第2話 her name is …「彼女の名前は」
2人に連れられ、館の入り口近くで3人だけになった。40番の方に振り返る2人の主に、最初の挨拶をしようと口を開こうとした。
しかし、最初に何を言うべきかを考えて始めの一言が出ない。その間に話の切り出しをされてしまうことになった。
「この子の呼び名を決めないとな」
「マジでこの子名前ないの?」
2人の間に上下関係はなく、友人に近い間柄であることを示していた。
「ここの子供たちは、卒業して名前を与えられ、1人の人間として認められる」
「うわ……厳し」
40番は自分ではそう思ったことはなく、少し驚いた。番号で呼ばれていても困ることはなかったし、しっかりとした生活環境と十分な栄養を与えられていた。寮生活や学校生活で冷遇されている印象は持たなかった。
「何かいい案はあるか? 明人。ちなみに俺はもう決めてる。明るいに奈良の『奈』で
「は、はぁ?」
奨の唐突な提案に、明人が思いっきり口をあけ、疑問符を発音せんばかりの大声をフロアに聞かせる。
「可愛い妹分だと思って」
「お前、この前の覚えてたのか。明奈……彼女の前で」
「顔がにやけてるぞ。嫌そうなじゃないな?」
「く……」
してやられた、と明人は悔しそうな顔をする。
(アキナ……アキナ……。悪くない響きかも)
「私を雇っていただき、ありがとうございます。明奈、そのお名前賜ります。主様」
学校で習ったように、40番改め明奈は自分に名前を付けてくれたことへお礼を申し上げた。
「主か……、しっくりこないな」
明人が難色を示す表情を見せ、明奈は名前の件よりも驚いた。
(買ってくれた人の呼び名はこうしろって言われてたけど、だめだったのかな……)
早速源閃『習ったことが通じない』という忠告が的中。明奈はこのような時に何も考えつかない自分の無知が少し恥ずかしくなる。
その様子は失敗を犯してしまった時のように深刻な顔で、それを見た明人はすぐに明奈へ要望を出した。
「俺のことは先輩って呼ぶのがいいかな? なあ、奨?」
「明人。それはお前の願望じゃないか?」
「いいじゃんか。ため口は難しいだろうし、奨だって悪い気分じゃないだろ」
期待の眼差しを向けられ、明奈は試しに読んでみることに。
「あ、明人先輩?」
「お、イイねぇ」
にやけ顔になった明人に奨は呆れたのかため息。それでも呼び名を変えようと提案することはなかった。
戦闘を奨が歩き再び3人で歩き出す。明奈から話を切り出すのは難しいだろう、と先輩2人は積極的に話をする。
「学校ではどんなことを習ったんだ? 俺よく知らなくてさ」
「明人先輩は学校の出身ではないのですか?」
「ああ。俺もこいつもちょっと特殊でさ。そういう学校には行ったことないんだ」
「えーっと。主様にお仕えするのに必要な知識は多く学びました。マナーとか家事とか、言葉遣いとか。でも、一番は戦いが起こった際での対応の訓練でした。命を賭してお守りできるように」
「へぇ……ナルホド。それは、連中に気に入られそうな」
明奈は気を遣わせてしまっているようで申し訳なさが心にあったが、気にしないでいいという明人の好意を無下にはできないと、下手な気遣いはやめておくことに。
「聞いてばかりじゃなくて俺らのことも言うか。俺は人捜しの旅をしていてな」
話題は変わり、各地を巡っている理由が主だった。それはこれから従者になる明奈にも必要な情報共有でもあった。
「6年前に誘拐された友達を探している。明人とはその旅の途中で出会って道連れにしてる」
奨が静かに語る旅の目的。その中でも誘拐というワードは印象的で、明奈に馴染みはなくイメージはし辛い。
「この島は防備は上出来だから誘拐などめったにないんだろう。孤島という地理条件。島を覆う結界。練度の高い守衛。敵に回せばあの源鋼と閃を相手にすることになるプレッシャーもある」
「閃様は有名なのですか?」
「明奈は、源家が神戸に首都を置く中国地方の東方の支配者。八十葉家の臣下の家だということは知っているか?」
明奈は頭を横に振る。
一番古い記憶を辿っても、すでに明奈は学校で寮生活をしていた。そんな彼女にとって学校で習ったことがすべてであり、そこで学べなかったことは知る由もなかった。
早々にそれを察した奨は一言。
「売る可能性を考えて余計な事情を話さない。徹底してるな」
明人は『すげー』と声に出して感心の意を示す。
「外のことをいろいろと教えてやる必要はありそうかな」
迎賓館から出る。入るときは綺麗な桜並木があったこの一本道。明奈は再び見ることができると密かな期待を募らせた。
一歩先を行く奨の歩が止まる。
ちょうど奨の真後ろを歩いていた明奈は先の景色をまだ見れていない。なぜ止まったのか理解ができなかった。
隣を歩いていた先輩が先ほどとは変わってすごい剣幕になっているのを見て、明奈はただ事ではないことを察する。
明奈は隠れていた前の光景を見た。
――怖い怖い怖い気持ち悪い怖い怖い酷い怖い怖い――
目に映ったたった1枚の絵。突如押し寄せてくるのは、あまりに歪なものを見た時の嫌悪感。体全身に棘でも刺されているかのように、びりびりと針が突き刺さる。
桜の木はそのほとんどが破壊されずたずたに。そして何よりあんなにきれいだった道は酷く荒れて、綺麗だった道のほとんどが赤く染まっている。
屍を除け、館から出たばかりの3人を睨みつけるのは仮面で顔全部を覆った男。
「明人、明奈をみててやれ」
「ああ。……大丈夫か明奈?」
「だ、大丈夫です」
明奈が混乱せず耐えられているのは、単にそういう訓練を受けてきているから。
本物の惨殺の光景を見るのは初めてで、映像や偽装光景とは違う生生しさに圧倒されてはいる。それでも学校で同等に酷い光景を見せられてきた記憶があって発狂はしなかった。
明人は、少し震えてなお強がっている明奈の様子を注視する。対し、明奈の面倒見を明人に委ねた奨はこの惨劇の作者に向き合った。
「ここで人間狩りとは、野蛮だな」
「俺達が〈人〉だと知っての挑発か。いいぞ、活きのいい人間を手に入れる機会を逃すはずがない」
空気が冷えていく。それは雰囲気というわけではない本当に気温がどんどんと下がり始めていた。
〈人〉。明奈もその言葉なら習ったことがある。テイルが生み出した人間の進化体の総称。人間と同じ姿を持ちながら、人間よりもあらゆる能力において優れる。
それ故に人間を支配、管理する権力者。自分達を育てた源家も同類で偉い存在なのだと、明奈はずっと聞かされていた。
「人間差別主義の出身か」
「お前、人間だな?」
明奈の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。嘘だ、と思ったが奨も明人も否定はしなかった。
「雰囲気で分かる。お前もこの転がっているゴミと同じか? 〈人〉と共存できるなんて馬鹿を言う夢想家か」
「八十葉家を理念を忠臣の治める領内で蔑むとは、大きく出たな」
「お前達人間は俺達〈人〉にとって道具だ。使い潰されるだけ幸せだと思えない不良品は捨てるに限る」
「飢えず、強く、充実しているくせに、人間を支配しては、正義が違うだけで他家と戦争。犠牲になるのはお前らのいう下等生物。感謝してほしいくらいだがな?」
「奴隷や兵器にしても、テイルを生み出すエネルギー源として食ってもいい。人間はいくらいても使いようがある。俺達は偽善者を殺すために道具が要るからな」
男の周りに人型の氷が10を超えて現れる。その腕の部分が刃となっていて、二足で立ち上がりゆっくりと動き始める。
「だが使えば減る。ならば手に入れなければならない。源家はこの時期活きがいい人間が多いからな」
そしてその男は不敵に笑った。
「弱者強者に屈服し縋るしか生きる道はない。この世界は弱肉強食。弱い人間はどうあれ、俺達に生死をゆだねる他はない」
明らかな敵意。明奈は迫る吐き気を気合で押さえ、その足は自然と前に出ていた。
源家の教育の賜物だ。主を守るための盾のなるのは、自分の意志とは関係のない仕事だ。どのような脅威を前にしても体が勝手に動いて主を守るために働く。
しかし、強い力で押さえつけられた。
「え、なんで。私、主様、いえ先輩を守らなくちゃ……」
「君は俺達が受け取った大切な子だ。ここは任せてくれ」
大切な子。
明奈は、そう言われたのは初めてだった。たとえ御世辞で言っているのでも、その言葉はあまりに衝撃で、動き出していた足が止まる。
明奈と明人の様子を振り返って確認した奨。明人が頷くのを見て、再び男の方を見る。
その右手に武器が握られた。黒の持ち手と一尺ほどの鋼の刃で構成された短刀。それは奨の右手に着けられたデバイスの力で、奨が想像で生み出したものだ。
「抵抗する気か?」
「俺達も、明奈も、まだ死ぬわけにはいかない。俺達はまだ始まったばかりなんだ」
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