外伝3-23 〈影〉。滅びるべき世界の敵。

 天を走る炎と白銀。


 陽火から先に放たれたものよりさらに数段火力を上げた炎が解放された。夜空を赤く染め上げ、地上に流れてきては、地面を穿ち、そして割り、穏やかな農業地帯を地獄へと変えていく。一撃、一撃があらゆる生物、無機物を燃やし尽くし、灰すら残さない絶望の業火だった。


 天樹家の龍はそれでも墜ちない。


 やがて地上を死地へと変えた炎の竜へと追いつき、己の持つ光は天上の星の輝きをかき消すほどに光を増して、燃え上がる炎と再び相まみえた。


 天龍と炎竜の雌雄を決する激突は、遥か彼方で行われているはずなのに、もう遠くを飛ぶ機械の龍の中の〈影〉の少年へ、あるいは地上でその戦いを見る弟子の心を震わせる衝撃だった。


 互いに引けない。戦っている2人が出す力は、正に己の生涯と信念をかけたぶつかり合いだった。


 陽火は鮮やかな深緋の炎を槍から放ち、刃に多量に送り込む。大きく膨張し圧縮されている炎は、槍を柄に凄まじい大きさの炎刃を作りあげ、まるで大剣のようになったそれを振るう。


 密となり安定していた炎は振るわれることでその安定を失い、圧縮された炎が放たれることになった。さながら竜の咆哮の如き轟音、それと共に地上にいる者の視界を再び炎で染め上げていく。


 火炎の大激流をまともに正面から受け、オーラを纏ってなお肌が焦げ始めたトメ。

 それでも死ぬことはなく、己の手に自身の持つエネルギーを集約させる。陽火が先ほど炎の大剣を作ったのならば、トメが今想像して、己のオーラで作りあげたのは、炎上の中でなお輝く光の長剣、〈天龍刃尾〉。


 あらゆる闇を飲み込む炎を中央から斬り裂き、陽火へと光の大剣を振り下ろす。


 本来〈天龍解放〉によって発生するのは、トメを覆う白のエネルギーのみ。今の巨大な剣はトメが想像して創りあげたものだ。戦闘の中で自在に己の戦い方を編み出し実行に移せるのは、トメの長いテイルを用いた戦闘経験の多さの表れだった。


 輝きの一太刀をその身に受けた陽火は後ろへと炎で推進して、受ける衝撃を軽減することで己にかかるダメージを抑えた。


 トメは追撃のため、さらに想像した。陽火を追い、そして食らう存在を。


 その手の内から白い光球を発生し、その光は膨張して形を変えていく。白銀の龍の姿となりトメの想像した通りの行動で陽火に食らいついた。破壊の光で模られた龍の牙が体に食い込みながら陽火を覆う炎を一気に噛み圧し潰しながら墜落する。


 地面に叩きつけられ、そのまま引きずられる。


 その中で陽火がトメに抱いていたのは憎しみではない。聡がそうだったように、陽火もトメには大きな恩と尊敬の意を持っていたのだ。


(ああ。あああ! すごい! なんて、すごいんだろう。この間違った世界でも、ちゃんとした強い人。本当に……)


 あの頃の自分が気が付かなかった摩耗していく莉愛がもしもこの人に出会っていれば、救われたかもしれない。


 そう思えるほどにトメの存在は偉大だったと思う。自分も、〈影〉ではなければ、一生師匠にしたい人物だと思っている。


 ただ、こうして戦っているのは譲れないものがあったから。


 天誅の果てに龍は崩れ、安定が崩れたことにより内包していた破壊力をそのまま拡散させる大爆発を起こす。


 その爆発の衝撃は1キロ離れた昇と季里の暴風となって襲い掛かるほどで、10階建ての建物を軽く超える大きさの爆炎が上がっているところを見ればトメの今の攻撃が内包していた破壊力を示している。


 ここまで宙を舞っていたトメが地上へと降り立つ。陽火の様子を窺い、未だ警戒を解くことなく自分が起こした爆発源を睨み続ける。


 爆心地から逆襲の炎が上がる。深緋の炎が煙を斬り裂き、そして災害である火砕流など温い炎の大激流が地面を暴食しながらトメを飲み込もうと。


 トメは再び己に光を纏いその炎へと突撃した。自殺行為ともそれるその蛮行であってもトメに限ってそのままの意味ではない。


 その炎の中を突っ切る。向かう先にいる女を殺すために。


「ばあちゃん!」


 遠くから声がトメに届いた。


 トメはその声に気づき自分が見落としているだろう可能性を0.3秒で探る。


(炎の外側からか……!)


 そして辺り気配を探り、感覚で上から強力な何かが自分目掛けて落ちていることを察した。


 防御態勢。自分の周りにオーラを纏い迫る攻撃に耐える。そんなトメの目の前に現れたのは緋色の炎の巨大な槍が5本。


 トメは一瞬でその槍に込められた力が、己の先ほどの白い龍に匹敵するものだと悟る。


(ああ……あんたは。これがあんたの熱か。本当に辛かった人生なんだね……!)


 負けるつもりはない。しかし、トメは驚きを隠せなかった。何がここまで彼女を動かしているもの、秘められている恐ろしい原動力は長く生きてきた中で特別恐ろしい闇だとも思う。これを超える修羅と戦ったことはあっても、こんな子供がそれに迫る悪夢を抱えているそれに何があるのか。


 もはや語る瞬間は訪れない。それだけが心残りだ。


 慈悲の心を忘れないトメに容赦ない炎槍の罰が下り、白き龍と同じだけの爆発を引き起こした。


 戦っているのは人間と〈人〉の1対1だ。そのはずでありながら、発生する大噴火の如き爆発、大規模な地形変化、およそ人が起こして良いものではなく、神の座へと片足を入れた存在が振るう暴力そのものだった。


 テイルで己の肉体の強化は不可能。決して生身の防御力が上がっているわけではなく、ナイフで刺されれば死ぬ2人が起こしているといえば信じる者はいるだろうか。2人は攻撃を相殺して己の身をバリアで守ることで、攻と防を実現している。


 その爆発を突破してトメは再び陽火へと接近する。


 トメの光を纏った拳を振るう。2回、それを陽火が躱し、反撃のひと薙ぎ。それをバックステップでトメに炎を纏った拳を汲んだ腕と天龍の光で受け止めたトメは後ろへと飛んでいく。


 追撃。槍を投擲。


「〈炎竜旋穿アグニ・レギンディ〉!」


 その槍を隕石のような熱と輝きと速さを伴って、トメの纏った龍の光に突き刺さり、直接トメにまでは届かないものの、その直前まで迫った刃と共に老兵を追い込んで行く。


「こ……の!」


 その槍を掴み、熱で肌が溶けることをいとわず、その槍を上へと弾き飛ばす。


「ん……しまった……ね」


 後ろを振りかえると目視で昇と季里が見えるところまで吹っ飛ばされていたことに気が付く。


 それ以上よそ見をしている暇はなかった。陽火が空中で漂っていた槍をキャッチする。


 その一瞬。


 陽火を隙を見たトメは構えをとる。そしてその拳の向きを陽火のいる方とし、完成された正拳を突きだす。


 その拳撃は離れた場所にいるはずの陽火に直撃した。


「ぐぁ……ぁ!」


 直接その一発を食らったかのような衝撃が体を走り、あばら骨の一部が砕かれることになった。


 〈天龍解放〉は10分しか持続できない大技であり、このまままともに戦えばその限界時間を超える。判断を終えたトメはこの一瞬を好機と捉えた。


双天龍突そうてんりゅとつ!」


 地面から巨大な光の龍を2体飛翔させて、先ほどと同じようにその口に陽火を咥え噛み潰そうと圧力をかけた。


 それが2体同時。その檻に囚われた陽火は己を炎で守りながら、抗うほかない。


「くぅ……!」


 陽火はもう動けない。


「すげえ……!」


 弟子の称賛の声が聞こえる。己の体は限界に近くとも、トメはその声を聞くだけで誇らしい気持ちになった。




 そしてその背中を見た弟子は、その光景を画面越しで見ていたもう1人の弟子が、この戦いの勝者となるだろう伝説の老兵の姿を見て感動を覚えていた。


 自分が師事したのがこんなにもすごい存在だったのかと。


「聡……夢中ね」


 画面の先、陽火の視点の映像を見ながら、


「……強くて、いい人だった。僕は裏切った」


「泣きそうな顔。やめて」


「分かってる。そんなこと」


「私たちは、裏切り者でしょ。元から。今さら、人間と同じ善の心が残っているなんて、甘えたこと思わないで」


「……華恋は……強いな」


 どうしても、心に靄がかかっている。





 決着がつく。


「やる気なのか……!」


「あんたたち、離れてな。自分で育てた弟子を自分でやるのは気が進まないが、話をする余裕も危害もない。処理するよ!」


 残ったテイルを全て捧げ、それをこれまで纏っていた光のオーラと同じものへと変換し、先ほどのように龍の形へと変え、それを己に纏うことで己自身が龍となり敵を食い消滅させる。それこそ天樹家の龍という異名が付いた理由だった。


 トメは陽火の元へと飛翔する。その身は天龍そのものとなり滅びの光を纏った天樹家の龍は、真の姿である巨龍へと変貌した。


 陽火を飲み込もうと龍は宙で今にも別の龍に呑まれそうになっているその場所へ昇っていく。あぎとを正面に、大きく開かれた体内への入り口がもうすぐそこまで差し迫った。


 敵である〈影〉の炎竜は絶望の一撃を前にただ一言。


 それは負け惜しみではなかった。





「この時を待っていました」


「何……?」


「あなたが全力で私を殺しに来るこのとき、私はその全力を潰して、完全な勝利をします」





 その時、誰しもが耳を疑っただろう。


「奥義――開錠!」


 そして目を疑っただろう。


 陽火を中心に、そこには夜にはないはずの太陽が現れた。己をかみ砕こうとしていた白い龍を一瞬で燃やし消し、夜を塗りつぶし、生物の吸う空気を死の熱波へと変えていく。


「あ……あああ!」


 季里が、そしてトメの孫である俊人が一瞬で危険を感じて口を閉じる。昇が2人を自分の炎で包み熱気を相殺する。その間に季里と俊人は呼吸器をテイルで創り出し自分の呼吸を確保する。


 しかし、余波だけで生物を殺しつくせるだけの地獄を呼び出した陽火の『奥義』。


 その本波は想像も及ばない現象が起こることだけが、誰の目にも想像できた。


 トメだけが、己に襲い掛かる最後の一撃が何たるかを察することなる。


(……よもや、ここまで……! なんて子だい……。あんなものを夢で見ていたら精神が消えるだろう……!)


 トメは己の中にある一つの過ちを認めた。〈影〉はテロリスト集団という生半可な判定で語るべき存在ではない。


 アレは、この世の理不尽でできたエラーやバグが積み重なってできてしまった、悲劇の化け物の集団であり、この世界にとっての『確かな』脅威。


 認識を改める時にはもう遅い。


 いかに龍でも太陽に突っ込めば己が存在が溶かされるのみ。今の自分はまさにそういう状態だということを自覚する。


「……ここまでか。強いねぇ、本当に」


「恐縮です」


「……聞こえるのかい?」


「はい。この状態のときは極限まで感覚を研ぎ澄ましているので。……申し訳ないですが、勝たせていただきます」


 もはや出してしまった奥義を引っ込めることはできない。


 陽火の狙いはトメが下から上へと昇それを迎撃する構造上、陽火の放つ奥義は上空から地面に向かって解放される。そうなれば地上にいる昇や季里、そして自分の孫が死ぬことは目に見えているのだ。





「……弟子と孫の前で、戦いの中で死ねるのなら、悪くない最後だねぇ……」


「私は、貴方を尊敬しています。本当の祖母のようにも、本当に……そう……思っていました。ただ、それを裏切ってでも、私は、世界を変えるのです」


「……そうかい」


「どうかあの世で、不孝者だと、私を憎んでいただければ」


「そんなことはしないさ。ただ、一つ聞かせてくれ。私はあんたに何かしてやれたかい?」


「救いは私にも、きっと聡にも。貴方の言葉が、行動が、冷たい大人しか知らない私たちに暖かさをくれました」


「そうか……それなら、よかったよ」




 トメは昇に叫ぶ。


 自らに死をもたらす太陽を前に、弟子へ、最後の言葉を投げかけた。


「昇! 私はここまでだ」


「ばあちゃん……! 嘘だよな。嘘だよな!」


「泣くな! 男ならしゃんとしな!」


「ばあ……」


「私が導いてやれるのはここまでだ。これからはあんたが正面に立って戦うんだよ! お前は言ったね、季里ちゃんを自由にしてやるんだと! 私の可愛い孫娘である季里ちゃんを泣かせたら地獄から這い出て呪ってやるからね!」


「ああ……ああああああああ!」


 昇も季里も、泣いているのは、ここで何もできない己の無力が故。


「俊人! 2人を連れて全速力でここから退避! 遺言は、お前の成人の時にもう済ませたね!」


「……く……はい。大母上。ありがとう」


「ふん。行きな……可愛い孫たち。私に……最後の華を持たせてくれて、ありがとうね!」


 トメはそして太陽へと挑む。


 その中心にいる陽火は叫んだ。


「私に巣食う竜、真名は陽炎竜。太陽の熱を体内に宿す災厄の竜。その口から放たれる最大にして至高の裁きの一撃。私はそれを再現する者。あなたに最上の敬意をもって、この一撃を捧げよう!」


 そして槍の矛先に陽炎を集約させる。次の爆発の後、その槍の矛先からは、陽火が味わっただろう生物の生存を一切許さない熱が放射される。


 トメは己に残る最後の力を振り絞り、その一撃へと挑んだ。


 互いは、その奥義の名を叫ぶ。




「〈天龍皇嵐撃てんりゅうこうらんげき〉!」


「〈竜陽炎是槍終神アグニヴァースト・ヴァラスティ〉!」





 白き龍が地上から登り、万物を灰塵と帰す陽炎竜が放つ最大の劫火ごうかへと突き進んでいく。


 徐々に消滅を始めてなお最後まで信念を持った白き龍はその神の行う粛清の如き一撃に挑み続けた。


 その激突は1分以上。まるで龍と竜の双方が咆哮しているような爆音が生物に本能的な死を予感させる。


 その規模の大きさは、30キロ以上離れた天城家本家でもはっきり確認できるほど。


 白い龍が命を最後まで燃やし尽くすその時まで、双方の衝突は続き、その激突の余波だけで農業地区に建てられた建物のガラスや半端な壁は吹っ飛ぶ。


 やがて、その時は来た。


 天樹家の龍が炎の中に消え去り、〈影〉の竜の攻撃が地面へとたどり着く。


 噂では、八十葉家が街1つを一撃で滅ぼす隕石を墜としたという噂だったが、この攻撃はそれ以上だった。着弾点から農業地帯の半径五キロを全て無へと変える大爆発が起こり、まるで地表をえぐり取ったかのような跡を残すことになった。

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