第10話 start training「初期研修」

 いよいよ始まる研修に緊張の面持ちである明奈の隣に、華恋が立っている。それは光のワガママで華恋も見ず知らずの男に教えを受けることになってしまった結果だ。


(あのお嬢様の豪快さは相変わらずだな……付き合わされるあの子も気の毒になぁ)


 明人が見つめる先には困った表情の華恋の姿。それも当然の話で、最初の研修から八十葉と何の関係もない男から教えを受けろと言われたら混乱しない方が無理というものだ。


 残念ながら逃げるという選択肢は華恋にはない。そして奨もまさか他の家の子に教えることになるとは思ってもみなかったので若干困惑は隠せないでいたが、弟子も待っている手前やらないという選択肢はない。


 華恋は隣の明奈を見るとなぜか少し嬉しそうに笑みを浮かべる。隣の明奈の存在が唯一の救いになっているのか。


「万能粒子テイル。想像を現実とすることであらゆるものを現実化する力。それは当然武力にも用いられる。そんな世界で生きるのならば、やはりテイルを使って戦う術、己を守る術を知ることが生きることにつながる」


 明奈と華恋はうなずく。それは源家でこの世界の常識として学んだことだ。頭の中の想像を現実化するが故に、想像力がこの世界ではそのまま力になることも。


 奨は2人が学校である程度何かを身に着けていることを察し、まずはその把握から始める。


「相手が自分に危害を加えようとしている。その時、テイルで唯一できないことを強く意識していないと死ぬ。さて、その唯一できないこととはなんだ?」


 明奈は少し考え始めるのに対し、華恋はすぐに答えを返した。


「テイルでは己の肉体を強化できない。つまり、当たれば死にます。基本的に肉体を盾にするのは最後の手段です」


 明奈は、隣の秀才の頭の回転にさすがと舌を巻くしかなかった。


「最後の言いぶりは引っかかるがその通りだ。故に、俺が最初に教えるのは身を守るための術だと決めている」


 奨は黒の指輪型のデバイスを取り出す。かなり使い古されていて、いくつか傷があるそれは、今も起動には問題はない。明人の丁寧なメンテナンスの手腕を証明するものと言えるだろう。


 己の体内にあるテイルをデバイスに注ぎ込むとデバイスは光を帯びる。この光は起動が成功したことを意味し、頭の中の想像を形にできた証だ。想像が曖昧あいまいだと物を具現化することはできず、デバイスも光らない。


 奨が具現化させたのは、シールドと一般的に呼ばれる半透明なテイル耐性障壁。


「こうやってシールドを張ることが自分の身を守る方法として最も使われるものだ。できるか?」


 明奈と華恋もこれに関しては学校で習っていた様子で、明奈の方が倍の時間はかかったが、双方奨と相違ないシールドを自分の前に現出させた。


「まあ、この程度は源家の教え子ならできて当然」


 自慢げな顔で臣下の教え子を評する光。しかし、明人は対照的にあまりいい顔はしていない。


(意地悪来るぞ)


 それは、奨に同じように戦闘のいろはを叩き込まれた彼だからこそ考え付くことだった。


 奨は突如短刀を具現化して、その場で一振り。ほぼ同時に2人が張ったシールドはガラスが割れるように砕け散る。


「え……?」


 あまりにいきなり己の身を守る者が容易く破壊され、明奈も華恋も何をされたのか理解できず呆然。


「一般的に使われるシールドを例にあげると、テイル自体が持つ破壊エネルギーに耐性を持つが、切れやすいという弱点がある。シールドの過信は禁物だ」


「ちょっとーうちの華恋をいじめないでよ。何も言えなくなってるじゃない」


 光からクレームが入る。それに対する回答は、

「これが俺のやり方です。気に入らないなら連れて帰って結構ですよ」

 と強気の反論。光はむくれるものの、自分から参加させてくれと言ったこともあり、これ以上は追及しなかった。


「私は大丈夫です光様。隣の明奈はこの先この人の教えを受ける。私が逃げるわけにはいきません」


「えらい! さすが私の見込んだ子」


 人間との共存を支持する親人間派の頂点に君臨する八十葉家。その令嬢とは思えない覇気のなさで自分の従者をほめる。


(やっぱ子供の扱い慣れてんだなぁ)


 勉強になった、とつぶやき、明人は自分の可愛い後輩にもやってあげようと密かに決心した。


「話を続ける。さっき言ったようにシールドだけでは身を守るには心許ない。相手からテイルを用いた攻撃を受ける場合、己の身を守るためには、他にもいくつかの方法がある」


 奨は1つずつ例を挙げる度に握り拳から1本ずつ指を立てる。


「自分の攻撃で相手の攻撃を相殺する。回避する。そもそも当たらないように自分の身を隠す。まあ、そんなところか。これ以外だと高度な技術になってしまうからな」


 突如として奨の姿が消える。2人が瞬きをした間に奨の姿は彼女たちの後ろにあった。それを見て2人は驚かなかった。


「〈爆動〉と〈抗衝〉ですね。自分を自由な速度で撃ちだすのが前者。後者は自分にかかっている衝撃を抑えるものです」


「学校で習ってたのか」


 華恋と明奈は頷き、光はそれに付け加えた。


「機動力は主を守るためには必要な力ね。逆に身を隠すなんて、主の危機の時には論外だもの」


「なるほど。ならそこからか」


 奨は光のアドバイスを聞き入れ次に言うべきことを決めた。


「2人とも。デバイスを準備して。そして想像してくれ。自分が透明になっているところを。周りの光景を焼きつけ目を閉じる。その光景の中で自分がいなくなるイメージだ」


 唐突な指示に、2人は可能な限り応える。言われたとおりに周りを見て、その後に目を閉じた。しかし2人の姿に変化はない。


 それは当人たちも自覚していたようで、すぐにはできないと目を開けると、先ほどまでたっていた場所に奨はいなかった。すぐに指南役がどこにいるのか目で追おうとする2人。


「どこを見てる?」


 奨の声は、同じ方向から聞こえ、何が起こっているのか明奈は分からず慌て始める。さすがに弟子の混乱を見かねたのか、奨は再び同じ場所に姿を現した。


「まあすぐにやるのは難しいか。うまくいけばこのように自分の姿を隠すことができる。これが〈透化〉と呼ばれる技だ。他にも足音を消す〈忍歩〉、レーダーに自分の姿を映らないようにする〈霧中〉が隠れる方法として有名だ」


「透明に……テイルは奥深いですね」


「これでも基礎中の基礎だよ。でも、テイルってのは想像をしっかりやればこういうこともできる」


 最初は少し困惑を隠しきれていなかった華恋の顔が、徐々に興味深々だと主張を始める。


「学校では習いませんでした。使うかどうかは分からないけど」


「いずれ使うさ。だから今のうちに練習させている。ここまで何か質問は?」


 華恋は明奈の方を向く。


「あなたのお師匠様。なんだか教えるのが春先生みたい。最初から説明するんじゃなくて、その、この感じ」


 明奈はピンときたのか、同意の頷きをした。奨にもその私語は届いているが咎めることはなく、むしろどこか嬉しそうに微笑んでいた。


 奨の質問に首を振って応えた2人に、奨はいよいよ訓練の開始を告げる。


「なら早速体を動かそう。これからやる訓練はシンプルだ。俺は殺傷力のない光弾を1発ずつお前達を狙って放つ。弾速や色は様々だ。それをお前達は、逃げるなり防ぐなり、武器があるなら相殺するなりして、100発、自分に当たらないように逃げる。それだけだ」


 身を守るための訓練の第1段階。明人の顔が急に嫌なことでも思い出したかのような顔になり、和幸が苦笑いを隠せない理由を、同じ傍観者である光はまだ知らない。

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