外伝2-41 寺子屋で戦った日(2-4)
「その時、狂喜したよ」
季里は多くの水槽を見渡しながら語り続ける。
「目の前にあるのは人間の死骸ばかり。いや、本当は死んではいないのは知っているけれど。動かないそれを見ていると、死体と何の変わりがあるだろうと思った。私たち歩家は、伊東家の中で、この死骸を管理するだけの役割を押し付けられている」
倒れたまま動かない昇を見続けながら。
「もちろん伊東家の中でも信頼を置かれているからこそ、自分の領だけでなく各地にテイルを配給する役割を担っているのだろう。でも、この光景を見ると思ってしまう。私は、この死骸どもの面倒を見ながら一生を生き続けなければいけないのかと」
独白する季里の顔はとても曇っていた。
「歩家の後継者として生きていれば安定した生活が送れるかもしれない。でも、今まで本気で学んできたのも、本気で戦いの術を磨いてきたのも、私の可能性を広げるためだと信じた。自分がどこまでやれるかを確かめる苦難の道だった。おまえからすれば贅沢が過ぎる悩みだけどな」
水槽を管理するコントロールコンピュータを起動して、操作画面を拓く。空中にA3サイズの長方形の電子画面が表れ、その画面を触り操作する。
「だから、お前が逃げた時は、心躍ってたよ。何も変わり映えしない日々の中で久しぶりの当たり前じゃないイベント。これだ。私が求めていたのは。誰かの上で偉そうにふるまうことじゃない。辛くても何かのために必死に頑張りたい。この身の学も武も、そのためにあると思うから。とにかく飽きたくない」
「そうか」
突然。返事が聞こえてきて季里は驚いてその方向を向く。
そこには伸びをしている昇の姿が。
「なんで?」
「ん?」
「だって麻痺弾を食らって、全然動かなかったじゃない!」
「ああ、あれはわざとだよ。ちょっと分が悪そうだったから、様子見しようと」
昇は大きく深呼吸をした。
「いやあ、それにしても。まさか真紀がなぁ……はぁ。……はぁ」
そして真剣に悲しそうな顔をする。
「裏切られたんだぞお前。婚約者に」
「それな。正直マジで悲しいよ。今の今まで心の整理をするのに時間をかけた」
昇は服の中に小さなシールドを生み出していたのを、上半身を一部さらけ出すことで季里に見せつける。
シールドは被弾を受けた跡がある。それは真紀が放ったとされる麻痺弾だった。
「まあ、見てから反応できたよ。反射神経と運動能力には自信があるからな」
「それで……体が動かないふりをしていたと?」
「まあな。でも、さすがに季里が完全に裏切るつもりだったらヤバかったかもな。まあ、さすがに3対1で勝てるなんて思わないからさ。いつ動こうかと冷や冷や」
昇は季里に歩み寄る。
「でも、お前が大切な話をしてるみたいだから。死んだふり、いや死んでねえか。とにかく、動かない状態はやめた」
季里は眉間にしわを寄せる。しかしその顔はほのかに赤くなっていた。今までの告白は昇が聞いていない前提だった。自分の秘密を知られてしまったような気がして、今更口を堅くとざそうとする。
「しかし、殺し合いをしてた裏で、そんなことを思ってたとはな。退屈なのは嫌だって理由で俺と戦いに来たなんて。今振り返ると、俺を殺しに寺子屋に来たときの挑発も襲い掛かられることを期待してのことか。可愛いなお前」
「は、はぁ?」
口をつぐむことに失敗し大声を出す。しかし幸いかな、水槽のあるこの部屋は完全防音であり壁に穴でも開いていない限りは問題ない。
「うわ、目が怒ってる。悪かった。じゃあ真面目な話に戻るとして」
昇は水槽を目の前に笑う。
「ようやくここまで来た」
「……なんか、意外。お前はもう心が折れたと思った」
「折れるわけねえだろ」
季里は、ここまでどれほどの無茶を突き通してもここに来たかったのは、仲間を救いたかったからだと思っていた。だからこそ助けるべき仲間に裏切られた今、もはや昇は立ち上がれないかもしれない。季里はそう信じていた。
しかし目の前の昇は思ったよりも元気そうにしていた。季里は昇のその元気が理解できなかった。
その理由を昇は季里に伝える。
「仲間を救いたいのは本当だ。お前ら歩家に恨みをぶつけないと気が済まないのも本当だ。だけど、それが途中で叶わないと分かっても、あきらめる理由にはならない」
「なんで……?」
「これは俺がそうすべきだ、そうしたいからだ、って始めた戦いだ。それでみんなを無理に巻き込んで、俺の目的のために利用した。なら、せめて最後まで突き通すのが筋ってもんだろ。最後まで、たとえ行く先が何もかも、俺の望まない結末であっても、諦めない。そうすれば後悔だけはしないと確信できる」
「……そうか。行く先が地獄でもか」
その答えは、聞く人によれば愚かだと蔑むだろう。あるいは、道化だと嘲笑するだろう。本当に賢い者とは本来、利を徹底して追求し、後悔をしても悪いようにならない最善の道を行くものだ。
しかし、季里はその答えを聞いて満足していた。
これが天江昇だ。
記憶を失っていた頃の自分が、宝石の煌めきのように輝いていると信じ憧れた在り方だ。
今までの旅路を見れば、ちっぽけな島国の中のさらに街1つの中での小さな出来事に過ぎないにもかかわらず、その道筋は厳しいものだった。
それでも。決して諦めず、自分のすべきことだと信じたことをする。どれほどの脅威を前にしても、行動と努力によって、道なき道を切り拓いてここまで来た。
季里はようやく、自分が旅の中で昇に対して抱えていた思いを自覚する。
憧れていたのだ。
天江昇という人間を相手に。
「でも、俺も思うんだよ。お前が言った生き方はきっと俺みたいなもんだぞ。何度も死にかけても、ひどい目にあってみ、馬鹿だと罵られても、それでも自分を突き通すしかない。気高いお嬢様であるお前が、俺みたいな馬鹿になれるか?」
季里は、堂々と胸を張って自慢げに、自分の辿ったキツイ道を白状した昇を相手に。
笑った。
「ふふ、幸運なだけのくせに」
「運も実力のうちって言うだろ」
「ああ。本当に。そうだな」
季里は再びパネルを動かした。
水槽の管理コンピュータに出した命令は『全員の解放』。その命令をコンピュータは忠実に果たす。
「お前コレ。いいのか?」
「昇。私を許せとは言わない。歩家の一員だから。だけど、もうやめる。あなたの行く道に私も連れて行ってほしい。これからも君が辿る困難で馬鹿みたいにキツい道を一緒に歩きたい。私、なんでも協力するから。私に飽きない生き方をさせてほしい」
「……波乱万丈な生き方をするつもりはないんだけどなぁ。まあ、俺はそうなるよな。きっと。納得できないことは死んでも御免だ! って生粋の不良だ」
それは季里の中で、歩家での活動よりも、昇と一緒に居た動乱の日々の思い出が勝ったから出た言葉だった。
「だめか?」
「ダメも何も、どうすべきかを決めるのはお前だろう?」
「それはそうか」
「ああ。俺はお前の本気に応えてやることしかできないからな」
すべての水槽の中の水が、季里のコマンドにより抜かれていき、そしてテイル粒子で造られた窓枠が粒子に戻って消えていく。
コードから外されたすべての人間がその場にへたり込み、そして目を開ける。
昇はその様子を感慨深く見ていた。
彼にとっては念願の光景。無理だと多くに言われ続けた、仲間の救出を果たした象徴的な光景だ。
すぐに林太郎と如月がいるかもしれないから会いに行きたい、という欲望をおさえ、昇は拡声器をその場で想像した。
今、昇は頭が冴えていて、1回でデバイスによる想像での創造を可能とした。自分が持っていないモノをその場で生み出せるテイルの力の真骨頂と言うべきだろう。
「目ぇ覚ませ! これが最後のチャンスだぞ! 体が動いて頭も平気だと自覚したら建物からすぐに逃げろ! 死ぬかもしれないとか考えるなよ! どのみちここで逃げなかったら殺されるだけだ! 嫌だったら欠片の望みにかけて、足を動かせ!」
耳を貫くんじゃないかと錯覚する昇の大声は、まだ頭が働いていない解放された者たちの意識を強制的に覚醒させた。
少しずつ騒ぎ出し、そして入り口のドアに向けて走り始める。
季里がここで昇の拡声器を奪った。
「おい」
「出たら右に真っすぐ、そこにシェルターがある。そこには非戦闘員が本来避難するが。確認したところ、全員外に駆り出されているようだ。すぐに救援は来る、反逆軍の到着だ。それまではそこで待て!」
「え、上に逃げた方が……」
そこにいるのが歩家令嬢であると疑いを持つ者は幸運にもいなかった。それよりも長い間閉じ込められ、ようやく自由の身になれたことへの喜びと、逃げなければ次がないという焦りで頭がいっぱいになっていたのだろう。
その言葉を疑わず、季里の指示通りに右へと向かって行く。
「今頃上ではアラートがなっているだろう。きっと、歩庄が来るぞ。そんな中で上に逃げられるわけない」
「え、そうなの?」
「誰かが解放されたら、ちゃんと上の人間に伝わるようになってるんだよ。脱走とかされたときに迅速に対応できるように」
「ああ、それで敵が飛んでくるわけか」
「きっと兄上と、真紀がくる」
真紀。
昇の表情が若干曇る。
「殺し合いになるな」
「ああ。だから、お前は逃げろ」
「なんで。お前1人に任せるわけにはいかないだろ」
季里は首を振る。そして指をさした。
その先には、昇がずっと会いたかった2人が、皆に置いてかれながらも、昇を待っていた。
「林太郎」
「昇、うるせえんだよ。おかげで目は覚めたけどな」
「如月」
「いろいろと聞かせてほしいわ。なんであんたが皆を救った英雄みたいな、ドヤ顔をしてるのか。まあでもその前に、逃げなきゃなんでしょ!」
呼ばれている。
しかし、昇は季里を置いて行く気にはなれなかった。
この状況を見れば、季里が裏切ったことは一目瞭然。
この後、昇は彼女がどのような目にあうか考え、具体性のない恐怖を覚える。
しかし季里は昇の体を押して、友のところに行くよう促した。
「ここからは、私が変わるための戦いだ。雑魚は引っ込んでなさい」
「なんだよ。でも」
「二度は言わないわ。お願い」
決意に満ちた季里の表情を見て、昇は季里が本気で――する気だと悟る。
そして昇はその覚悟を受け止め、頷いた。
友が待つ場所へと駆けだす。
季里は友を連れて、逃亡を手助けする彼を満足そうに見送った。
(天、来て。お願い)
外で待機させている自分の〈天使兵〉を呼び出し、そして、兄と戦うため右手に、自分の愛剣を握った。
銘は〈
何度も戦ったことがあっても、一度も勝ったことのない兄へ。
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