の脅威を。


 銃を使うにしても、弓矢を使うにしても、そのままテイルの光弾を放つにしても、自分が今立っているところから、狙いをつけて撃ちだす。対し、八十葉の至宝〈星空の涙〉は違う。


 星々の閃きは八十葉光の上まで展開し、その数は既に100を軽々と超える。


「私の魔弾は、私を中心として半径30メートル以内なら、好きな場所から、残りテイルが許す限り好きな数、好きな威力で、好きな方向へと撃ちだすことができる。壁などと言うものに意味はない。まあ、もっとも」


 今度は爆音と共に、明奈でもはっきり見て取れるほどはっきりとした光の筋が、新葉家の壁を軽々と貫く。壁は崩壊し粒子へと崩れ空へと飛んでいく。


「壁を壊すのも簡単なのだけれどね」


 新葉家の誇りである壁も易く壊され、部隊は壊滅。


「あの野郎、攻撃力は大したことないから今が攻め怒気だと。謀ったか……!」


「消えなさい。これ以上私の領地にお前がいることが不愉快」


「私たちを捨て駒に! クソォ!」


 光の最期通告と共に、一筋の流星が発生して女の頭を貫いた。

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