外伝3-7 次なる動き

 この場の全員の前に画面が映し出される。


 100ページ以上ある電子レポートであり、聡が試しに触ってみると、ページの移動をすることができた。そこに書かれていた内容を聡も華恋もすべてを理解することはできなかったが、読めるところで文脈を判断すると、それは何かの計画書だという話だった。


「今回の源家本領を含めた各地での襲撃作戦によって、誘拐で来た子供の数はおよそ5万人」


「想定より少ないね」


 フラムは春の報告にそのような反応を返したが、少ないはずはない。5万人と言えば源家が擁する人員を超える数だ。


「まあ、さすがに何もかもうまくはいかないってことでしょ。源家で回収できた子供も半分くらいだったし、他も私たちが思った以上に向こうの連中も頑張ったってことでしょう?」


 そしてそれだけの数の子供を誘拐して、己らの私兵としようというのか。


(腕輪によってそれらの子供は全員〈人〉になる。もしもそれだけの数の敵が敵として現れたら、それは確かな脅威だ)


 聡は自分の体に冷や汗が流れるのを感じる。


 しかし、自分達がまだ腕輪を突けてないようにそれだけの子供を兵にするには教育の時間がかかる。


 聡や華恋はまさに攫われる前はその初期研修の時期だったから分かる。いかに強い兵士を作るノウハウをもっていたとしても、その様に育つまでには時間が必要だ。


「宣戦布告したとはいえ、すぐに彼らを運用できるわけじゃない。しばらくはこれまで通り、表にはできるだけでないようにしながら彼らを鍛えてあげる必要があるわけね」


 聡たちの希望的観測は正解だった。

 

「じゃあ、なんだ。俺達はまだ暴れられねえってか」


 ダイキが残念そうに口をとがらせる。


「だいきー。血の気がおおいなー」


「がっちゃん。おまえだってせっかく鍛えてきたんだから暴れたいだろ?」


「暴れたいことはないね。でもたしかにそろそろ活躍の機会は欲しいなぁと思うねー」


 春はやる気に溢れる2人をなだめる。


「安心しなさい」


「でもよぉ」


「大丈夫。今日の仕事は本格始動をするから皆に集まってもらったんだもの。みんなに活躍の機会を用意してあるから、心配しないで」


 春の一言に安堵の表情になったのは2人だけではなかった。陽火や未唯もまたワクワクしている様子だ。


 ただ1人、奨は心底嫌そうな顔を続けている。


 ツッコミを入れそうになるところを、春はぐっとこらえて続きを話す。


「大規模誘拐作戦は7割がたの成功を収めた。引き続き追加人員7万を目指して各地の子供の保護は続けていくと共に、プロジェクト『Against human』の次のステップへと進むことを、おじさまは決定したの」


 次のステップ。


 当然のことだが、〈影〉は人員を集めるだけで満足はしない。12家を敵に回し宣戦布告を行った以上、次の動きは彼らとの戦いについてになることは想像に難くない。


「詳しいことは今みんなの前にある画面に全部書いてるから確認していてほしいわ。もうデータはデバイスに配信してあるから、後でも確認できるよ。ここでは大まかに、今後の流れを分かりやすく説明するから」


 春は自分の前に人差し指だけを伸ばした手を見せる。


「これからは主に3つを大きな目標としていくわ。まず1つは誘拐した人間の教育。今回手に入れた人員を2年後までに使い物にする。これは最優先事項よ。〈影〉の中でも半数以上の人員を割いて、指導員の正規隊員につき1人、もしくは2人の見習いをつけて〈影〉にふさわしい、〈人〉を殺すための力をつける」 


 華恋は悪寒を感じる。


 八十葉家、自分が仕えるはずだった場所にも危害が出るかもしれないのに、それを主に伝えられないもどかしさ。そして最悪の場合、自分が敵に回るかもしれない恐ろしさ。


 顔色が悪くなり始める華恋に気づいた聡もその真意に気づき、どのように慰めればいいか分からなかった。


 そんな2人の様子を奨のみが気づいていたものの、今は特に何も動かなかった。


 今度は春の中指が立てられた。それは『2つ目』を意味するジェスチャーだった。


「次は、各地での〈人〉の敷地における遊撃戦や潜入作戦。家からも陽火に行ってもらうことになってるの」


「初耳ですが……」


「すぐってわけじゃないけど、貴方にはもうすぐ天城家に潜入してもらうことになるわ。私たちの隊の幹部からは今のところあなたと未唯だけなんだけど、他の隊の人からは各地に潜入してもらうことになってる」


 春はその目的を語る。


「本命の作戦を悟らせないように、印象操作をする必要がある。私たちの〈人〉との戦いは各地に攻撃を仕掛けて、じわりじわりと家の力を削いでいくものだってことを表の連中に印象付ける必要がある。もちろん時間稼ぎという意味合いもあるけどね。新人が育つ前にこっちが攻撃されたら終わりだから。継続的に攻撃を仕掛けることでダメージを与えていかないと」


 春は薬指を立てた。


「3つ目。実行はもう少し先だけど、陽火と未唯以外の幹部の皆はこっちに参加してもらうわ。みんなにはしっかり鍛えてもらいたいからあらかじめ言っておくね」


 訓練を促すということは、戦いが起こるということ。ダイキが歓喜する。


「おお……、遂に俺も幹部としては初の戦場デビューか?」


「そうなるわね。京都を落とすための予行練習として、2回の大規模演習を行うことが決定した。標的は、一つは国内。旧北条領神奈川地区。東都反逆軍と伊達家と伊東家が戦争をしているところだけど、そこを一気に制圧する」


「面白そうだな。で? もう1つは?」


「アトランティス」


 あとらんてぃす?


 誰もが聞き間違いかとリピートを要求しようとしたところ、それを知る瑠美から説明が入った。


「海の中にある都。そこには国があって独自の文化が栄えていると聞くわ。テイルの存在は人間には知らされず、その地域を統べる〈人〉、天子様と呼ばれているらしいけど、彼らのみがテイルを使えて、人間に〈神術〉と呼ばれながら崇拝されているらしいわ。そこの支配者は信仰をいいようにやりたい放題。19歳を越えて生きていける人間はそこにはいない。なぜなら、その18になった時点で彼らの生贄となる」


 春はその通りと言わんばかりに頭を縦に振った。


「そう。まさに〈人)支配の象徴よね。そんなの……許しておけないでしょ?」


 幹部を集めたリーダーはにこやかに、そして皆へ訴えるかのように大きな声で語る。


「〈影〉は、〈人)の世界を焼き尽くす終末の使者。この世の悪として数えられようとも構わない。人間を差別し、支配し、酷使するあいつらを許せない」


 聡は春の表情を見て、言い表すことのできない恐怖を感じる。


 先ほどまでは欠片も感じなかったはずなのに。


 目の奥には闇が広がり、辺りを凍えさせる妖気を放つ。


「莉愛先生が目指した、子供が理不尽なく大人になれる世界に〈人〉は邪魔でしかない。なら殺しつくさないと」


 天音がすこし恐怖で顔を歪めた。


 それを見たフラムが口を開く。


「春姉。落ち着いて。天音が」


 その声を聞いた春は、一度深呼吸をした。


「ごめんなさい。奴らのことを考えると……ちょっと狂いそうになるのは悪い癖ね」


 そしてその瞬間にはもとに戻る。


 奨は静かに、

「なるほどな……」

 と呟いたことを、華恋は偶然にも聞き逃さなかった。

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