第11話 sword and skill from master「太刀川流の訓練」

「そう言えば奨。明奈ちゃんには何か攻撃手段を教えたのか。華恋は訓練でやった光弾の発射ができるから相殺の練習はできるとして、明奈が何もないのは不公平だろ」


 和幸が口を挟んだのは、2者の間にある不公平な点の指摘だった。奨も納得の頷きを見せ、

「源家で攻撃手段は何か習ったか?」

 と明奈に尋ねる。


「その、剣道、体術、簡易射撃等の武術は習いましたが、本当に初歩の初歩で」


「太刀川先生。私もさっきの光弾は光様に教えいただくまでは、具体的な攻撃手段はなにも」


 華恋の口添えを受け、しばらく考え込む。


(少し気が早いが、まあ、師匠の教えかたを細部まで真似する必要はないか……)


 奨は華恋に少し休憩を促した。そしてデバイスで光の刃を持つ刀を生み出すと、彼女に持たせた。


「光刀とはいえ真剣だ。扱いには十分気をつけるんだ」


「はい!」


 本物の武器。明奈はそれを始めて持った。物理的な意味では、その刀はすごく軽く、バドミントンのラケットくらいしかない。


(手が緊張で震える。これが、本物なんだ)


 それでも、初めて持った本物の武器は重い。自分は傭兵に買われたのだ、と強く自覚する。


 これは奨が、明奈を1人前に育て、やがては役に立ってもらうという期待の証明ともとれる。明奈の心の中に、より強い『頑張るぞ』という気持ちも芽生えた。


「俺は剣士だから、剣を教えることしかできない。だけどすごく役に立つぞ」


 奨は短刀を明奈の前に見せつけた。


「剣はシールドを割りやすい。想像さえすれば、近くに寄れないと斬れないわけじゃない。さっき張ったシールドを割った遠距離斬撃〈撃月〉はその例だ。そしてすごく頑丈だ。相手の攻撃を斬ることもできる場面が多い」


「戦いと聞くと、なんだか銃やレーザーみたいのが飛び交う場所だと思ってました。けど、剣も使われるのですね」


 ここでなぜか和幸が自慢げな顔でしゃべり始めた。


「京都を守る軍は侍とも呼ばれることがあるんだぜ。隊員も帯刀しているのがマジョリティだからな。その理由は簡単だ。倭においては有用なんだ。それに結構様になってて格好いい」


 それは自分の住んでいる街の自慢だった。奨は

「それ以上の自慢なら後でな」

 と苦言を呈しながらも、その話の中にあった有用性を詳しく語る。


「テイルで現実化する剣は、物体というより対象切断し崩壊させる概念と言っていい。だからなんでも切れる。うまく使えば防御にも、もちろん攻撃にも優れる。何よりテイルで生み出す際のコストが少ない。いいことづくめだ」


 剣術の上達は、将来傭兵の補佐として働くのに役に立たないはずがないスキルだ。具体的になり始める自分の道を明奈は前向きにとらえた。






 八十葉家は戦闘の四天王家とも呼ばれるうちの1つの家であり、戦闘特化の家に来た13歳の新成人にも厳しく八十葉家の一員としての教育を行っている。


 源家の子供ですら1日で泣きが入るような『できるまで寝かせない』がモットーの徹底ぶり。新人の教育は指導のノウハウをもつ専門指導員が個別指導を行い、練習を終えた訓練生はみなベッドを見た瞬間満面の笑みで倒れると言えば、その厳しさはわかるというものだ。


 その訓練の総監督である光が、目の前で行われた訓練に絶句していた。






 奨はまず、明奈に刀の振り方を説明した。しかし、剣術の訓練のくせに、これがものすごい短い時間で終わったのだ。威力が出る振り下ろし、そして振り下ろしにつなげるためのの振り上げ。この二種類しか教えなかった。


「手の力だけ振ってはいけない。両手でしっかりと持ち、腰の動き、足を動き、体全体で振りに必要な勢いを助ける。体全体に意識を向けて、どうすれば刀を早く振れるか考える」


 振り方の訓練を終え、休憩を終えた華恋が合流。次にいよいよ、先ほど奨が提示した訓練を開始する。


「100球、前から1発ずつ間隔2秒以内に撃ち出す。当然当たらなければいいのだから、途中で身を隠すのもアリだ。ただしあまり遠くに行くな。俺から20メートル以上離れるのは禁止だ」


 最初の挑戦者は華恋。光の期待の目もあり相当に気合を入れている様子。


 対し、明人と和幸は奨を睨んでいた。


 訓練の結果はすぐに出た。奨の放つ弾は一発ごとに性質と弾速を変えている。華恋はシールドを張りながら向かってくる弾を、テイルで宙に弾そのものを生成して放つ方法で相殺しながら、裁けなかった弾を高速移動で回避する。


 それでも間に合わない弾はシールドで防ぐが、一撃をシールドで防いだ後、もう一度同じ状況をつくり、今度はシールドをすり抜ける弾を的確に当てる。


「うわっ!」


「動きに癖が出ているな。実際の戦闘ではそれで死んでいる。それでは身を守れないぞ」


「すみません。もう一度」


「次は明奈だ。今の反省をして待っていてくれ」


 明奈は大きな声で返事し、奨の前に立つ。準備完了の合図と受け取った奨は明奈に向けて訓練を開始した。


 初めての訓練。実弾とそん色ない速さで向かってく弾は、1発だけ刀で受け止めるのが限界で後は逃げるしかできない。それも4発回避した時点で限界を迎えた。


「反応が遅い。目の前に来た時点でアウトだ。相手の攻撃から目をそらさずよく見ろ。目を鍛えるのも重要だ」


「はい!」


 2巡目。奨は球を宙に浮かせて、発射の合図もせず弾丸を一発ずつ放つ。2人の弾が当たったところは徐々に赤く腫れ始める。練習弾であっても痛みを感じるものという証拠が現れていた。


 撃ちだされる間隔は均一ではなく、時に連射されたり、ときに次の球まで少し空いていたりしていて、さらに狙われる場所もリスタートのたびにランダムのため覚えて対処するということはできない。


 30分の間に、50回以上リスタートし失敗の度にフィードバックを繰り返す。


 明奈、華恋が弾を防げた回数はともに10回前後。ずっと集中を強いられた2人はその場で崩れ、必死に新鮮な空気の取り込みを行う。


「今日の訓練は以上だ。これをクリアするまで続ける。明奈、明日も同じようにやるから準備をしておくこと」


「……はい!」


「いい返事だ。できなかったことは次できるようにすればいい。焦らず一歩ずつ鍛えていけ。次は明人からの研修を先にやろう。俺はもう1つ教えたいことがあるが、それは宿に戻ってからな」


 それだけ言うと、奨はデバイスを取り外す。その瞬間、明奈の持っていた光刀は姿を消した。観覧席からは光の大きな拍手が起こる。奨はため息をついた。


 光が華恋にコップを創り出し水を注いで渡しながら、感想を訊いた。


「どうだった? 華恋」


「私はまだまだです。光様のために、もっと頑張りたいと思いました」


 水を得て少し気力が回復したのか、息が荒い明奈に華恋が手を差し伸べる。


「あら、2人は仲がいいのね」


「学校の頃からの親友です。明奈、大丈夫?」


 明奈は頷き、明人が同じように用意した水を口に含む。


「面白い訓練をするわね」


「ああ。あれが奨なりのやり方みたいで」


「うちでもあれは取り入れていいかもしれない」


 光が意地悪な笑いを浮かべる。その目に映るビジョンはどうなっているかは分からずとも、この先の訓練生に明人は深く同情した。


「先輩、私はいかがでしか?」


 明奈が伺いを立てたのは、明奈が単純に自分がどうだったかを訊きたい好奇心から。


「俺か? 俺もあの訓練がまともにできるまで半年はかかったし、まあ、今はコツコツ頑張れとしか。そもそも俺は戦闘専門じゃないからなぁ。光さんはいかがです?」


 明人は〈人〉であるはずの明奈に普通に質問をする。明奈の背筋に一瞬寒気が伝わった。今の軽々しい感じの明人の問いは本来、王に奴隷が口答えするかの如き生意気であり、不敬による死罪も免れないことだってある光景だ。


 しかし、光が奨や明人を気に入っているのは本当のことらしく、その辺りは気にせず明人の要請に応えた。


「まあ、まずは怖がらないことね。特に明奈ちゃんは、まだ正面から向かってくる脅威に怯えている感じ。致命的なほどじゃないから、練習を積んでいけばそのうち治るはずよ。まずはそこからね」


「はい、ご教示ありがとうございます」


 明奈は深々と頭を下げお礼を述べる、光は慕われていることに満足して嬉しそうににっこり。


「いい子だなぁ。明奈ちゃん。明人、なんかお前、なんというか、ご執心だな」


「は?」


 和幸から突如指摘を受け、それが図星だったのか、明人は慌ての早口を披露することに。


「べべべ、別にそんなに俺変だったか。だって明奈が頑張っているんだしそもそも俺主だから別にじっと見ててもいいだろ別に。それとも俺の目が変だったとかか、それとも」


 奨は明人の慌てようが腑に落ちなかったのか、怪訝そうに明人を見る。


(どうしたのかな……?)


 明奈もまた明人の様子の変化に何か尋常ではないものを感じ、心配そうに明人を見た。光だけは明人の考えていることが分かったのか少しニヤリ。


 そんな光に、和幸が接近する。


(あれ? 和幸さんが)


 明奈は明人の様子の変貌を見た直後で、人の表情の機微に少し敏感になっていたのか、和幸の顔から明人に話しかけた時にあった余裕がなくなっていたのに気が付く。


「和幸君。なにか?」


「失礼」


 なんと、和幸はあまりにもいきなり、光の肩を強く押しだしたのだ。この場にいる多くの人間が、和幸の突然の暴力に驚きを隠せなかった。

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