外伝3-10 腕輪が見せる悪夢
空が赤い。
暗黒と言うわけではない。血の色だった。
空気が熱く、そして思い。しかし、華恋は悪寒を感じ鳥肌が立っているのを感じる。
(夢……?)
全てが燃える世界の中、たった1人、なぜか立っていた。
上空を見ると、何かが飛んでいることが確認できる。
違う。空だけではない。地上でも縦横無尽に黒い何かが飛んでいる。
「何……あれ?」
鳥。ただし色が奇妙だった。全身が黒に近い紫色をしていて、平気でテイルで造られた強化金属でできた壁を貫通して何事もなかったかのように飛んでいく。
黒の鳥は華恋の元へ。
自分が立っているにも関わらず速度を落とすことなく、進路変更をする様子もなく華恋へと向かった。
1匹ならば可愛いものだが100以上の群となっているとそれはそれで恐怖をあおる光景であり、さらに周りの異様な雰囲気も相まって、尋常ではないことが起ころうとしている予感を、華恋の中に沸き立たせる。
不気味な鳥の集団は速い。
デバイスももっていない華恋は走って逃げるしかないが、向こうの飛行速度の方が速くすぐに追いつかれた。
(なんで……? なんでこっちに?)
群れを成して突撃してくる鳥たちに追いつかれ、それでも追い越されるだけならば怖いことはない。
(お願い……)
華恋は祈った。
その祈りは、届かなかった。
(えぁ……ぁ……ぁ?)
突如右肩と足が軽くなった。
ある。確かにある。軽くなる要素などないはず。
しかし。
次で気が付いた。
「あ……ァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
頭が軽くなる。
左目が見えなくなった。
頭の上から、赤いナニカが見える。
声が出なくなった。
突如言いようのない、吐きそうなほどの恐怖が襲い掛かった。
鳥のくちばしに、自分のものだった手が
ぎゅつ。
ぐちゅ。
痛みを超えて、それは自分を、華恋という存在を無に塗りつぶそうとする。
もはや声も出ない。
思考はもうできない。
何もなくなっていく。
その間も鳥はついばみ、もぐもぐとタベていく。
(――――――――――――――――――――――――――――――――――――)
ふと目を覚ますと、そこは見覚えのある景色だった。
(死んだよね……? 私……?)
空が赤い。
暗黒と言うわけではない。血の色だった。
空気が熱く、そして思い。しかし、華恋は悪寒を感じ鳥肌が立っているのを感じる。
上空を見ると、何かが飛んでいることが確認できる。
違う。空だけではない。地上でも縦横無尽に黒い何かが飛んでいる。
(嘘……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!)
鳥が迫ってくる。
そして追いつかれた。
ぎゅつ。
ぐちゅ。
悲鳴。涙が一滴落ちたあと、2人目も。
****************************
「――ぁぅぅウ」
獣のうめき声のような声を上げて、目に生気が宿っていない。
その声をだしているのは、聡だった。
聡は今、強固なシールドでできた立方体の中に閉じ込められている。
綺麗な水晶の板が聡の脱出を阻んでいた。
隙間もない綺麗な立方体の檻をつくりその中に聡を閉じ込めている。
先は見えるとしても先は存在しなかった。
ただ、真っ暗な闇が続いている。
お腹が減り、のどが渇いて、苦しい。
それでも、その水晶強固な6枚の壁は施しを与えることなく、聡を閉じ込め続けた。
死ねない。
死んだ方が楽になれると錯覚を脳が起こし始めて、初めて水晶は地獄のような試練という施しを与えた。
水晶は彼を生かし続けた。
そして無邪気な子供の笑い声を出しながら、ずっと聡を閉じ込めている。
聡は何度も壊そうと試みた。
何度も。
何度も。
何度も。
しかし何をしてもひび1つ入ることなく、やがて笑い声は聡の脳を侵食していく。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
やがて聡にとって大切な頭の中のいろいろを、その笑い声は破壊し尽くして、彼に残されるものは、純粋な空虚だけになる。
その過程、自分が壊れるという感覚は言い表しようがない。だが、少なくとも、1秒だけで心が折れる地獄の感覚であるのは違いない。
悪夢は続く。
聡がすべてを諦めて発狂したころに、彼の精神と肉体は完全な健康体に戻ることになる。
そしてまた最初から。
ずっと閉じ込められる。
ずっと。
ずっと。
彼が悲鳴をあげても。ずっと閉じ込め続け、悪趣味な笑い声をずっと彼に聞かせながら、彼が苦しむ姿を笑いながら見守り、諦めた頃に彼を破壊する。
それを繰り返す。
目を覚ました時、2人は喉が痛くなっていることと泣いていることを自覚する。
そして先ほどの地獄が夢であることをようやく理解する。
そして2人の腕には、覚えのない物体がまとわりついている感じがした。
それは、聡は特に見覚えがあるものだ。
明奈の師匠、太刀川奨が身に着け、影の団員の証ともいえる腕輪だった。
この腕輪は、人間を〈人〉へと変える魔器。
2人はそれをつけてしまった以上、もう人間ではなくなってしまうのだ。
しかしその恐怖よりも、今の2人にとって重要だったことは、現実に戻ってくることができたということ。
「大丈夫?」
春が心配そうにのぞき込んできたところを見て、華恋も聡も、目の前に生きた人間がいることがどうしようもなく嬉しくて、
「あ……先生」
華恋に至っては安堵から泣き出してしまった。
聡ももはや、春に警戒をするだけの気力がなかった。
春は心底申し訳なさそうな顔をしながらも、
「……行きましょうか。これで、措置は終わりよ。これであなたたちも正式に私たちの仲間よ」
2人に手を差し伸べた。
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