2 初めて知る希望

第9話 princess come here「八十葉家の令嬢」

 源家の孤島。その都市部中央の大通りの先。島の入り口である港と入領検査所から島の中央部にまっすぐ行けば着く場所に、源流邸と呼ばれる大社がある。


 島の住人は神社と呼ぶが、本物の神社ではなく見た目がそう見えるだけだ。


 役所の代わりを果たす建物であるが、境内は住人や客が自由に使用できる広いスペースもあり、月に一度街の店主が集められ宴会が行われているという話もある。


「こんなのが、この土地にあったなんて」


「ああ。マジで神社にしか見えないよな……」


 奨達は観光の一環でその源流邸へと来ていた。中心社の前の広場で、その建物を眺めているところである。


 建物が立地するこの土地は、他の地域と高低差があり、ここに来るまでに100段程度の階段を上ってきている。


 息が少しはあがっても、そのあまりに本格的に造られたイミテーションに感激せずにはいられなかった。一方で奨は別のことに気を取られていた。


「なんでお前もついてきてんだよ。和幸。仕事に戻れ」


「この辺りに八十葉家の御令嬢が訓練をやってるって聞いてな。一応遠くから様子を見ようと思ったんだが」


「ちなみに御令嬢はお前が護衛をしてるとは知ってるのか」


「知ってる。だが、俺は完全に別行動だ。八十葉令嬢が個人的に連れてきた近衛には俺の存在は話していないらしい。あまり表だった関係だと悟られたくないんだと」


 奨としては、明人と明奈と3人で島を巡る予定であり、込み入った話ももう少しできると思っていたので、単刀直入に言えば邪魔だった。


「それより気づいているか?」


 奨は頷く。明人は全く気が付いていないが、そんな彼をはっとさせる一言を明奈から。


「今まですれ違っている人が、みんな同じような服を着ていました。何かあるのでしょうか?」


 明人は『全く気が付かなかった』というポカンとした顔。そして和幸が明奈を撫でる。


「おー、いい子だなお前。それに気が付くとは敏い子だ」


「明奈に勝手に触れるな。お前の弟子じゃない」


「なんだ、ジェラシーか?」


「そうだ。俺だってまだ撫でたことないんだから、お前はすっこんでろ」


 へーい、と奨の言う通り明奈から離れる。明奈は奨のあまりにストレートな想像以上の好意に驚きのあまり言葉を失う。


(……なんか恥ずかしい)


 そして恥ずかしがっている明奈の顔をじっと眺める明人には気づかない。


 明奈の言ったことは正しい。足を踏み入れた時から何度かすれ違っているのは八十葉の家紋を服に刻んだ集団の一員。明奈の見知った数人を交えた武器の訓練が、右前方で行われている。


「あなたたちも研修?」


「ふおぉ?」


 後ろから肩をトントンと叩かれ、唐突のことに明人は頭が真っ白に。敵襲であればすでに死んでいたという恐怖心からだったが、幸運なことに、八十葉の当主時期継承権を持つ、未来の領土の君主候補八十葉光だった。


「これは、お久しぶりです。光お嬢様」


「もうその呼び方はやめて、護衛の話はもう1年も前の話じゃない」


 奨くん明人くんおひさー、と慣れ慣れしく先輩の名を呼ぶ光を見て、明奈は保留にしていた1つの疑問をここで再び浮き上がらせる。


「八十葉様とお知り合いなのですか?」


「昔八十葉のボディーガードとして雇ってもらったことがあってね。その縁で少し面識がある」


 光は奨の説明に反論を加える。


「あの時生き残ったの、貴方と明人君含めて4人だけよ。最初は100人以上だったのに、テロリストとの交戦でいっぱい死んじゃったのよね。生き残りとして、信じられないブラックなシフトで働いてもらったんだもの。よく覚えてる」


「まあ、過剰労働分のボーナスたっぷりくれたんで恨んではないですよ。よく覚えてましたね。俺みたいな傭兵如きを」


「だってあなたたち強いもの。人間でも強い子は好みよ? 記憶に残りやすいし」


 関係は見た目良好で、少なくとも閃と話をしていた時より、奨には緊張はないように明奈の目には映った。


「あら和幸君。もしかしてあなたたち知り合い」


「え、ええ。まあ」


「意外。そうなら初めから言ってくれればよかったのにー」 


 世間話に花を咲かせる主とその友人の間に入るのも気が引けた明奈は周りを見る。


 周りにいる八十葉の人間の訓練の様子も目に入ってくる。少し意識を傾けると、彼らは弓矢や光弾を生成して、同じく作り出した的を30m先から撃ちぬく練習をしていた。


 訓練のレベルは新入りに合わせているようで、明奈同様昨晩買われた新入り以外の八十葉の戦士たちは軽々と的を射貫く一方、後輩の指導を行っている。


 八十葉家は御門家と並び親人間派を名乗るのと同じく戦闘を得意とする家である。島国である倭が海外からの数回の大規模攻撃に耐えられてきたのも、倭の支配者たる12家のうち、御門家、八十葉家、天城家が高い戦闘力を持っていたからだ。


「あ、22番……」


 明奈の目に特に映るのは22番。源家の教育機関でも、優秀な成績を収め主席卒業を果たした同級生だ。ここでもやはりと言うべきか、他の同級生数名を置いて、成果を出し始めている。


「あの子、周りに比べていいセンスしてるな」


 明人は、明奈が見ている先を同じように見つめ、22番を指さす。それは無意味な行為ではなく、光に誰の話をしているのか分かりやすくするため。


「あら、華恋ちゃんのこと? 可愛いわよね……おーい華恋!」


「いやいや呼ばなくても」


 明奈は意外な形で、彼女の新しい名を知ることとなったが、聞いてて嫌な気持ちにはならない良い名前だと思った。


 22番改め華恋は、明奈の存在に気が付いたものの、主の前で勝手な動きは見せない。しかし一瞬の目の動きで光は、

「もしかして学校でも仲良しだったの?」

 と尋ね、観念したのか大きな声で返事をした。明奈は神業を目の前に、12家の実力は伊達ではないことを実感し、素直に感嘆の『すごい』というつぶやきが出た。


 光はそれを聞き逃さなかった。機嫌のよさのレベルを1段上げて、奨に尋ねる。


「あなたのところもいい子じゃん。彼女の初期研修はもう始めたの?」


「いや、明奈がもう少し一緒にいるのに慣れてからでもいいかと迷っているところで」


「源家の子供は初期研修が特に重要よ。ここで教えることがこの子のこれからの生きる道標になる。きっと今、彼女はどうやってあなたたちと共に生きればいいか見えていないわ」


 さすが源家が仕える家だけあって、その手の事情は一緒にいた奨達よりも的を射ていた。明奈は、心のどこかで欲していたことを言い当てられた気分だ。


 ただ自分の要望を素直に口にしてもいいものか、それだけが悩みだったが、

「始めるのはやっぱり早い方がいいか? 遠慮せず君の意見を教えてくれ」

 奨の一言を受け、明奈はその寛大さに感謝して甘えることにした。


「先輩はお優しいです。私を尊重してくれて嬉しいです。私は、教わりたいです。先輩にご指導いただけたら、役に立てる道が見つかったら。いいなって思います。私も先輩の一緒に生きる意味が欲しいです」


 頭で整理したのではない。それは明奈が発言を許されてすぐに勢いのままに飛び出した言葉だった。しかし後悔はしていない。今の主に少し惹かれている自覚はあった。


 この話の流れで、生きる意味、という言葉が出てきたのはあまりに唐突だったが、不思議そうにしている和幸や光、華恋とは違い、奨も明人もどこか納得した顔をしている。


「個として生まれ、生きる価値は必ずある。俺がこんな大したことのないことを言ったとき、君はどこか嬉しそうだった」


「先輩には見抜かれていたんですね」


「ああ。言ったろ。よく似てると」


 奨はにこやかに明奈の意志を歓迎する。


「俺達の教えも、一緒にいることも、お前の生きる意味になるかは分からない。けど、俺も明人も、買ったからには責任を持つつもりだ。一緒に生きるために。ちゃんと教えよう」


「はい。よろしくお願いします」


 正しいかどうかは分からなくても、明奈は、ようやく未来への道を少し見つけられた気がした。一緒に生きよう。それは自分が必要だと言われているような気がして、素直に嬉しかった。


 明奈の表情が緊張からぱあっと嬉しそうな顔に変わった。


「せっかくだし、ご一緒させてもらおうかしら?」


「何、勝手に覗き見る気じゃ……俺は今できないぞ。奨! いいのか?」


「え、えーと……」


 奨はかつて剣術を師匠に叩き込まれたときに、師匠と春と3人で厳かに行った。幼い頃は夢見がちで、自分にもしも弟子ができたなら、このようにやるのだろうと奨は思っていたものだったが、現実はそうはいかない。


「まあ、いいか。別に企業秘密はないしな」


 憧れを実現する機会はまたあるだろうと自分を納得させる。この場は、八十葉の令嬢とその仲間がいる場で、ご令嬢を不機嫌にさせることにメリットはないと判断してのことだ。


「明奈、もう始めるか? 俺はもう準備はできていてな、実は少し楽しみにしていた」


 明奈は頷く。反対する理由はなかった。


「分かった。せっかくの機会だ。八十葉の令嬢のリクエストに応えるとしよう」


 奨は武器用の短刀デバイスを起動するのではなく、その場で念ずる。仰向けに開かれた手のひらに、二本の木でできた刀を生成すると、そのうち1本を明奈に投げ渡す。


「冠位の家に見守られながらというのも貴重な経験だしな」


 八十葉の訓練所となっていたこの場は、いつしか奨と明奈の公開練習の見せ場となっていた。

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