外伝3-21 天樹家の龍と影の炎竜
「な……!」
ソニックブームが発生し、辺りに生物を本能的に圧倒し得る轟音が響く。
シールドの後ろで衝撃をまともにうけた聡は龍から外へと吹っ飛ばされる。
「まずい……!」
空中を漂う聡。しかし、それすらも天樹家最強の女は許さない。
「逃がしはしないよ?」
「え?」
トメが吹っ飛んだはずの聡に追いつき、掴み、龍へと再び叩き墜とす。
「ぐぁ」
叩きつけられ、体に走る衝撃で麻痺して動けなくなる。
「すげえな、ばあちゃん……!」
昇が目を輝かせる。
「あんたもしっかり鍛えれば、これくらいはできるようになるさ。精進しな」
「ああ、そうだな」
「おうとも。さて」
トメはゆっくりと機械竜の背中へと降りると、昇と季里に、
「頑張ったねぇ、よくやった」
近づいて頭を撫でた後、聡へと語り掛ける。
「テイルで使う武器はその人間の意思を表しているという。それがたとえ腕輪の悪夢でも同じことだ。聡、お前のその武器、シールドだろう? あんた、いったい何から身を守ろうとしてるんだい?」
聡は答えなかった。というより答えに迷った。
守ってもらいたいと思ったことはない。理性的にはそう思っている。しかし、思えばここまで綱渡りだった。生きるのも大変だった。
それを考えれば、どこかでそう思っていたのかもしれない。
(はぁ……さすがだなぁ……)
口にはしないが、聡は苦笑して偉大な先達の観察眼に感心した。
「まあ、言うはずもないか。裏切りのことは後で尋問するとしよう。まずはこの龍を墜とさないとねぇ」
トメは、ゴキッ、ゴキッ、という音を鳴らして大きく深呼吸する。昇が『いや、まさかなぁ……』と独り言を漏らしていたが、そのまさかであることは想像に難くない。
トメは更なる天空へと飛び、そして己に強力なエネルギーを纏う。聡にはそのエネルギーがいかなるものか予想はつかなかったが、確信できることが1つある。
(あ……これ、落ちるな……)
トメは隕石となった。
遥か天から落ちてきたそれは、機械の龍をあざ笑うかのように、青白い龍の姿となっていた。そして機械の龍の頭を食らい、一気に地上へと撃墜させる。
「うおおおおおおおおお!」
「きゃああああああああ!」
昇や季里が、自分を守るためシールドで身を守りながらも悲鳴を上げるのは当然の反応だっただろう。
墜落。
龍はある農村地帯に落ちた。幸いにも作物は現在植えられていないため、犠牲となったものはほとんどなかった。
土の再生であればテイルでなんとかなる。この周りに不似合いな鋼鉄の龍をどかせばそれでOKということだ。
「ほう。皆、ちゃんとシールドを張れたようだね……安心したよ。これなら中の子供たちも無事か……」
トメはレーダーで生存者を確認し、そして安堵の息を漏らす。
「しかし、老体をここまで働かせるとは、家の組の若いのもまだまだだね……」
「それは……ばあちゃんに比べたらなぁ」
昇が今にも死にそうな目でおばあちゃんを見る。さすがに上空から飛行物体と共に墜落する経験は肝が冷えたのだろう。
現に聡も、今自分が生きていることを奇跡だと思いただ空を見上げていた。
トメは足が震えていた季里を抱き上げると、
「昇、季里ちゃんが震えている。抱えてやりな」
とさりげなく渡した。
「ふぇ……いいよ、別に?」
「気にすんな。お前を持ち上げるくらい楽勝だっての」
いわゆるお姫様抱っこという形で抱えようとするが、顔を真っ赤にした季里が首をふって脱出する。
「うわ……」
トメはやれやれと首を振り、
「情けない声を出してるんじゃないよ。男ならしゃんとしな」
昇に喝を入れる。そして動けない聡へと寄った。
「とりあえず身柄は拘束するよ?」
トメが聡を捕まえようと寄っていく。
このまま敵の手に落ちて尋問、否、拷問を受ければ、恐らく自分が情報を吐く前に呪いで死ぬことになるだろう。
(このままだと、死ぬしかない……!)
しかし、自分の武器の弱点として、シールドは破壊されると1日は再生できないというデメリットがある。もはや自分を守るものはなにもない。完全な詰みの状態であることは言うまでもなかった。
トメは龍の中で〈影〉と戦っていた天樹家の部下たちにメッセージを送る。保護した子供は責任を持って天樹家まで送り届けろと。
(まだ、ここで、死ぬわけには……いかない!)
ここまで、善心も常識も、すべてを犠牲にしてきたのだ。最期に、師匠、京都にいるだろう反逆軍の師匠に会うまでは終わるわけにはいかないのだ。
聡のその願いが届いたというわけではないだろう。
突如警戒音が鳴り響く。トメの目が大きく開かれたのは、異変を察知してのことだ。
「なんだって……?」
レーダーを見てその反応を示したことを昇は確認して、自分も預けられた生存者確認のためのレーダーを使う。
「は……?」
そこには、先ほどまで生きていたはずの天樹家の正規戦闘員が全滅しているという結果が出た。
そして同時に。
鋼鉄の龍から激しい炎を噴き上げるとともに、1人の女が出てきたのだ。左腕に〈影〉の証である腕輪を輝かせながら、その手には紅蓮の槍が携えられている。
「てめぇまで……!」
裏切りは一度とは限らない。
昇の、そして何より季里の殺気立った顔を見ても動じず、聡を庇うようにトメと彼の間を遮るようにして立ちはだかった。
「……私は何も嘘をついていないぞ。私を聡はずっと、先輩だと言っていただろう。そもそも、聡を恨むのは筋違いだ」
「なんだと……?」
「これは私がやらせたことだ。それは私の責任にある。そして、龍を使い子供を誘拐して、今しがた、龍の中の天樹家の連中は皆殺しにした。昇、お前と凌ぎを削った新人君も、抗った者は皆殺しだ」
「は……?」
「ああ確か、ヨコミネ……?」
昇は我慢の限界に達し、陽火に殴りかかろうとする。しかしそれを無理やり抑えたのはトメだった。
「どけ!」
「焦るんじゃないよ……怒りは分かるが冷静さを失えば戦場で死ぬよ!」
「アイツは!」
「よく見て、よく感じな」
昇は師匠であるトメの、らしくない、まるで焦っているかのような訴えに初めて耳を貸し、そして陽火を見る。昇の体が突如、本能的な危険を察知した。
「分かったろう……、あの陽火ちゃん。いつもの彼女じゃない。あれはもはや別物だ。あんたの手に負えるものじゃない。下がってるんだ」
「ばあちゃん。そこまで言うのか……!」
「……下がってるんだ」
その時のトメの顔を聡は忘れないだろう。あれは普段の師匠として顔ではなく、戦場にいる戦士としての顔だった。そしてそのうえで、目の前の陽火を確かな脅威として恐れている。
「随分と、天樹家をおちょくってくれたね。〈影〉ってのは、あんたたちのような子供しかいないんだろう。悪ガキの集まりなのかい?」
「ええ。そう言われれば。しかし我らが〈影〉の女神は崇高な目的のために動いている。あなた方のような〈人〉の抹殺し、新世界を想像する」
「恐ろしいことを言うじゃないか。しかし、私もなめられたものだ。天城家の守護龍と呼ばれた天樹家を相手どるなど」
「いいえそんなことは」
陽火は持っている紅蓮の槍に、深い緋の色の炎を宿す。それだけで辺りの気温が5度以上高まり、汗が出始める温度となった。
「天樹家の龍を殺すためだからこそ、女神の一番槍たる私がここに潜入したのです。この日、この時、天城家に大きな打撃を与えるために」
突如、陽火が消え、聡を覆うように炎を球が現れる。
トメだけが、陽火の狙いに反応できていた。後ろで静観していた昇の左後方、一瞬で空いていたはずの距離を詰めたのだ。トメが昇を守るべく、渾身の拳を叩き込み、陽火を迎撃した。
したはずだった。トメの一撃は間違いなく当たっている。
聡は炎に守られながら、その光景を内側から見て、驚愕していた。自分の6枚シールドを破壊したはずのトメの拳を受けて、陽火は平然と痛くないかのように立っていたのだ。
「……おばあちゃん。手を抜かないで?」
「な……にぃ?」
「素晴らしい反応速度。その御歳でなお。尊敬する武の極致でございます。こうでもすれば、貴方の一撃を受けられると思ってましたが、この期に及んでまだ、弟子としての情けをかけるおつもりで?」
陽火は燃える槍を振るう。そのひと薙ぎで昇も季里も察した。外見から静かに振るわれたその槍は、触れれば肌を溶解させる熱を帯びていることを。
トメもその一振りを躱し、陽火へと向く。
近くにいた昇と季里に、静かに告げた。
「いいかい? 動くんじゃないよ……! これ以上は私も庇ってやれない」
「ばあちゃん……?」
静かに告げたその声は、昇も、そして聡も初めて聞く震え声。
「あはは……! ようやく本気になってくれますか? この日を、私はずっと楽しみにしていた!」
「陽火……! 嘘つき……」
「季里、そんな可愛い顔をしないで。私ね。こう見えても、貴方のことも昇も、私は好きなのよ。だから、これが終わったらあなたたちは私のものにしてあげる」
トメは昇に告げる。
「昇、死ぬ気で季里ちゃんを守りな。漢だろう! 守るのはお前の仕事だ!」
「ああ! ばあちゃんは……平気なんだな?」
「あたしを誰だと思ってるんだい?」
「……分かった」
そしてトメはいよいよ構えをとる。天樹家の龍と呼ばれた己の力を解放する。
「〈天龍解放〉!」
そう叫んだトメからは嵐を起こすような闘気が湧きだし、圧倒的なエネルギーが体を覆う。それを見た陽火も真似をするかのように、全身を業火で燃やし、己の力の解放を行った。
お互いに向きあうだけで辺りの草木は燃え、大地にひびが入る。
これから起こる戦いは、倭を統べる12家の1家、天城家最強の一番矛と、裏切り者であり、〈影〉の女神の一番槍と自称する竜の戦いだった。
「〈
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