第8話 present from her master「嬉しい贈り物」

「ほう……?」


 和幸は店の代表者として同席を許可されている。興味深そうに耳を傾ける。


「我々源家は招待客の安否を常に調査員が調査しています。今朝がたの調査で、5人の死亡が確認されました。うち1名は死体すら残っておりませんでした」


 奨は、表情に出していないものの、頭の中では昨日の襲撃を思い出していた。


「昨日の迎賓館前のやつもか?」


「関連性はあります。昨日の男の脳を完全に死ぬ前に装置でスキャンし記憶映像を再現、取り出してみました。我々の知らぬ何者かに鋼が今は迎賓館にいないという情報をつかまされていたようです。あの男はねらい目だと騙された」


「表ででかい事件を起こして警戒を強め、自分たちは逆に警戒が疎かになっている外で目的を果たす。やられたな」


 閃は奨の一言に少し悔しさをあらわにしたが、言い返す言葉がなかったのか返したのは反論ではなかった。


「今回の事件、狙われたのは身分の高い家系の方々です。戦闘が行われた模様であり、殺されたと言うことは、襲撃犯は戦闘技術に特化したプロの殺し屋か戦闘員の仕業でしょう。他の家からの襲撃の可能性もある」


 基本的に〈人〉が戦闘面でも人間より秀でているのは暗黙の了解だ。テイル粒子の所有量の多さはそのまま創成するものの自由度へとつながる。恐ろしい武器や技を個人が有している状態のことが、〈人〉の場合は多い。


「なるほど。今回の事件ではその〈人〉が殺されたことも問題だと」


「ええ。犯人についてはまだ目星はついていません。目的は子供の誘拐と見ています。人殺しが目的なら、口封じで子供ごと殺すほうが手っ取り早い」


 これに関しては、源家出身の子供は能力が高い、という評判が悪い方向に働いてしまっている結果だろう。老人も口を開き持論を述べる。


「誘拐……ですか。それも力づくで奪うという形を取っているのが気になるところですな。誘拐が目的なら、殺さずとも方法はいくらでもある」


 一呼吸おき、さらにこの事件の解せない点を付け加えた。


「それでも殺すことを選んだなら、〈人〉という存在に強い恨みがあるのか。東都か京都の反逆軍が真っ先に思い浮かびますな。数で戦うことで〈人〉の侵攻に対抗する。戦闘員はいくらでも補充したいはずだ」


 馬鹿にしたような言われ方をしても、和幸はニコニコ。さすがにボロは出さない。そしてその可能性を閃が否定する。


「いえ、襲われた方々は全員、それなりの腕を持つ人たちです。人間に後れを取ることはありえない。50人近くの人間が揃ってかからないと勝負にならないはずだ。さすがにそこまで騒ぎになっていれば気づかないはずはない」


 フォー博士は犯人探しに興味を持っているようで、次の可能性を示唆する。


「では招待客の誰かが?」


「それについてはまだ何とも。ですが、〈人〉の命を容赦なく奪い、子供をさらう謎の襲撃者がいることは確か。皆さまにおかれましてもどうかお気をつけください。人間差別主義の連中が犯人だと、連中は冷酷ですから」


 閃は腕時計を確認する。古代様式のアナログ型の時計は、現代においても腕時計はファンションの一つとして残っている。閃もそのお洒落をする1人だったようだ。


「源家はこれより事件の追及に全力を注ぎます。しかし手掛かりがない状態です。犯人を逃がさないよう領内に結界を張っています。事件が解決するまで外に出ることはできません。その点もご注意ください」


 閃は立ち上がり、

「では、皆さんへの注意喚起は済みました。私はこれで失礼します」

 そしてこの部屋を後にする。


 その直前。一瞬だけ明奈を見る。明奈は慌てて敬礼を行う。


「昨日は動けなかったらしいな。弟から聞いたぞ」


「ひ……ごめんなさい」


「役目を果たせない子供に未来はない。主の機嫌を損ねたら、昨日の迎賓館前の惨劇はお前の未来の姿だ」


 厳しい一言。それだけで明奈は震えあがっている。そんな教え子にこれ以上関わることなく、閃は部屋を後にした。


「なんだよアイツ。俺らがあんなことするわけないっての」


 態度に不服な明人は、明奈をなだめながら文句を言葉にして表に出した。


 残ったのは、奨達3人と和幸とフォー博士のみ。事件の話の続きと言っても、現状これ以上話すことはなかったため、話はこの場に来た最初の目的へと戻る。


「そのお嬢さんのデバイス選びの続きとしましょう。この老骨もテイルの研究を始めて数十年。少しはお役に立てるかと」


「おお、そうなんすか!」


「ええ、テイルに関する産物の解析と改造が私の研究テーマですがね。デバイスにもそれなりに自信はあります」


 明人とフォー博士が2人で様々なデバイスを選び吟味する。デバイスに詳しい者同士、専門用語を多く交えながら話し初めて、奨と明奈は置いてけぼりに。


 その間、少し奨が、この後の予定について明奈に話す。


「この後は源流邸に行こう。君は知らないことが多そうだからね。今日は散策しながら明日からの研修場所を探すか」


「はい。その、本当は私が選ぶべきところなのに先輩にお任せして申し訳」


「いや、いいんだよ。みろ、楽しそうだろったく」


 たったそれだけの会話をした直後、


「決まった!」


 明人が大声を出して、明奈へデバイスの決定を報告する。


「いや、助かったよ博士さん。さすが専門職」


「いやいや、テイルと〈人〉についての研究しか能のない爺ですが、力になれてなにより」


 個室に店員が頼んだデバイスを持ってくる。宝石類は特についていない銀の指輪だった。


「これですか……?」


「あまり派手なのも悪目立ちするしな。手だして」


 明人が明奈の手を取ると、その手に指輪をはめた。奨は苦笑して、それを眺める。


「ほほほ、仲睦まじいことで。実に良い」


 博士の一言を聞き、明人は顔を赤くしたのは気のせいではないだろう。






 明奈は右手の指にある、主からの贈り物を嬉しそうにじっと見つめている。


(贈り物。嬉しい。主様が、先輩が私に期待してくれてる証だ……!)


 渡されたときは、もちろん嬉しかったが、手につけているところを何度も見るたびに、自分に与えられたものという事実が、徐々に意識できるようになり、意識すればするほど、嬉しさが自分の奥底から溢れてくる。


 明奈には、一生大切にしなければ、という義務感に近い思想さえ生まれていた。ただ、

(でも、それはつまりこのままでいいわけない。私は、どうやって、この恩を返せばいいのかな?)

 一抹の不安も抱えてはいた。


 そして、明人はそんな明奈をじっと見つめている。


「微笑ましい姿だ」


「お目汚しだったら申し訳ない」


 奨のこの言葉によって、明人と明奈は、恥ずかし気に今目を向けていたものから目を逸らす。


「いえいえいいのですよ。それよりそちらはこの後は?」


「この後は町の散策のついでに、明奈の日用品を一通りそろえようかと」


「そうですか。確かに、デバイスのデータで購入するにしても、やはり専門店であれば、面白いものもあるでしょうな」


「そちらは?」


「従者と合流した後、御門殿との会談です。いやあ、一介の研究者が、日ノ本最強の男と会談ができるとは、仕事も極めてみるものですな」


 フォー博士は一礼して、次の目的地へと一人で歩いていく。


 奨はその背中を見ながら、一瞬何かに気が付つき、何もないはずの右を見る。


 どうした、と明人が効く前に、奨は右を見た理由を言う。


「人の気配がした。身を隠しながら、フォー博士を追っている」


「おい、それ襲撃犯じゃないか?」


「可能性は0ではないけど、おそらく護衛なのだろうな。ずっとあの博士を見ている。腕もよさそうだ」


「俺が恐ろしいのはお前だよ」


 明人が苦笑しながら、

「なんで気が付くんだか。普通、見えないと思うけどな」

 奨の卓越した気配感知を褒めた。


 奨も明人も、今はその護衛については気にせず再び街の散策に歩き出す。明奈もその後ろをついて行きながら明日から始まるだろう訓練へ気合を入れる。

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