第4話 She does not know what to do 「傭兵2人との宿で」
源家守衛のトップの力を目の当たりにして、明奈は言葉を失っていた。
「最近は人間差別主義を掲げる伊東家の動きが活発になっている。近々中部の別の領地が関東へ大規模侵攻を行うと噂も聞く。人間狩りはそのための人手だろう。もっとも」
鋼は怒りをあらわにし、一言付け加える。
「その行く末は概ねが水槽の中か奴隷戦士。テイルを一生吸われ続けるか、死ぬまで戦わされるかの二択だ。あんなふざけた連中が国の東を支配していると考えると反吐が出る」
奨はその怒りに特に同情も反感もすることなく一言。
「お前達だって、犯罪者からはテイルを巻き上げているだろう? 〈人〉であるお前らは自分のテイル粒子を回復できない」
「まあ、それを言われるとな。だが、治世のために必要な犠牲は全て源家が罪として背負う。俺達〈人〉がテイルを十全とし力を使えなければ、他の領地の家に侵攻されたときにより多くの被害が出るからな」
鋼は一瞬だけ後ろの明奈に目を向ける、反射でお辞儀をした明奈に特に何かを述べる事はなかった。その余裕がなかったのは、さらにその後ろ迎賓館の入り口に1人、女性が姿を見せたからだ。
「何事?」
「光様!」
鋼は慌てて奨の前から走り去り、入り口に現れた八十葉家からの来賓の前へと走り、目の前で一礼する。
「申し訳ありません。お騒がせ致しました」
奨と話す時よりも、鋼はより敬意を見せる。それも当然のことで、この源家は八十葉家の傘下の言える家だ。
八十葉のお嬢様は不快そうな顔はしていない者ものの、鋼は彼女にここで起こったことの説明を始めている。奨はそれを見てため息をついた。
戦場となった場所では、源鋼と共に参じた警備員が作業を始める。
デバイスの力で破損した道が修復され始める。十数センチの深さのある痕も3秒で元通りだ。物の復元を工事を行うことなくできるテイルの有益な使い方の一つと言えるだろう。
明奈も頭が働くようになり、口が自然に動き始める。
「外の世界は厳しいと、ずっと教えられてきました。だけど、こうも簡単に人間は殺される。やっぱり、人間だとただ生を全うすることも許されない。嫌だな……」
すべてを言い切った後、明奈は自分の立場が不服だと捉えられる失言をしたことに気が付き、すぐに『ごめんなさい』と謝罪。
奨はそれを否定はしなかった。
「多くの人間は〈人〉の支配の中で〈人〉のために働いている。その対価として、〈人〉側が戦いから彼らを守っている。そうやって生存の仕組みができているのは事実だ」
そんな彼女の中にある価値観を否定はせず、そこに付け加えるように
「ただ、世の中は広い。倭という小さな島国の中でもそれ以外の生き方をしている奴もいる。俺達のようにな」
一方で世間知らずの義妹へ向けて、明人がウインクをしながら告げる。
「何を格好つけてる」
奨がツッコミを入れた。明人は口をわざとらしくとがらせる。
「いいだろ別にぃー。ほら、とっとと宿にいこうぜ、明奈ともっとゆっくり話したいし、疲れたし」
先ほどまで真剣な表情だった明人の気持ちの切り替えの早さが、少し可笑しくて、明奈は少し明るい気分になった。
「ちょっと待って!」
宿へ歩き出そうとした彼らを呼び止めたのは、鋼から事情を聞いた八十葉の令嬢。隣には22番もいる。22番は明奈に手を振った。
「奨くん、明人くん。今日は危ないから私のいるホテルに泊まっていきなさい」
八十葉と言えば倭の中で最も位の高い12家の1家。そんな人が一傭兵如きの名前を呼ぶなどということはあり得ない。鋼も先ほど見せた鬼神の如き顔からは想像もつかないような驚愕の表情になった。
そしてそれに驚かない2人。明奈は主2人が八十葉様と面識があることを察する。
「お誘いのところ申し訳ないが、今日のところはこれで。また近々ご挨拶に伺いますので」
誘いをはっきりと断り、背を向けて歩き出す。明奈もそれについて行った。
荒事を終えてようやくたどり着いた場所は、どちらかと言えばホテルと言うより借家と言った方がいいかもしれない。
倭の国が木造建築を主体としていた遥か昔から集合住宅として存在していた長屋の一室を真似た部屋。
2階建てで1階が広間、2階に寝室があるだけの簡素な作りの部屋で、戸を開けたらすぐそこに四畳半の畳が広がっている。
もちろん何もかもが昔の様相を見せているわけではない。キッチンはさすがに最近代のものが設置されているし、寝具も質素なものではなくこの島で作られる中でも高級な敷布団と掛布団が用意されている。
二階には作業用の机が用意された洋室になっていて、両階共に天上には部屋に調和するような見目の照明が完備されている。さらに、この借家のすぐ近くには温泉を楽しめる浴場施設も存在するため、休みをとるための施設としての不足はない。
「ものが少ないな……」
文句を言う明人に奨は、
「何も分かってないなお前。とりあえずその布団敷いて寝っ転がってみろ」
と帰って早々睡眠を勧めた。
先ほどから相当眠かった様子を見せていた明人は迷うことなく敷布団を広げそこに寝そべった。明人の顔に自然と笑みが浮かんでいる。
「おお! これは、人をだめにするヤツ!」
「だろ?」
旅をしていると言うだけあり、宿に入った後の動きは素早かった。明人は掛布団を手にとり己の上にかけると、すぐに横になり寝息を立て始める。が、なぜかすぐに起きた。
「いかん。明奈がいるんだった」
この後どうすればいいか分からないままの明奈が入り口で立ち尽くしている。
奨は先に二階へと上り、部屋を隅々とチェックしている。監視カメラや爆発物等の危険物を警戒していて、明奈に構っている余裕はない。
故に明奈を案内するのは明人の役目なのだ。
「明奈、今日はもう寝よう。ほらおいで。気持ちいいぞ」
「え……でも、私が主様……いえ、先輩の隣では恐れ多いです」
「にゃんで?」
完全にお休みモードに入った明人は既に口調もおかしくなっている。すぐにでも横になりたいという欲求がひしひしと明奈に伝わっていた。明奈にとっては主の快眠を邪魔するのは憚られる行為のため、自分が隣に行くこともためらいを感じている。
そこに2階から降りてきた奨が、寝ぼけている明人に言う。
「おい変態」
「変態だと?」
「当たり前だ。年頃の女の子を隣に寝かせようなんてしといてとぼけるな。明奈は上だ。点検は全部俺がやっといたから、お前が布団を上に持っていってやれ」
あくびをしながら立ち上がり、明奈に近づくと、
「じゃあ、二階、見に行ってみようか」
と手を勝手に握り、二階へと引っ張っていく明人。あまりにためらいのない行動に、明奈はさらに困惑する。
2階の洋風の部屋は、作業机と二段式のベッドが一つだけ。これも時代を考えれば当然で、細かいものはすべてテイルを使って、その場で作りだせばよい。
さすがに手伝えるところは手伝おうと、布団の運搬をやろうと立候補したものの、明人は女の子に持たせるなどあってはならないと頑なに譲ろうとしなかった。
明奈はまたも主である明人に仕事をさせてしまい、後ろめたさが心に残る。
「そう言えば君のデバイスはあるか? 女の子だからネックレス型か指輪型だろうけど」
「あの、支給品は卒業と共に返却するので」
「じゃ、明日君のデバイスを見に行こうか。生活もままならないからな。今日は寝間着はないが我慢してくれ。さすがに女の子の服を俺は作れないからなぁ」
語る明人の顔は少し嬉しそうだったのが、明奈には印象的だった。
「あの、何かあれば私にお申し付けください。どんなことでも手伝います」
「え……ああ。もしかして、あの戦闘で前に出ようと思ったのもそれで。いやまだいいんだよ」
「でも、主様に奉仕をするのは買われた身として当然のことです」
「まあ、そう気にするなって。もう寝な」
足早にその部屋を去る明人。
(なんで、『まだいい』、なのかな……?)
明奈は部屋に1人取り残されて、仕事を拒否された理由が分からなかった。
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