第6話 people in this island「〈人〉と人間が共存する島」

 食事処を出る頃には9時近くになっていた。


「学校での週に一度の春先生特製カレーライス。その時と同じくらい嬉しいです。ありがとうございます!」


 その表情は気を遣って繕ったものではなく間違いない本心を示している。


「いやいや、ただ朝飯を食っただけだぞ。もしかして学校では基本飯抜き?」


 明人の質問に肯定の意見を返す。


「はい。普段はキューブを摂取するだけでした」


 首を傾げる明人に対し、明奈が説明をしようとしたところ、先に口を開いたのは奨。


「角砂糖の見た目をした栄養剤だな」


 まるで食べたことがあるかのように、その厚さを指2本で表して、旨くはないと顔で表現していた。


 明人は相棒の訴えを正しく理解してこれ以上この話を広げなかった。

 

「春先生ってのは、いい先生だったんだな」


 代わりに、広げる必要もない話題を出したのは、明人なりにまだ緊張気味の明奈を気遣って話題を途切れさせない意図があってのことだろう。


 この話は予想外の方に広がっていくことになったが。


「ああ。元気そうでよかった。さすがにあの場で話しかけることはできなかったが」


「へ……へ? もしかして?」


「あれが、俺がずっと捜していた幼馴染の1人だ」


「え、ええええええええ!」


 明人は声を上げて、そして明奈も驚きのあまり目を通常の半割増しで開く。明奈の場合は、自分の新たな主が先生と因縁があるという妙な因縁に対してだった。


「明奈。春は、どんな先生だった?」


「はい。その、とてもやさしく、面倒見のいい先生です」


「そうか。お人よしは変わっていないな」


 食事の時を食べていた無邪気な笑みとはまた違って、大人びた優しい笑みを浮かべる。それでもその感情は単純なものでないことを明奈は察する。


 寂しさか。なつかしさか。そして再会を目前としているにも関わらず、悲しそうでもある。


 いったい何が主である奨の過去にあったのか。あまりに真剣な顔で、今の明奈には聞く勇気が湧かなかった。


 それは2秒の間。すぐに奨は次へと意識を切り替える。


「この後は、デバイスを見に行こうか」


 明人の唇の端がつり上がった。本人が楽しみにしている証だ。






 午前9時にもなると、商店通りは全店開店しかなりの賑わいを見せている。この時間は観光客よりも、この島に住む住人を多く行き交っている。


 商店街には、観光客向けの店もある一方で、住民向けの生活必需品を売っている店も多い。


「表にはこんなにも人間がいるんですね」


 源家が支配、統治するこの島は、倭を支配する12家の内、中国地方東部一帯を支配する八十葉家の領地の1つ。


 島は一般人でも立ち入り可能な西部の繁華街、一般人立ち入り禁止の源家本家の人間と構成員の住み込み住居が中央部、そして西に明奈たちが過ごしていた東部の教育領地の3つに分かれている。


 あらかじめこの領地に入る前に島の構造は奨も明人も把握済み。明奈の『表』というのが何を示しているのかもすぐに理解できた。


「さすが親人間派と言われる八十葉家の傘下の家の領地だな。見たところ理不尽な目にあっている人間はいない。ちゃんと人間が〈人〉の社会の中でも働いている。これは、珍しい光景だ」


 立ち止まり、円状に並んでいる人々に目線を向ける。


 円の中心には1人の〈人〉。源家の家紋が書かれたバッジを付けているのは本家の構成員であることの証明だ。


 その中心の彼が周りの繁華街の店主たちと朝礼を行っている。昨日の売り上げ報告と特筆すべき出来事の共有を1店主ごとに聴取しながらフィードバックをしている。


「差別主義の土地では、〈人〉がああやって会話をすること自体があり得ない」


「じゃあ、どのような……」


「人間の扱いは家畜以下だ。昨日の男がいい例だな。その土地の人間は好き勝手にこき使われたあげく、いつでも好きに殺されたり『電池』にされたりするのが常識だ」


 明奈の顔が青くなるのも無理はない。もしもじぶんがその類の主に買われていたら、それこそ未来は絶望しかなかった。


「倭なんて小さな島国を奪い合っているのも人間の扱いに関する理想の違いが原因だ。源家は親人間主義。他にも人間も〈人〉も平等に実績で評価する実力主義を掲げる領もある」


 明人の顔色も良くない。その理由は自分で告白する。


「気に入らねぇのは、結局どこも支配者は〈人〉だってことだよな。どんな理念を持っていても〈人〉は人間なしじゃテイルを使えない。だから連中は自分達の生活のために〈人〉を犠牲にしやがる」


「源家にも〈人〉にテイルを捧げるための犠牲がいるはずだ。そもそも〈人〉は人間に比べてまだ数も少ない。彼らの理想にために働かされている人間もいるだろう。そして戦わされる人間も。それはどこであろうと同じだ」


 明奈はふと頭に受かんだ可能性を、肯定されたときの恐怖を我慢して言葉にする。


「じゃあ、私も。私の友達も。結局は〈人〉に殺されてしまうかもしれないと?」


「残念なことにな。人間が自由に暮らしている土地はもう京都にしか残っていない。そして人間差別主義の連中は親人間派や京都の楽園をこの世の腐敗物だと恨んでいる。そしてそんな連中との戦争が起こる」


「平和なんて、この世界にない。ふざけてる」


 怒りの籠ったつぶやきを最後の付け加えたのは明人だった。


「そんなこと……教わりませんでした」


 明奈が学校で学んだことは、ただ主に尽くすことが生きる上で正しいということだけ。明奈は確かにそれを認めたくはなかったが、外の世界のあまりの厳しさに、どうして教えてくれなかったのだと、わずかな怒りが生まれる。


「別に間違ってはいないさ。新人間派の領地においては、貢献こそが生きる道。別に君が恨みを持つ必要はない」


 ただ、と奨はそれだけで言葉を止めなかった。


「人間にも。個として生まれ、生きる価値は必ずある。その価値の在り方は決して1つじゃない。俺の師匠の受け売りだ。だから明奈、君も未来を悲観するなよ」


 悲観するな。耳に入ったその言葉で、明奈は卒業の時に抱いていた、まだ告白していない諦観を見抜かれた気分になった。


 どうして、と奨を見る。それを見透かしたかのように。


「昔の俺と明人と、今の君は雰囲気がよく似てるよ」

 と、少し恥ずかし気に語った。

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