外伝3-6 望まぬ再会

「奨、にい……?」


 天音は走って近くへと寄る。しかし、奨は、聡や華恋を含めた見習いを凍り付かせる殺気を醸し出す。それでも、天音は負けずに近くへと寄った。


「その……生きてて、良かった……!」


「……お前も巻き込まれているのか。あのクソ爺は本当に容赦ないな」


「会いたかった。ずっと心配してたの。春姉と一緒に」


「そうか」


 奨は天音の頭を撫でる。その顔は少し懐かし気に、そして少し寂しそうに。


 奨について聡が知っていることはそう多くない。奨の過去を知る明奈や明人、御門であれば納得いく光景ではあるが、聡にとってはそれはあまりに衝撃的だった。


(……そう言えば。師匠は奨さんが人探しをしてるとは言ってたな。……まさか)


 しかし、だとしても現世の秩序を崩壊させようとしている影の味方になるという選択を聡は納得できなかった。明奈の師匠であった彼を見る限りでは、悪に加担するような人間ではないという印象だったからだ。


 聡はつい声をあげようとする。


「待って」


 華恋が聡の暴挙を止めた。


「なんで」


「あなたの思うことは分かるわ。私もいくらか、主様から聞いてる。意外なのもわかるけど、だけど、今はおさえて。あとで、必ず機会はあるから」


 華恋はそれだけを言葉にしたが、要は『下手に動いて立場を悪くするな』ということだ。聡もそれに気が付き、華恋の言う通り落ち着くことにした。


 奨は春の隣にいる聡の華恋の姿に一瞬驚いたのか目を見開くものの、すぐに元通りになった。


 ダイキが大笑いしながら奨の元へ。


「はははは。なんだぃ。奨じゃねえか。6年ぶりってことか。うわぁ変わらねえなぁお前」


「お前は変わったな……こんなうるさかったか?」


「しけた顔すんなよ。さっきの聞いてたら悪かったって。俺らも、お前が来るとは思ってなかったからよ。それに、こんな世界だ、マジで死んでたと思って寂しかったんだぞ。いやあ、これで莉愛先生のところのみんなが全員勢ぞろいじゃねえか。イイじゃんイイじゃん。これからもっと楽しくなりそうだな?」


 はははは、と喜ぶダイキを適当にあしらい、壁へもたれかかる。


「じゃあ、全員集まったんだ。適当に進めてくれ。今は仕事の話なんだろう? 再会を懐かしむのは、後だと聞いてる」


「そうだけど! かーわーいーくーなーい! 6年前とちっとも変わらないクール気取り! 信じられない!」


 春は感情豊かに奨に文句をぶつける。


 それを見て一番驚いたのは聡と華恋だ。源家に居ることはこんなに子供っぽく文句を言う春などあり得なかった。


 逆にこの場に集った春を知る者たちはその反応に慣れているのか驚きはしなかった。


 ただ、

「懐かしいノリだな……」

 フラムがやれやれと言わんばかりに苦笑を浮かべている。


 瑠美もため息をついて愚痴をこぼす。


「相変わらずね。リーダーをそんな風に小馬鹿にするの、貴方くらいよ?」


「お前らこそ、どうして昔に比べてさらに懐いてるんだ。ペットか。お姉さまだの、春姉だの、馬鹿らしい。ガキじゃないんだから」


「リーダーはリーダーよ。昔からそうだったでしょ。莉愛先生と一緒に、ずっと私たちのリーダーだったから」


「そうだな。だからお前らがそう呼ぶことは別に疑ってない。だが、俺はやらないというだけだ」


 突如、未唯の姿が消える。それに気が付いたのは華恋だった。


 気づけば彼女は奨の目の前。すでに腕輪は光り出している。力を使っている証拠だった。


 その手には一本の短刀が握られている。




 奨の目のわずか10センチ先を刃が通る。




 未唯の不意打ち、その動きを見切ることができたのはこの場で、それをギリギリで器用に躱した奨と、春、フラムとダイキ、陽火の5人だった。


 奨は言う。


「どうした」


 返しは怒りを伴ってだった。


「マスターに無礼、お前であっても許さない」


「そうか」


 再び斬撃が襲い掛かる。首を狙った斬撃を奨は屈んで躱した。


 奨の腕輪は光っていない。


「未唯! なにを」


 陽火が止めようとしたところを春が制止する。


「ちょうどいいわ。見てもらいましょう。奨の力を」


 未唯は距離をとると同時に、何か呪文を詠唱する。


 直後、奨の体を鎖が拘束した。


 そして奨に向けて、16方向から黒い鋭利な刃物が襲い掛かる、保護色をしているそれを目視で見破るのは難しい。〈十六隠刺じゅろくいんし〉と呼ばれる未唯の殺すための技だ。


 もちろん春の手前殺すつもりはない。刃物は少し体に突き刺さるだけで止まるよう、手加減用のナイフを使っている。


 しかし。


 それは奨の体に辿り着き、そのまま体を通過した。


「ホログラム……?」


 いつの間にそんなものを用意していたのか、と疑問を頭に浮かべたときにはもう遅い。


 すでに奨は彼女の左後方に存在し彼女に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


「が……!」


「人に生半可な覚悟で刃物を向けるなと、莉愛に教わっただろう」


 唐突に始まり、あっけなく終わった戦いに皆が呆然とする中、素直に拍手をしたのはダイキだった。


「すげえ。腕輪も光ってなかったし、あれで素ってことだよな」


 今の短い一連を見て華恋もそれを評する。


(あれが……光様が認めた人間の動き)


 華恋は目の前で奨が戦っている姿を見るのは初めてだったため、自分の指導係だった〈人〉の指導員を素人目で見ても遥か上回る体術と戦闘センスを見て、驚きと感心を隠せなかった。


 春は自分のことのように嬉しそうに喜ぶ。


「見たでしょう。奨は本気の私と互角に戦えるレベルなのよ。見習い期間なしに十分戦力として数えられるわ。これで、実力面でも仲間にして文句ないよね?」


 反論は出なかった。


 今度は皆が懐かしいかつての友ではなく、頼もしい味方を見る目で奨を歓迎する意を示す。


 奨は心底嫌そうな顔をしながらも、

「まあ、お友達を全くしないとは言ってないだろう。俺だってお前らと生きて再会できたこと自体は嬉しいよ。だが、俺は仕事とプライベートを分ける主義だ。仕事は仕事、その他はその他、弁えてくれ」

 と言って壁にもたれかかる。


 皆が揃い、ハプニングもあり、さらに奨に釘を刺された形になった春は未唯を自分の後ろに下がらせて、ようやく立ち上がる。


「じゃあ。皆も揃ったし、おじ様からの命令と、我々第4部隊の今後の方針を話しましょう」


 リーダーらしく、場を仕切り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る