Ⅰ girl was left behind 「1章 戦いと思慕で恋色に彩られる」

1 運命の出会い

第1話 meeting in graduation ceremony 「3月14日 卒業式での出会い」

 13歳になった冬を越して春がやってきた。


「島の西に、こんなきれいなところがあったんだ」


 生徒番号40番の彼女は、同級生2人と横並び、道幅20メートルの広い石畳の上を歩いている。灰色の下地に簡単な装飾がされた制服は隣を歩く同級生とお揃い。


 夜。照明に照らされ真っすぐと続く道沿いに八分咲きの桜の木が並んでいる。それは彼女たちが過ごしていた場所にはなかった絶景だった。


 向かう先には高貴な来賓をもてなすための建物がある。彩色が派手ではなくとも一目見て圧倒される美しい宮殿。今日そこで、40番は隣にいる22番と39番と一緒に卒業式に参加する予定となっている。


「楽しみ。この日のためにずっと頑張ってきたんだから」


 22番の女子は40番と対照的なロングヘア―で色は藍色に近い。自信に満ちた顔は今日も健在だった。


「よくそんなこと言えるね。不安じゃないの?」


 40番の右、39番の男子は気弱な性格がそのまま表情にも現れていて、緊張で声が震えている。


「悲観的になったってしょうがないでしょ。あなたはいつもそう」


「グループワークの時のこと? それとは違うよ。今日は大事な式なんだよ」


「40を見習いなさいよ。堂々としてしてるでしょ」


 40番に2人の視線が集まる。自分を見つめる同級生が自分のコメントを期待していることを理解して、今の思いを率直に言葉にした。


「ここはいい景色。2人と見れたのは、私の人生の中で1番の思い出になる」


 少し唇の端を吊り上げながら語るその顔は、それでも笑っていなかった。


「1番の思い出って……これからは島を出ていろいろなことがあるんだよ?」


「外に出ても私の運命は決まってる。3人でこうして綺麗なのを見て話せるのは嬉しい。これは、誰かに強制されてない私らしい感情だから」


 40番の言葉に2人は反論はしなかった。


「まあ確かに。こうして最後に3人で歩けるとは思わなかった。先生に感謝だ」


 そんな話の折、まるで機会を窺ったかのように、彼女たちの後ろから声が届く。


「3人とも」


 ちょうど話に出てきた先生その人。16歳という若さで包容力を感じさせる佇まいは、先生という職業柄が故かもしれない。


 紫の瞳に見つめられると、40番はそれだけで暖かな風が流れたかのように感じた。


 倭によく見られる黒髪、肩まで流れるセミロングの髪の一部をサイドテールでまとめているのがチャームポイント。背はそれなりに高く165センチもあれば、今の3人にとって先生はとても大人びているように見えるものだ。 


「22番。39番。40番。卒業式前だったのに、教室掃除のお手伝いありがとうね」


 最初に頭を撫でられた22番は、

「どういたしまして。せんせー」

 とにっこり笑みを浮かべた。


 続けて39番、そして40番の頭に手を優しく添える。彼女は学校の中でも随一で優しい先生であったことに違いない。


 彼女の担当授業は人柄から非常に人気があり、寮生活のサポートで積極的に授業以外でも関わっていたため、40番たちにとって一番身近に感じる先生でもあった。


「春。その辺にしておけ。そろそろ式も始まる」


 彼女を諫めたのは18歳にして彼女の学年の教育責任者を務める男。源閃みなもと せん。この海上の孤島で養成学校を経営する華族、源家の次期当主。


 背高で細身ながら深海のような瞳と鋭い目つき、そして力を誇示する帯刀した姿を見れば、ただ者ではないのは見て分かることだ。


「40番。不愉快な顔をしているな」


 名指しされ、40番は心臓がドキンと跳ねるような錯覚をする。怒られる、そう思い身構えた。そんな彼女にとっては意外にも、向けられた言葉は予想とは違った。


「悲観的なお前のことだ。希望なんてないと諦めているのだろう。笑いなさい。自分を偽ることも前へ進むには必要だ」


 閃が春に目配せをする。それだけで何を言おうとしていたのか察した春は頷き、目を閉じた。彼女の左腕にある腕輪が白金に光り、手の平に3輪の白い花が現れる。


 万能粒子テイル。生物の想像に強い影響を受けて形や性質を自由に変えることができる魔法のような粒子。この粒子と小型機械『デバイス』の存在により、己の想像を無から具現化する神の如き力を世の誰しもが行使できる。


 制服の襟に優しくつけられた花は頬を撫で、卒業生の3人に生気を感じさせるしっとりとした感触が伝わった。


「会場では言えないからここで。卒業おめでとう。22、39、40」


 閃は隣で頷き、初めて3人に笑顔を見せた。






 迎賓館の内装は、整然とした外観と違い正に豪華絢爛と呼ぶにふさわしい。床はレッドカーペット。シャンデリアや金の装飾がどこを見ても視界に入る。


 源家養成学校卒業式典。会場となる地下宴会場の前方には横向きで大きく書かれた文字があり、その下で緊張の面持ちになっている源閃の姿があった。


 会場の端で卒業生が整列する中、40番もその中で背筋を伸ばし待機している。


 卒業生が真っすぐ見る視線の先、会場に訪れた来賓は子供には眩しすぎる輝かしい正装で着飾る高貴な方々。


 彼らは会場に着いてすぐに、卒業生をじっくりと眺めて、空いている場所で用意された食事を楽しみながら式典の始まりを待っている。


「ご来賓の方へ。式中は私語はご遠慮ください。また入退場については必ず入り口のオフィサーに御申し上げください」


 老若男女、来賓の種類は様々。それでも誰もが会場の雰囲気に負けないほどの威厳ある人物であることは、一見して窺えることだった。


 ただ事ではないこれからのイベントを前に、40番は緊張はしていない。それは諦観というのが一番しっくりくると自覚している。


「すごい。僕らでも知ってる有名な〈人〉もいる。あれって八十葉様かな」


 会場にこれほどまでに八十葉様をはじめとする権力者が集まるのは、珍しい光景ではある。このイベントがいかに凄いものかを察することができる瞬間だ。


 入り口のドアは閉まるとすぐ式が始まった。それからの時間の動きは、式の中身に興味のない40番にとって、速く過ぎ去っていくように感じられる。


 来賓のご挨拶。源家当主代理より卒業生代表の22番へ卒業証明書が手渡され、生徒代表の言葉を述べる。自分達が受けてきた教育のプログラムの振り返りと来賓への解説。


 1時間以上はあったはずの式は終わり、40番の時間の流れを元に戻すのは、源閃が放った、次の一言。


「これより、引き渡しを始めます。番号を呼ばれた生徒は壇上へ。また番号に縁のある方もご登壇お願いいたします。22番」


 参加者全員が注目しやすい会場前方、呼ばれた生徒と『縁のある方』が壇上で向かい合う。


 その『縁のある方』が壇上に出た途端、近い場所でその様子を見守る来賓の数人の会話が、待機中の40番の耳に聞こえてきた。


「意外だな。八十葉様が臣下の家からお金を出して買うのか」


「差別主義の人間狩りや悪霊の発生も活発になってきている。さらに近頃は不審なテロリストも出ている。臣下の売り物に手を出してでも優秀な人間の働き手を確保したい気持ちは、分からなくもない」


 壇上では22番を買ったという購入者の説明が行われていた。壇上にいるのはまだ成人に満たない次期当主の女性。


 山吹色のしなやかな長髪は腰まで伸び、微笑みながら22番と対面する様子、18歳という若さで他者を魅了する優雅な見た目と立ち振る舞いは、育ちの良さの表れだった。


「我ら源家を従える上位家に選ばれた栄誉。決して裏切ることないように」


「よろしくね」


 22番はとても嬉しそうに意気込みを語った。


「はい! これよりはこの身。八十葉家に捧げます!」 


 大きな拍手が沸き上がる。子供の新たな旅立ちの時を多くの来賓が祝福しているのだ。

 

 40番も近くで彼女が良い家の働き手になりたいからずっと成績を維持して頑張っていたのを知っている。その夢を叶え、源家よりも偉い家に就職が決まった彼女に素直な祝福の気持ちを表すことに躊躇いはない。


「40番」


 続けて自分が呼ばれたことに驚きを隠せず、

「ひゃい!」

 裏返った声で40番は返事をすることに。


 ため息をつき呆れる壇上の恩師、そして失笑を隠せない来賓のクスクスと笑う声に、恥ずかしくなり顔がほてる。


 40番は重く感じる足を頑張って動かし壇上へと上がった。途中つまづいて転びそうになったのを春先生に支えてもらって、いよいよ自分の番が来る。


 目の前には男が2人。今回の参加者は若者が多いのか、比較的若い春先生と同じくらいの歳だった。


 そのうちの1人が40番に話しかける。


「よろしくな。俺は須藤明人すどう あきと。デバイスエンジニアだ。今日から俺と後ろ」


 司会が咳ばらいをする。元々、購入者の紹介を彼がする流れだった。


「あ……すんません」


 引き下がった2人を見て閃は紹介を始めた。40番は真っすぐ2人を見る。


 右の人間は身長は170センチ後半、黒のクセのない髪色と中性的な美しさの顔。その一方、向かい合うと気圧されそうになるほど目つきが鋭く、体は細いながら節々を見るとがっちりしていて、彼が男性であることを示していた。


 もう1人の男は、黒に近いブラウンの髪色で少し髪先がツンツンしている。背の高さは隣と同じながらそれほど鍛えている様子ではなく、顔も怖さはない。先ほどの言動も踏まえると堅い人ではないことが分かった。


「右が太刀川奨たちかわ しょう様。左が須藤明人様だ。2人は事情があり各地を旅する傭兵だ。珍しい立場故、これまで学んだ知識が生かしにくいかもしれん」


 経歴を聞き40番は首を傾げる。子供を買うのはどこかの華族様だという先入観があり、このような相手を想定はしていなかった。


 学校で習ったのは領地を持つ華族の使用人になったときの身の振る舞い方。旅する傭兵を相手にどうお仕えすればいいのか、40番は皆目見当もつかない。


「だが、今日からはこの方たちがお前の主だ。恥じない働きをするようにな」


 待ってましたとばかりに、須藤明人が40番へと手を伸ばす。


「行こう。話したいことがいろいろあるんだ」

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