第18話 purpose of my life「生きる意味は?」

 きっかけとして語ったのはある日の仕事のこと。明人が初めて自身の生を疑ったかけがえのない転機だったという。






 東都のとある町の町長が、戦力になってほしいと懇願してきたのだ。その報酬は60万。一介の日雇いに支払うには破格どころの騒ぎではない依頼金だった。


「1人でも多くの戦力が欲しいのです。アイツらにさらわれた人間が生きて観測された経歴はない。きっと――」


 それ以上は想像もしたくない光景を思い浮かべたから言わなかったのだろう。奨も明人も尋ねることはしなかった。


 危険な依頼には手を出す主義ではない奨ではあるが、今回は事情が違う。


 今回の依頼は、前に共に仕事をした反逆軍の独立魔装部隊の隊長から紹介を受けたもの。それを完遂すれば町長からの報酬だけでなく、信憑性の高い捜し人の情報を渡すというのだ。


 これまで数多くの情報を購入し、あるいは力づくで手に入れ、それを頼りに仲間を探してきた奨と付き添いの明人だったが、全て無駄足に終わってきた。


 さすがに何かの突破口が欲しいと思っていた頃に出た光明。奨もそれに飛びつくしなかった。


 あるいは明人を気遣ったのかもしれない。彼は生粋の戦士ではない。奨に付き合うために自衛と援護の術を身に着けただけだ。


 さすがに精神の疲労を隠し切れないレベルには来ていた。今回の依頼も見かねた流し主が奨に警告を送ったほどだ。


「東都の……旧北条家領の柏研究所だな。ここに入り浸っていると」


「我々が組織している自衛団、依頼した傭兵団、東都の反逆軍の方からも援軍が居ます。これで、奪還しようと」


 明人が驚きを隠せない。


「相手は〈人〉が用意している要塞かもしれない。奪還となれば間違いなく戦争になるぞ! 人間の集団で勝ち目なんて」


「この地はようやく軌道に乗り始めた。北条家がなくなりようやく〈人〉の支配なく回り始めた土地なのだ!」


 声を大にして訴える町長。そこに計り知れないほどの思いが込められていることを2人は否応にも感じ取る。


「どのみちこの依頼は受けると決めている。最大限の努力することを約束しよう」







 傭兵ということで傭兵団の配属になった奨と明人。傭兵にも多種多様。なれ合いを好まない者もいれば、1回限りかもしれない縁を大事にして積極的に同業者に話をしに来る者もいた。


 ここの傭兵団は後者が多く、戦闘があった夜は基本的に生き残れたことに感謝し共に飲み明かそうと誘ってくる。


 この時は特に、同じ雇われの傭兵3人組とはよく話していた。戦闘時も自然と連携を行っていてそれなりに経験を積んできたことが窺える。


「アキト! 今日もお疲れ様」


 3人のうちのリーダー格、身長が185センチと片目で銀髪という倭の中では非常に珍しい容姿であり非常に覚えやすい。


 笑顔を良く似合う好青年。明人はその朗らかさが羨ましく思う。


「仁也さん」


 彼の後ろでは早希ちゃんと呼ぶ2歳くらい年下の弟子がお茶を淹れて、仁也と明人にお茶を差し出していた。テイルによる想像でつくったものではあるが温かい飲み物というだけで一息つくには十分だ。


「奨も誘ったんだが、俺んところの参謀と一緒に明日の作戦会議だとさ」


「まあ、アイツらはそうだろうな」


「早希ちゃんも隣座りな」


 一礼して仁也の弟子である彼女は隣に、緊張の面持ちでちょこんと座った。


「いよいよ明日だな。要塞潜入。ドキドキするなぁ。何とか駆け抜けてここまで来たからな」


「そうだな。あんたは死ぬなよ。可愛い弟子がいるんだろ」


「それを言うのなら、お前だってそうだろう。お互い生き残るぞ、絶対に」


 容姿も性格もいい。戦いぶりもここまでの戦闘を見てそれなりに強いことは分かっている。


 明人はふと気になった。親人間派の領地か京都で腰を落ち着けていれば好待遇で迎えられるだろう。こんな日雇い労働などしなくても居場所がある。自分と違って。


「そういえば、なんで傭兵なんかやってる。奨も言ってたぞ。解せないって」


「そんなに変かい?」


「奨には理由がある。俺は付き添いだ。まあこの生活が気に入ってるから大変でもいいと思ってる。でも、あんたは」


「そうだな。俺も縛られたくないってのが半分だとは思うな。きっかけはそうだったけど今はそれだけじゃない」


 隣に座っている弟子の頭を撫でる。弟子は『また子供扱い……』と言いながらもまんざらではない表情だった。


「この子を拾ったのはある依頼を受けて戦っていた時だった。その時思ったんだ。俺が傭兵をすることで救える命はある。縛られていないから救える命が」


「……すごいな。本当に。ヒーローみたいだ」


「俺はこのためにこの世界に生を受けた。それを全うしたい。そうして救えた命があるのなら、きっと俺の生きた意味だ」


 生きる意味。そんなものをこれまで考えたことはなかった。


 ――ない。そんなものはない。


 すぐに明人はそれを自覚する。そして羨ましいと嫉妬する。すぐになんと浅ましい感情だと理解はしたが。


(俺は。この世界に生きる理由は?)


「アキト?」


 想像よりもぼうっとしていたようで、仁也が心配そうに見つめてきていたことに気が付く。


「格好いいな。お前は。俺は、そんなキラキラな思いを持って生きていない。お前を見ていると反省しそうだ」


「俺は幸運な方だ。君にも見つかるさ。俺はこのために人生を捧げる! って目的がさ」


「だといいな。ああ、なら死ねなくなった」


「その心意気だぜ。アキト」


 拳を突き出す仁也。それに拳を軽くぶつけるのが友好の証だ。






 要塞攻略戦では、これまでの前哨戦とは比べ物にならないほど激しい戦闘が繰り広げられている。


 追手を何とかするために奨と別行動になった。傭兵団と自衛団の精鋭が、作戦の中で要塞と呼んでいた広い工場へと突撃。


 伊東家の紋章が付いた服をきている防衛隊は人間だった。しかしゾンビのように体を傷つけるだけでは止まらず、腹から変な棘を飛ばしてきたり、腕が急に刃になったりと人間にしては歪な攻撃を行っていたように見える個体も存在する。


「不快な……!」


 ここがどういう建物なのかは検討がつくというものだ。最奥へとたどり着くと、実際に何かが行われているところを上からのぞくことができる窓がある巨大通路へと出た。


 詳しい描写をすることははばかられるが、人間の改造だ。人形のパーツを取り外して別のパーツを取り付けるという。早希ちゃんはその光景に吐きそうになり思わず口を手で押さえた。


 目の先に、それを指示しているらしき男。ここの責任者であるのは服装と威圧感から読み取れる。


「ん、変だな」


 その男は呟いた。腕を上へと伸ばし手を開く。伸びきった直後に一瞬だけ手のひらで火花が弾けた。


「防!――」


 その瞬間、ここまでを勝ち抜いてきた歴戦の傭兵と自警団の半数以上が上から降り注いだ紫の矢の雨に貫かれ致命傷を負う。ここまで誰も死ぬことはなかった精鋭がたった1撃で半滅した。


 ようやく仲間を殺した男は明人の方を向く。著しく不愉快だったが何かに気が付き愉快な表情へと変化した。


「もしかしてあの村の。いやあ、ありがたい。新しい素体をわざわざ送ってくれたのか。気が利くねぇ」


 眼鏡をはずし胸元の内ポケットに入れると拍手を始める。


 集落の自衛団の生き残りは激昂する。その態度はなんだと。自分達から奪い破壊の限りを尽くしたにも関わらず、悪びれもしないのかと。


「俺達伊東家は戦争をしたいんだ。そのために兵器がいる。だから道具である人間を品種改良しようと頑張っている」


「品種改良……?」


「人間を庇護する親人間派という偽善者を滅ぼす。僕らは人間を正しく使う正義の味方。人間は穀物と一緒だ。食べてもいいし他の用途もある。そうしやすいように品種改良をするのが僕ら研究者の仕事だ」


 その男は嫌そうな顔も、面倒そうな顔もしていない。ただ一言、常識を子供に語るかのように。


「未来のためだ。科学は犠牲がなくては進まない。実験用のニンゲンを使うことは素晴らしい未来へつながる」


 その一言で、多くの同胞の堪忍袋の緒が切れた。それは自衛団だけじゃない、傭兵団、そして明人もまた未来を奪われた地獄の日を思い出して叫んだ。


「お前らみたいなのがいるから。俺は何もかも失った。貴様は、〈人〉はぶっ殺してやる……!」


「騒ぐな。会話しようとすること自体不敬だというのに、そんな不快な顔をされると本気ででウザいね」


 〈人〉の男は双方の手に紫の光の刃を創り出した。その刃は液体化のように形を常に変えている。


「まあ、死んでても人形にすればいいし、適度に戦意を削いであげますか」


 この男は倒さなければならない。皆の意志が1つとなり要塞攻略戦は佳境を迎えたのだった。






 研究者とは、学問に命を捧げる職業であり戦闘を得意としない。それは人間でも〈人〉でも同じことだ。


 では、これは――どう説明するのか。


 10年以上の経験がある者もいたはずの歴戦の戦士たちは、たかが学者風情に体を綺麗に削られていた。鍛え上げた肉体、体術、動き、戦術。武器を振るうベテランを、その若い〈人〉の学者が動きで圧倒していた。


 1人だけ2倍速で動いている身のこなし。1人1人近くに近づいて綺麗に切りこみを入れていく。


 射程のある攻撃は、明人の放つ強力な特殊弾以外は全て処理され、1人、また1人と、その男の前で苦悶の声を上げながら倒れていった。


 早希ちゃんの護衛を任された明人は遠くから戦いを援護していたが、久しぶりに絶望という感情が沸き上がっていた。自分がすごいと思った仲間が次々と倒れて死んでいく。その光景は死にたがっていたあの日と同じように見えて足がすくみそうになる。


「君もそろそろね?」


 近づいてくる。狙いを澄まして、明人は引き金を引く。威力の高い戦車の装甲を貫くだろう光弾。


 躱された。刃が迫る。明人は必死に、死にたくないから頭を働かせる。近くに堅い壁が現れ刃を止めてくれる光景を。


「いい想像力してるね」


 追撃をしようとしたところを助けに入ったのは、大剣を短剣ぐらいの速さで振りぬく仁也だった。


「させん!」


「君もしつこいな。もう2回も斬っただろう。……!」


 明人の放った光弾はUターンの弾道を描き再び戻ってきたのだ。それを剣で2つに割り防ぐ。


「あぶね。戦い苦手なんだからやめてほしいな」


 仁也はにやけが止まらないマッドサイエンティストを相手に未だ戦意を衰えさせてはいない。


「ここにいる皆が死んでも、まだ下に生きている者はいる! 彼らを解放するために俺はお前に勝つ!」


「本気? 後ろを見なよ」


 早希ちゃんと明人は既に見ている。その赤く染まった光景を。そして明々と示す1つの事実を。


「これまで君みたいなのはずうっといた。だけどあんな風に無駄死にしてるんだ。そろそろ馬鹿と弱さを認めろって本気で思うよ。人間は時代遅れの弱者、自由になれる権利なんてないってさ!」


「いいや、俺のいる意味はここにある!」


 仁也は振り返らなかった。


 そこから、双剣と大剣は幾度もなくぶつかり合った。


 手数は向こうの方が多くとも、これまでの戦いの歴史が、そして生きる意味を鮮烈に示し続けるという心意気が、人間の肉体的限界を超えるほどの動きをさせる。


 全くの互角。焦りが見え始める敵。数十にも及ぶ剣戟の競り合いはやがて1つの契機を生んだ。


「くぉ……?」


 バランスを崩した一瞬、勝機を見出した仁也の一撃。

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