第7話 a murder case「不穏の知らせ」

 デバイスを扱う店へと到着した。先ほどの定食屋とは逆に、今度は明人がハイテンションを隠しきれていない。明奈は突如ウキウキし始めた明人の変わりように首を思わず傾げる。


「この手の話はあいつの専門分野でな。専門とするだけあって興味は人一倍あるんだろ」


「そうなんですね。夢中になれる何かがあるなんて素敵です」


 自分にはそんなものはないから羨ましい、とまでは言わなかった。


 ここに来た理由は明奈個人のデバイスの購入のため。デバイスは生活に必要なあらゆる道具や消耗品、エネルギーなどを生成するためにもつかわれる。現代の必需品だ。


「指輪型がメインだけど、ネックレスとかもいいよな。腕輪もきれいだけど、さすがに特別な機能があるだけ高いな」


 一見その店はアクセサリー、ジュエルを専門とする店に見えても仕方がないだろう。デバイスは活動に支障がでないように、指輪、ピアス等のアクセサリーの形だったり、手袋やベルトなどの軽い着脱品だったりすることが多い。


「いらっしゃいませー」


 店の奥の部屋から1人、来店を察知した男が現れる。やけに若く最近入った従業員か。


「ん、和幸?」


「は? バ! なんで、えーと。奥の個室に来い!」


 明奈の予想はさっそく裏切られることになった。






 個室の中にはテーブルが1つ。それを囲うように椅子が用意されていた。入ってすぐ、奨が先ほどの男との関係を告白する。


野田和幸のだ かずゆき。俺と同い年の16歳。何度か仕事で一緒になった仲でね。京都を本拠地とし、差別主義の〈人〉の脅威から人間を守る反逆軍の一員だ」


 店の制服を脱いだ姿で現れた彼は、アップバングで焦げ茶色の毛先が尖った髪型が良く似合う色男。その目は奨と同じく厳しさを感じさせながらも、悪い人間ではないと思ってしまうのは、先ほどの快活な声が地声であることが次の一言で明らかになったからだ。


「なんでこんなところにいる。反逆軍の任務か?」


「八十葉の御令嬢が来ているだろう。あれ完全なプライベートでな。反逆軍は島に潜入して影ながら護衛をしている」


「臣下の島だぞ。何かあれば源閃か鋼も動くだろう?」


「最近は正体不明のテロ組織や人間差別主義の連中の攻撃も勢いを増している。京都人間自治区の貴重な同盟相手、その御令嬢に何かあったらこっちも面倒なんだよ。護衛はいないよりはいた方がいいってな」


 和幸は明人に店のカタログを渡して、その中から選ぶよう薦める。明人は明奈を手招きして一緒に見ることを推奨。明奈に断る理由はないため、明人の隣に座りカタログを覗き込んだ。


(学校で使ってたものより、きれいだなぁ)


「本家に営業許可はとってある店だからデバイスはここで買っていくといい。ここは源家の動向を探るための軍の活動拠点の1つであり資金調達源。その性能は本家の人間や〈人〉も御用達だと言えばな?」


 明人も感心の意を示しながらラインナップを見る。


「この指輪型なんかは似合いそうだな」


「安いのでいいです。そんな高いのは先輩の迷惑に」


「気にすんな。この日のためにちゃんとカネは貯めてある。明奈に合うものをしっかり選ばないとな」


 明人の機嫌の良さは最高潮。明奈の気遣いに全く気付かないが、明人の言うことも間違いではない。


「ノリノリだなぁ。いいのか奨?」


「買い取った子供の面倒を見るのを楽しみにしていたんだよ。この子の存在は戦いばかりの日々に癒しを与えてくれるだろう。実際、やや活気はないが素直でいい子だともう分かった」


 さりげなく褒められ、恥ずかし気に顔を少し紅くする明奈。


「へえ、弟子か。俺も買えたらなぁ」


 和幸は思うところがあったらしく、羨ましさを前面に押し出す。


「なら、例の話も、前向きに考えてくれたか?」


「スカウトは断ると言ったはずだ」


「おまえも弟子をとったなら覚悟しろ。この島で見つからなかったら、観念して京都反逆軍に籍をおけ。確かに京都は魔境だが、それでも人間のお前達2人に、失敬、3人にとっては安全だ」


「俺の生きる意味はこの旅にしかない。それにもう見つかった」


「マジか! でも良かったな。じゃあ、その子も連れて京都に来い。俺も、もうダチを見殺しにはできねぇ」


 スカウト、という割にその声は真剣味を帯びていた。それはまるで親友の無謀を止めるかのような。少なくとも明奈にはその様に映ったのだ。


「しつこいぞ。当然他の仲間も探す。どうしてもというなら、明人と明奈を連れていけ」


 これまでの会話は当然明人の耳には入っている。今までデバイス選びに集中しながら、この時だけは好奇心から来る笑みを消し、奨に物申そうと顔を向ける。


 しかし、行為は突如、部屋の扉を開けた店番の従業員に阻まれる。顔には明らかな焦りが浮かび上がっていた。


「和幸さん。ヤバイ人がここに入れろと」


「ヤバイ人?」


「源家次期当主、源閃。ここに太刀川さんたちがいることも承知だ」


 あまりにいきなりの訪問に面を食らい、明人ものどまで出た文句をしまう他なかった。







「歓談中失礼。混ざりたいというわけではありませんでしたが、急を要する連絡がありまして。しかも一般人には秘密なので直接話をしに参ったのです」


 あまり申し訳なさそうな顔をしてない源閃は同行人を連れてきていた。


「ほう、これは、活きのよい若人だ」


 昨日のパーティー会場においては、私設の研究所の所長という身分で参加をしていたことを、明人と奨は覚えている。名前はフォーグランツ。特徴的だったので頭に残っていたのだ。


 しかし明奈が怯えているのは、その見知らぬ老人の存在より、間違いなく源閃との同席に対して。明人もその心中を察し可愛い妹分を守る気満々で会談に臨む。


「……怖いの? 閃様って」


 明人が明奈に小声で尋ねる。


「その……すごく怖いです。怒られて何度も泣きました」


(鬼教官ね。源家の子供も大変だなぁ)


 明人は怯えている明奈の表情がまた愛おしく感じ、話の途中で何かあったら、彼女が泣きださないようフォローしようと心に誓う。


 これが兄心か。兄弟のいない明人にとっては初めての感覚であり、そんなことを思う日が来るとは、とひそかな感動を覚えていた。


 源家の御曹司が、テーブルの上にテイルで湯呑みを作り出すと、店員にお茶を出すように促す。店員は敬意を持ってその命令を承り、店舗の奥へと消えていった。


「奨様はデバイスを購入しに?」


「ええ。おたくが服しか持たせないから」


「申し訳ない。支給品は使いまわし、コスト削減をしてるもので」


 閃は悪びれもせず、しかし静かに封筒を渡す。中には領収書が1枚。堂々とした態度は補償策を携えてきたことによる自信の表れ。望んだものではなくとも損はしない。奨はその意図をくみ取り素直に受け取ることに。


「会話の邪魔をしてしまったことへの謝罪です。これ以上は嫌味は控えていただき本題に入りましょう」


 それに反対した者はいなかったため、閃は躊躇いなく話を始めた。まず語られたのは、事件で発覚した事実だった。


「昨夜、5名の招待客が殺され、数名の源家卒業生が行方不明になりました」

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