外伝3-20 聡 対 昇 

 凶器が空中を躍りながら昇へと迫っていく。


「野郎……!」


 そう簡単には当たらない。昇は炎を推進力にして空中を自由に駆けることができる。その凶器を躱しながら自分に迫る機会をうかがうが、簡単にそうはさせない。空中に放った自分のシールドは思いのまま動かせる。昇を近づかせないように軌道を変えることは容易だ。


「ぐ……」


 かすった。わずかだが、赤い水滴が風に乗っていくのを目視する。近づけないことに苛立ってる様子だ。


「聡! お前は! こんなことをして何とも思わないクソ野郎か! おい!」


 無様に空中を移動しながら叫んでくる。


「そうだとも。僕はクソ野郎だ。君の言う通りだし、それ以上語ることはない!」


「……少しでも、何かあるならって思った……が、それならも後腐れなくぶっ殺せるな!」


(それでいい。それでいいんだ)


 自分の信念を貫くのならば、たとえ同じ師匠のもとでまなんだ同士だったとしても殺さなければならない。そうしなければ待っているのは自分の死だ。


 昇のスタミナが切れるまで、シールドの刃をコントロールして、バテた頃にその体を2つに分けるだけだ。


「申し訳ないが、昇、君には悪である僕のために死んでもらう。僕の前に現れたことが、運の尽きだ」


「どうかな!」


 昇が空中で聡を狙いすまし構えをとる。そして燃え上がる拳を突き出した。


 サトルはその理由を理解して、シールドを1つ消去。昇をへたらせるには攻撃用のシールドは5つでも十分だ。新たに自分の目の前にシールドを急いで創り出した。


 昇が放ったのは遠距離攻撃、拳の炎を弾丸にして撃ちだす剛の一撃だった。昇の炎拳は2人の間に確かに空いていた距離を貫き、一気に聡に迫った。


 創り出したシールドにそれが当たり、今にも聡を食おうと言わんばかりの炎が聡の防壁の1つ向こうで叫びをあげる。


 しかし、聡のこの武器は鉄壁だ。遠距離攻撃を実現するこの攻撃であっても、そのシールドは傷1つつかない。


「くそ……!」


 聡は引き続き、空中で抗っている聡を殺すべく彼を再びシールドで追い詰めようとする。


 しかし、昇が見せたのは謎の行動だった。空中に場所を固定したシールドを1つ展開すると、そこに着地したのだ。


 そしてその後は、聡は何が起こったか分からなかった。


 突如、昇の姿が消えた。その異常現象に気づき姿を探そうと思った瞬間、自分の後ろに熱気を感じたのだ。


 それが昇の炎の拳だと気が付いた聡。シールド5つを一瞬で置き去りにして、昇は自分まであと一歩のところに迫っていたのだ。


「どうやって……!」


「ぉらぁあ!」


 状況が分からぬまま、炎の拳が己へと迫る。聡はとっさに先ほど遠距離攻撃を防いだシールドを動かして拳戟を受け止めた。


 自分の前で怒りを燃やす男の眼、それは自分に向けられるべき正しい怒りそのものだ。


(辛い。人間同士良い友人になれると思っていたんだ)


 それが今は殺し合いに発展している。それは自分が〈影〉となり、今を生きる人類の敵となったからだ。


「くそ……かってぇな!」


「舐めないでもらいたいな。僕だって死ぬつもりはない。彼女に、そして師匠にもう一度会うまでは!」


「てめえに明奈に会う資格はねぇ! あいつを裏切ったてめえにはな!」


 全力の炎を使って突破するつもりだとは見てわかる。しかし、聡は自分の使うものの防御性能には全面の信頼を置いている。


 〈六立守護壁〉は1枚だけでも、通常のシールドの100倍の堅さを持っている。さらに2枚以上重ねれば防御力は倍加。6枚重ねれば、街1つを一撃で破滅させる神の粛清の如き攻撃にも対抗できるレベルの防御力を誇る。


 雑兵の拳戟で止まるような代物ではないのだ。


 聡は上に新たにシールドを5枚展開する。その形は鋭利な剣の形をしていた。それは当然昇に突き刺すため。


 真剣にも劣らぬ鋭利さを持ち、さらに硬度は今更重ねて言うまでもない。ダイヤモンドよりも堅い剣が襲い掛かると言っても問題ない。


 上からの気配に気が付いたのだろう。昇もその存在に気が付く。しかしすぐに逃げようとはせず、シールドをまだ破壊しようと力を込めている。


 そのせいで、1枚シールドを防御に使わざるを得なかったが、残りの5つで串刺しにすればよい。


(まさか剣5つを体で耐えるつもりか……! そんなの馬鹿だぞ!)


 その理由はすぐに判明する。


 聡は、周りの空気が震えたのを感じた。まるで空気が焼け焦げているかのような力。


 それは後方。


 一瞬振り返ったときに、その姿が見えた。それは赤黒いオーラを宿す剣を持つ剣士。


「いつの間に……!」


 昇は何も言っていないはずなのに、6枚のシールドが使われたこの瞬間を狙って季里が自分を狙えるように、自分に注意を集中させていたのだ。


 ただ、2方向からの攻撃であれば、問題はない。剣に使っているシールドをまた自分を守るために新しく展開すればいい。


 しかし、季里の狙いは自分の斬撃だけではなかった。


 聡がレーダーを発動させると、自分の周りに多数のテイル反応。目視では見えないものの、エネルギーが集約しているのを察知した。自分の周りを包囲するように発生したそれを一気に自分に撃ちだされるだけでも、1枚のシールドでは防ぐことができない。


(やむを得ないか……!)


 聡は手遅れになる前に、昇を狙っていた全ての剣を消し、自分に攻撃が来る前に自分をシールド6面の立方体で囲み完全防御形態とした。


「はぁ?」


 昇が驚くのも無理はない。この状態であれば、即ちどこから攻撃しても通らないということ。季里の斬撃も、季里が発生させた、今は亡き兄が使っていた圧力弾も全て無効化される。


「うそ……」


 呆然と立ち尽くす2人。それは自分達の攻撃も通らず、逆に、聡の方も6枚のシールドを使っている状態で攻撃できない、膠着こうちゃく状態だから無理もない。


「聡……! 聞こえるのか」


「ああ。一応音はね」


「出てこい」


「そう言って出てくる敵がいるかい?」


 季里も昇の味方として聡に声をかける。しかし、昇とは違い季里は失望と寂寥せきりょうの念で聡を見ていた。


「あなたは良い人だと思ってた」


「君の見る目がないだけだ。僕は生粋の悪人だよ。欲望を抑えられないからこそ、君たちを裏切った。


「その欲望は、〈人〉を殺すこと?」


「……そこまで語るつもりはない」


「そう。でも、いつまでそうして閉じこもっているつもり?」


「別に僕は君たちを殺す必要はない」


 そう。この戦いの大局は自分達の足場にもなっている鉄の龍の移動を援護するだけだ。この龍は外からの攻撃で撃墜されるほど脆くない。それこそ隕石でも振ってこない限りは平気な設計になっている。


 操舵室の場所は幹部隊員である聡が知っているが、こうして口を割らなければいい話だ。


「申し訳ないが、君たちも地獄まで付き合ってもらうよ」


「野郎……!」


 睨んでも破壊する手はない。昇も季里も目の前の敵を前に足踏みをするしかない。そしてその間にも鳥型の光弾が攻撃を続けている。


 相手は打つ手なし。


 チェックメイトだと安心し、聡は1回深呼吸をした。


「季里ちゃん! そこをどきな!」


 聡の心臓が震える。それは強烈な音の振動で内臓が震える感覚と同じだ。そしてその声の主は聡も良く知っている。季里が指示通りそこをどくと、新たな敵が聡へと猛進して接近してきたのだ。


(おばあちゃん?)


「だめ、おばあちゃん、聡のシールドは!」


 季里の忠告に耳を貸すことなく、トメが聡のシールドへと攻撃。


 年には念を押して、防御状態を解除して6枚重ねのシールドでトメの拳を受け止める。


 一撃。


 サトルは攻撃が接触する一瞬で、天城家の中の最強の幹部、天樹トメの全力を侮っていたことを察した。消滅の一撃に対抗できるはずの6枚重ねのはず、綺麗に全て破壊されたのだ。


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