Against 〈human〉:『想像/創造』世界の神を墜とす恋色の蝶

とざきとおる

prologue

傭兵『太刀川明奈』

 山を緑に染める林が続く土地で、神社の鳥居をくぐる少女が1人。


 足元から堅い感触を返してくる石造りの道を、足音をたてないようにゆっくりと歩いていく。


 風が吹き、セミショートの髪はかすかに揺れる。やや幼さが残る顔は、風情ある建物を観光するにしてはあまりにも殺意に満ちて異様だった。


 彼女は紅い蝶が近くを舞うのを見て、

(春か。もう2年も経ったんだなぁ……)

 時の巡りを実感せずにはいられない。

 

(先輩が好き。その気持ちはあの頃から変わらない)


 先輩のためならどうなっても構わない。そう、2人の恩人を慕い続けている。彼らからもらった『太刀川明奈たちかわ あきな』を名乗れるだけで、今も自然と笑みがこぼれるくらいに。


 きっと喜んでくれると思うから、今日も先輩にとっての悪と戦う。そして、いつか必ず、あの女神を殺す。


 ――今の彼女は、楽しそうに笑っていた。






「女神の命は芽吹きを迎えました。世を照らす奇跡を思い浮かべ救世を願いましょう。想像とは創造。祈りは現実へと変わり、女神の血肉となって完成へ至ります」


 社の前で信徒は並び、神官の前で手を合わせて目を閉じ老若男女問わず経を唱える。


 僧の役割は18歳くらいの青年が担っていた。


 明奈にはそれを静観するという選択肢はない。あれは先輩の敵であり、敵の力を増すために行う儀式だから。


 右手に着けた指輪に意識を向け目を閉じる。片手で持てる拳銃。光弾を中で生成して射撃する、現代ではスタンダードなタイプの銃。それを手に持っている己を想像した。


 万能粒子『テイル』が存在するのがこの世界では、想像力こそが力。


 頭の中でイメージが完璧に完成したものは、テイルによって現実で形となり、現実において扱うことが可能となる。


 次に目を開けた時には、想像した通りの代物が右手に握られていた。同じ方法で左手の中に、黒い柄の短刀を創り出す。


 息を整え、銃口を敵に向けて狙いを定める。


 標的は中央の神官。


 息と整え狙いすまし――人差し指に力を入れた。


 聞き慣れた炸裂音が場に響く。放たれた紫の光の筋が、厳粛な空間に一瞬直線を引き、神官の心臓を貫通した。


「が……!」


 祈りを捧げていた多くの人々が、するはずのない異音を聞き、目の前で起こった殺人を見て、混乱し始める。


「皆様、どうか、社の中へと避難を……!」


 恐怖に震えていてもこの神官の存在があるからか、発狂する人間は現れなかった。敵である神官は己を穿った害なる存在を視界に入れる。


「我々を恨む少女がいるらしいと聞いていたが、こんな僻地にまで」


 万能粒子は特別な力ではなく、この世界のだれもが持つもの。神官がテイルを使いなんらかの方法で生き残ったことは言うまでもない事実だ。


 神官は左腕に着けた銀色の腕輪を見せびらかした。自慢ではない。挑発だ。


「正義の味方を装う必要はないぞ? この腕輪。人間を神へと変えうる奇跡を、お前の師匠は許せなかった。故にお前も我々を狙う。遍くの救いになりえる希望を、お前は憧れで盲目にも滅ぼす悪」


「黙れ。それで先輩と私は不幸になった。だから、その悪を私は滅ぼす」


 銃口を向けた。




 


 瞬間。明奈の左手にあったはずの銃が弾き飛ばされた。






 神官の仕業だ。間はたった一瞬で、既に彼女の目の前にいる。


「喜べ少女よ。我らが神に狂い果てたお前の救済を乞おう」


 その手に一本の白い剣が握られている。高速の斬撃はこの男の強さが分かる一撃ではあった。


(だけど遅い)


 憧れの先輩の剣戟の方がまだ速く、重く、鋭い。そこに至っていないのなら、自分ができる限りの速さで迎えればいい。彼女は自分に言い聞かせる。


 短刀と白剣が、甲高い激突音を響かせる。


 相手に特別な感情はない。ただ敵を屠ることだけに意識を傾けた静かな殺意を向けるのみ。


 迎え撃つ明奈は、突き出される連続の刺突を、躱し、さばきながら後ろへと距離をとり、跳躍でさらに離した。


「動くな」


「……ぇ?」


 その言葉と共に足がまるで石になってしまったかのように動かなくなる。上半身は動くものの、脚が白い鎖のようなもので固められていた。


 対応に迫られた彼女は目を開けたまま、意識を集中させる。敵を穿つ巨大な鉄の棘が地面から突然迫り出し貫く。その光景を想像する。


 頭に思い描いた光景が現実となり、地面はひび割れ、そこから想像したものと同じ凶器が現れた。


「燃え尽きろ」


 棘は男に届く直前、白い炎によって燃え尽きてしまう。明奈はそれが気に入らず、舌打ちをしてしまう。


「私も想像力は豊かな方でね。対応はできる」


 男は剣を構えゆっくりと近づく。


「お前を駆り立てる思慕という感情は、洗脳より厄介だ。『普通』の子供らしく生きていれば、まだ幸せだっただろう」


 ――っ……? は? オマエラガソノ戯言ヲハクカ?――


「では、終わりだ。祈るがいい」


 自分が今何をしても対応されることを、明奈は先ほどの攻防で理解している。


 攻撃をするなら相手の意識の外から。己の意思を明確に、今手にはない凶器へと伝えた。


 相手が何かの攻撃に移行しようと剣を振り上げた時、その命令は受諾された。


 射撃音。光弾が剣を握っている神官の手に向けて放たれる。それは先ほど、弾き飛ばされ、地面に子らがった銃からだ。


「な……!」


 閃弾は手首を確実に貫き、穿った傷から赤い花を描く。持っていた剣は、支えとなっている握力を失い地面へと墜落する。


 相手の集中が途切れ。鎖が消え、足が動くようになったのを感じてすぐ、明奈は突進、隙を見せた相手へと一気に近づく。


 右から、地面と水平に短刀を振り抜き、その刃で肉を裂いた。






 男から追撃はない。勝利の後、彼女は儀式を停止させ、巻き込まれた一般人の様子を確認することに。集まっていた人間の多くは無害な人間だけだった。


 目的を達して、これ以上この場に立ち止まる必要はなく社に背を向ける。


「2年前からか。無謀な戦いを続けて何が変わる。貴様に報いなどないぞ……」


 それは転がっている男からの最期の恨み節。死に際とは思えない流暢な言葉で明奈へあわれみを向ける。


 それが、明奈にはとても気持ち悪く感じて一言残す。


「それでも、やると決めた。私の人生も、命も、そのために燃やし尽くして死ぬ」


 明奈はこの道を自分で選んだ。それは、人生の中で初めて決めた未来。


 この世界に恐怖しか感じていなかった私を導いてくれた先輩のために、恩返しとして自分ができることをやろうと。






(先輩、喜んでくれるかな)


 少し心を弾ませ、喜ぶ2人に頭を撫でてもらう妄想をしながら帰路を歩く。


 まず1つ戦果をあげられたことに少し満足しながら、帰り道、血の色にも見える紅い蝶がふわふわと飛びつづけていたのをまた見て。


 鮮明にフラッシュバックする景色があった。


 それは2年前、すべてが変わったその日。そしてそこから始まった幸せな、桜が花開いて散りきるまでの日々。


 その日々はまるで、夢のような――。

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