外伝3-終 最期の時を悟る

 機械竜に戻ってきた陽火を出迎えた瑠美は画面の中の惨状を前に感想を述べる。


「あなた。随分暴れたわね」


「強い人だった。戦いにおいても、通常の時でも。私にとっては師だったよ。将来ああなりたいものだ」


「あなたがそう言うのね。ならきっとそうなのでしょう」


 画面を消して陽火に席を譲ろうとしたが、それを陽火は拒否した。そして消えたはずの画面をずっと見続けている聡に話しかける。


「私は意外だった。お前は裏切ると思っていた」


「え……? どういうことでしょうか?」


「お前も華恋も、〈影〉の理想のために行動をしているわけじゃない。きっと裏に何かの目的があるのだろう。いずれ、裏切るつもりで」


 華恋の呼吸が少し乱れる。


「奨は巧く隠してたけど、むしろお前達はもう少しうまくやるべきだったな。まあ、子供にそんなことを言っても無理だとは思うが」


 聡は隠し通せないだろうと判断。水落が目を大きく開き何かを述べようとするところを遮り口を開く。


「……気が付いていたんですか」


「お前は、善人すぎる。いや、悪になる覚悟が足りないという意味じゃない。なんだろうな……うまく言えないが、お前は悪行に似合わない。今回それを感じた」


「なら、僕らを殺しますか?」


「いや」


 何かしらの措置がとられるかと思いきや、即答で否定されやや拍子抜けした聡は続ける言葉を失った。


 陽火はその理由をこう答えた。


「いずれにせよ。お前は〈影〉の利になるように働いた。我々は目的を達する者、その道程がいかなるものであろうと否定をするつもりはない。たとえお前が従順というわけでなくとも。それは些細なことだ」


 瑠美がそれに付け加える。


「実際に裏切った後に、呪いで心臓を潰せばいいだけだしね。あなたたちが何を考えようとも、何をしようとも、それが決定的な裏切りになるまではね」


 瑠美は立ち上がると、

「よっと仮眠室で寝てくるわ。さすがに転移するのは疲れが」

 その足で操舵室を後にする。


 陽火は気を遣われたことを自覚し、それに甘え椅子に腰を落ち着けることにした。


 水落は『さっきの話ほんと?』と聡を窺う。聡はそれに応えることはなく、ただそこに立ちつくす。


「そう言えば華恋」


 華恋を呼び、華恋が聡の方を向いたその時。


「聡! 陽火ぁあああああああああ!」


 鼓膜が破れそうなほどの声が響く。


 ここで聡は任務で普段使っていて裏切った後も付けたままだった耳の通信機の存在を思い出す。


 凄まじい音量で音漏れを起こし、陽火に至っては驚いて通信機を耳から落としてしまう。そして部屋に怒りの声が反響する。


「俺はてめえらを許さない! 裏切ったお前らは俺が必ずぶっ潰す! もっと、もっと強くなって! お前らをぶっ潰してやる!」


 天江昇が泣きながら怒っている。今の聡には彼の顔を見る術はないが、あまりに感情が籠りすぎていて、音が時々割れているが何とか聞き取れるレベルだった。


「だから!」


 そこで割り込んでくるもう1つの声。


「私が殺しに行くまで待ってろ! クソ野郎ども!」


 そこで通信が途切れた。普段はクールな分、初めて聞いた季里の怒声と昇の影響を受けて出ただろう台詞は、昇の怒りよりもすさまじい傷を聡に残した。


 陽火はただ不敵に笑い、

「望むところだ。お前たちにはその資格がある」

 そこで静かに目を閉じる。


 聡はその声を正面から受け止めてゆっくり頭の中で反響させた。


(そう。クソ野郎、今の僕に似合いの言葉だ)


 聡は何も言わず罪を認めた。


 悔しいとも、悲しいとも思わない。それは自分にふさわしい、強欲を貫き続けて、秩序に反してきた末路の自分の称号。


(クソ野郎。そうだとも、僕は、どうしようもないクソ野郎だ)


 華恋が聡の顔を覗き込む。そして少し安堵の表情で聡に語り掛けた。


「なんだ、覚悟はできてるのね。安心した」


 聡は暗い顔になっていなかった。むしろその目には強い意志が宿ったかのように、ただ一点を真っすぐ見つめている。


「クソ野郎だって」


「今更だよ。僕は、とんだ悪人だ。自分の欲望のために何もかもを裏切ってるんだから」


「そうね。でも、私のことは裏切らなくて安心した」


 華恋は聡のデバイスに1通のメッセージを送る。


「なら、もう伝えるわね。次の作戦よ」


 その言葉を聞き、聡は心を入れ替える。天城領の昨日までの自分を置いて行き、そしてこの事件の痕に最後の自分の良心を今捨てた。


「……京都?」


 次の瞬間には、聡の頭には、裏切りのことなどなかった。ただ自分が悪であるという自覚


「ええ。始まる。〈影〉の言う〈人〉の終わりを始める戦いが」


「そうか……それで、いよいよ僕らも?」


「ええ。春隊と他の隊の幹部は京都を制圧する作戦に参加することになった。だからきっと、状況が差し迫れば、絶対に和幸さんは出てくる」


「そうか。ようやく。罰してもらえる。終わらせてもらえる。あの人の手で」


 和幸と言うのは、京都を守る軍に所属している、本当は聡の師匠になるべき男のこと。聡は己の命の最期に、その人に罰してもらいたいとずっと願ってきた。


「華恋は」


「私も、大丈夫。京都には12家の当主や本家の人間が集まるって噂よ。〈影〉を倒すために。だから、私の主様も、そこに来る」


 そして華恋がずっと会いたかった主とは、九州地方の旧兵庫ヲ支配する八十葉家の現当主、八十葉光のこと。華恋もまた己の最期にその人に会い謝ることをずっと目的に生きてきた。


 その願いがついに叶おうとしているのだ。


 気持ちの高ぶりを抑えきれず狂喜の笑みを浮かべる。


「明奈も、来るのかな?」


「……さぁ? でも、もしあったらどうするの?」


「その時は……」


 答えに迷い、聡はその件を保留にする。自分にとってももはや少ない友人の1人。


 向こうはそう思っていないかもしれないし、忘れているかもしれないけど、いつか3人で言った『この3人が集まれば何か成し遂げられるかもね』という他愛ない言葉を今でも覚えている。


「もう向かってるの? この龍で?」


「いいえ。いったん帰ってからだって。京都に出発するのは」


「そうか」


 聡は華恋を置いて、部屋の外へと出た。


 向かう先は機械竜の上だ。






 風が吹いている。逆風だ。


 空を高速で動いているのだから当然だろう。自分に常に自分にかかる衝撃や圧力を緩和する〈抗衝〉を起動してなければ簡単に吹き飛ばされる。


 今はたった1人。


 ようやくここで、聡は涙を流した。


 堕ちるところまで墜ちてしまい、人間の屑となった自分の身を顧みて、言葉にはしなくとも、もはや救いのない自分をあざ笑った。


 仕方なかったなどとは言わない。


 何度も言うが、正義の味方になりたければ死ねばよかった。それを、己の命可愛さと自分の欲望のために生き残ったのは自分の決断だ。


 もう自分に追い風が吹くことはない。


 そして行く末路に救いなどない。


 〈影〉は女神を誕生させるまで止まらない。自分も歩くこの神へ至る道はもうすぐそのゴールへと辿り着こうとしている。


 それを成し遂げようとしているのが、18歳以下の『元』人間の少年少女なのだから、今でも聡は、この組織の恐ろしさを痛感している。


 強く、信念は堅く、そして女神になろうとしている春の強固な信念と、増え続ける彼女の信者との絆が、もうすぐその研いできた牙で倭の全てを食らおうとしている。


 自分もまたその1人なのだ。たとえ心の中で何を思ってたとしても。


 どうしてこうなったのだろう。


 この自問は答えが出ないまま、今日で最後にすることにした。


 自分はクソ野郎だという結論は出た。後はこのまま悪として断罪されるか、しれっと悪として未来を拓くしかない。


 デバイスに新しいメッセージが届く。


 それは太刀川奨からだった。


『久しぶりだな。作戦が終わったと聞いた。大丈夫か? ……お前に今その質問は失礼だったな。でもどうしても訊いておきたかった。後で教えてくれ。こちらも1つ報告がある。3か月前、明人が目を覚ました。2年間どんな悪夢に晒されてたか分からないが、頭が冴えているらしい。呪いの部分的な解析に成功して、呪いの自動発動を防ぐお守りを俺に託した。アイツは明奈の捜索と呪いの完全解除の方法を解析するための設備を探すため今はもう旅立った。一応腕輪の負荷に耐えられず死んだ設定だから話を合わせてくれよ。おまえも戻ってきたらお守りをもらいに来い。恨むなら俺を恨め。お前に耐えろと言ったのは俺だ。俺が全て、責任を取る』 


「……恨むだなんて。そんなことないですよ」


 聡はメッセージへの感謝を呟き、デバイス了解と自分の無事を伝える返信を打った。


「……ただ、強いて言うなら、すこし、呪いを解く進展が少し遅かったかもしれません。僕は――もう諦めました。自分が、元に戻ることを」


 




 実は聡を心配し、後ろからその後をつけていた華恋。


 聡の独り言が風に乗って運ばれ彼女の耳に届いたとき、彼女もまた、

「そうだね……。一緒に死のう? 主様の前で」

 少し微笑みながら自分の最期を悟っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る