外伝2-40 危機迫る(後)

 反逆軍幹部、夢原希子。彼女は今、歩家幹部筆頭、伝と戦っている。

 右と左に紫の刃を持つ刀身短めの刀を一振りずつ持ち、さらにオリジナルのデータ、〈シークレットバルーン〉を使って応戦する。

「反逆軍とはいえ、人間の女子1人とは。甘く見られたものよ」

 筆頭は基本的に近接戦を得意とし、夢原へと接近する。その手には、見えないものの、触れるとよくない何かが渦巻いているのを夢原は見逃さなかった。

 試しにシールドで一撃、その拳をうけたところ、シールドをドリルが穿つかのように削られ容易く破壊されたのを見ている。

(あの手には当たらないようにしないと)

 バルーンはいろいろな使い方ができる。前は手持ちの風船の形として出していたが、本来は発動後、夢原を中心として半径30メートル以内にいくつもの風船の種を用意し、任意のタイミングで任意の個数を膨らませることができるものだ。もちろん夢原の指示で膨らむ大きさも自由であり、いつでも割ることができる。

 そしてこの風船は、歩庄の動きを止めたように粘着を始めとする性質を付与でき、さらに中に罠を隠して、風船が割れた瞬間に発揮できる機能も持つ。

 接近してくる相手をの進路をふさぐように、風船を膨らませ、自分の身を相手から見えないようにした。

 夢原としては行動を迷ってくれることを願うばかりだったが、相手はその風船の恐れもなく割りにかかる。

 風船は歩庄を止めた時と同じように粘着質の外皮を持っている者の、それは効果がなく、おそらくはシールドを穿った何かの効果で簡単に破れ、動きを封じることは叶わなかった。

 夢原は他いくつかの風船を膨らませるのと同時に、同じように距離を詰めてくる相手を阻む為の風船を再び発生させた。

 それも迷いなく破壊する幹部筆頭の男。

 割られた風船を中心に爆発が起こる。この風船とは先ほどとは違う罠だ。

 爆炎が起こり直撃したと思われた、その中から、

「なるほど。面白い武器だ」

 無傷の男が勢いをつけて夢原に突撃してきた。

 夢原は相手の手に最大の注意を払い、接近前に一撃入れられないか試みる。場は夢原が用意した風船が20個伝後膨らんだ状態になっていて、それ以外にも種が30個前後ある状態だ。

 その半分以上を割って、中に封入していた光弾を発射するトリガーとする。破裂音と同時に、多方面から光弾がその幹部へ撃ちだされる。

 防御する様子を男は見せなかった。無謀な突撃、というわけではなく光弾は何かには当たった者の幹部に傷がつかない。

(何かいる……?)

 そう予想を立てる夢原の元へ遂に接近を成功した幹部筆頭の男は拳を向けるが、夢原も易々と当たるわけではない。

 拳は避けた。

 しかし、見える拳とは別のところから近づいてくる気配を感じ、それを二刀を交差させて受け止める。

 強い衝撃が体に来たのを確かに感じた。

「やっぱり……!」

 後ろに跳躍して、受けた衝撃を軽減させながら〈白視〉を使い、相手の見えない何かを確認する。

 夢原が見たのは、幹部筆頭の男の後ろに、伝よりも一回り大きな、筋肉質の上半身の人型が存在する。先ほど、筆頭が突き出した拳とは別に夢原を殴ったのはその大男であると判断できる。

(アイツの召喚兵か……!)

 距離を再び取る夢原。それを見て、幹部筆頭は再び拳を突き出した、

(遠距離攻撃……!)

 夢原は足元の風船を一瞬で巨大化させて、その勢いで上に跳躍した。直後、伝が放っただろう遠距離の拳戟に寄って、その風船は破壊される、

 空中から、夢原はその男の周りの風船をたくさん膨らませて、相手の視界を奪う。そして風船ごと〈撃月〉を使い、相手を両断すべく剣を振った。

 風船を綺麗に斬った遠距離斬撃はそのまま伝へ向かう。しかし、後ろの巨人の逞しい腕が生半可な威力ではない〈撃月〉を受け止め、召喚術者を守った。

 空中から着地した夢原は再び風船を使い、自分と相手の間に壁を作るものの、直後、先ほども見た相手の遠隔攻撃を風船を貫通。それを右に避ける。

 そして周りの風船を割りながら風船から出てくる刃をすべて大男に受け止めさせ、凄まじい勢いで肉迫してくる伝。突進の勢いのまま突き出された拳を躱した夢原。しかしそこから透明な大男の拳が2発飛んでくる。一発は受け流した者の、もう一発を受けきれず直撃。

「ぐ……!」

 勢いを殺しきれず吹っ飛ばされる。

「よし」

 伝がつぶやいた、そして手を橋がある方へと伸ばす。

(まずい、橋に痛手を受けるわけにはいかない!)

 幹部筆頭は、橋の方へと向けて大出力の砲撃を放った。白い光による銃弾とは一線を画す砲撃は明らかに橋を守る城壁を貫通する威力だった。

 夢原はそれを止めるべく走り出し、砲撃の軌道上に立つと、できる限りの風船を膨らませる。今回は風船自体を頑丈にして盾とし、砲撃を止めようとした、

 砲撃はしばらくはそれを止めたものの、その後貫通。夢原は自分のシールドをできる限り最大防御力にして展開し、砲撃を防ごうと動く。

 そのシールドも貫通。

 最終手段として、今持っている二振りの短刀で威力が減衰してきた砲撃を防ぐ。

 その刃すら解け、遂に夢原を突破してしまった。

「〈ランパート〉!」

 それでも諦めず夢原は新たに城壁を築き、その砲撃を受け止めた。

 ここでようやく砲撃は止まることになる。

 何とか脅威を止めることができて、安心した夢原。しかしこの防御だけで自身のテイル保有量の5分の1を使ってしまった。今後の継戦を考えると次は防げない。

「良く止めた小娘。連射はない。安心してよいぞ」

「それ、教えちゃうの? もしかしてナメられてる私?」

「何。このタイミングで連射しなければバレるだろう。これはチャージが必要な大技でな。その分、射撃をお家芸とする八十葉家にも負けぬ自信がある」

 再び風船を膨らませ始める夢原。自分の残りテイル量の管理のために自分のテイルの残り量を見る。

 そこで、この男の余裕を生み出している理由に気が付いた。夢原のテイルは何もしていないにも関わらず減り続けている。

(なんで……?)

 夢原はもう一度〈白視〉を使って、テイル粒子の流れを見る。わずかではあるが自分から漏れ出たテイル粒子が、あの男の後ろの大男へと流れ、吸収されていることが判明。

「この野郎……!」

 夢原の機嫌が目に見えて悪くなる。

 幹部筆頭、伝もそれに気が付いたのか感心したように笑みを浮かべ、自身の能力を語った。

「私は近接戦は得意だが、遠距離は苦手でな。しかしその対策をしないわけではない。幸い我が〈頑在護霊〉は耐久力に優れる。相手の攻撃は耐えそのテイルを解析、こちらに攻撃を向けた相手を特定して、その者のテイル吸収することで、遠距離で戦う者にも損害を与えられるようにしたのだ」

「つまりこのまま手をこまねいていても私は負けるってわけ?」

 伝は再び武器を構える夢原に語り掛ける。

「お前だけに崩されるほど私は柔ではない。だが見込みのある娘だ。ここで殺すには惜しいな。どうだ、私の配下にならないか。反逆軍などというこの世に最も要らぬ悪しき集団にいるのではなく、人間は人間らしく〈人〉の間に生きる正しい道へ更生するときだ」

「……は?」

 夢原希子がその一言に今までの中で最も強い怒りを載せていたことは間違いない。しかし伝は続ける。

「くだらない妄想からもう離れろ。お前達人間が自由に生きる時代は終わったことを認めるべきだ」

「黙れクソジジイ」

「ん?」

「私たち反逆軍の存在は、多くの人間の救済によって報われる。京都を守り、人々を守るために必死に戦い続けた皆の努力を侮蔑するのは、死んでも許さない大罪」

「愚かな。勝ち目がないというのがまだ分からないのか。私は幹部筆頭。この身は徳位伊東家で十年以上の修業を経て培った戦闘兵器。人間になど遅れは取らん」

 夢原は再び武器を構えた。夢原が残り戦える時間は3分ほどしかない。しかし攻めあぐねている現状において、勝機は薄いと言わざるを得なかった。




 早坂、井天の双子はもう一人の〈人〉の幹部と戦っていた。

 しかしこちらも戦況は芳しくない。

 その理由はこちらの幹部の男が使っている召喚兵器。モチーフとなっているのはカブトムシとクワガタだが、全長は30センチの大きく、角の部分が代わりにブレードになっていて、自由に飛び回って角の代わりのブレードで相手を貫いたり、クワガタの二本のブレードは相手を挟んで拘束することもできる。

 そしてその召喚虫は戦場に常に15体存在して、その全員が3人の相手を無視して橋の方へと飛んで行っているのだ。井天の双子は光弾を使いその虫を駆逐しているものの、引き続き召喚され続ける虫たちへの対応に追われている。

 幹部からすると、敵と橋、狙いどころが2つあるのが強みになっている。必然的に対する反逆者側は、橋で頑張っている仲間へ攻撃を通さないために行動が制限される。

 結果、幹部1人を早坂が相手して、虫たちを井天2人が対応するとい連携の分断が自然に出来上がっていた。

「ちょこまか動き回るな……!」

「雲! そっちいったぞ!」

「う……!」

 単調な攻撃であれば対応もできたかもしれない。しかしその虫はある程度の知能を持ち、攻撃をかわしながら敵に迫る機能を持っている。光弾を生み出し、射撃である程度撃ち落とそうとしても、潜り抜けてくる虫。そして井天が不得意とする近接での対応をせざるを得ない。一応、反逆軍所属の人間は全員、銃か光弾生成か弓のいずれかの射撃訓練と、刀による近接戦の訓練を行っているため、全くできないということはない。しかし、その精度はあくまで専門としている者より数段劣る。

 戦闘のプロにである反逆軍の井天の双子は、相手の召喚兵器の絶妙に連携の取れた動きに翻弄され、近づかれてからは苦戦を強いられていた。

 一方、早坂は1人で相手の〈人〉と戦わなければならない。

「ククク」

 笑いながら突剣による刺突を繰り返す相手。自分に迫る剣先を見極め、持っている短剣でしのぐ早坂。しかし彼女もどちらかというと暗殺を得意とするため、正面戦闘は東堂や壮志郎などに比べて一歩劣る。

 現状防戦一方だった。

「どうしたどうした?」

「……静かに戦えないんですか?」

「なんだよ、ノリ悪いなぁ」

 一度攻撃の手を緩める敵。できた隙を見極め井天達の様子を確認する。先ほどよりも表情が厳しくなっている様子を見て早坂は焦りを隠せない。

「せっかく手加減して、楽しくやってるんだから、もっと楽しませてもらわないとねぇ?」

「度し難いですね。命のやり取りを楽しむなんて」

 短剣を逆手で持ち、余裕の笑みを浮かべるその男を見据える。その瞳には余裕はなかった。




 季里によって地下へと連行された昇。

 地下は発電所の区域。数多くの人間が、多くのコードと呼吸器を取り付けられて、老化や衰弱を著しく減速させる特殊な液体でいっぱいな水槽に閉じ込められている。水槽は1人につき1つ、お1人様サイズで用意されているため、ここにはたくさんの水槽が並んでいる。普通の人間が見れば恐怖を抱かずにいられないだろう。

「懐かしいだろう?」

 季里は昇に語り掛けた。

 昇は下を向いたまま何も言わなかった。

「お前はあの日、ただひたすらに逃げた。ここにいる連中を見捨てて。まあ無理もない。意識を奇跡的に取り戻しても半狂乱状態だったお前に、ここの人間を助ける余裕はなかったからな」

 季里は水槽の操作をすべて統括するコンピュータパネルの軌道を始める。必要な操作を行うために。

「当時の監視の職員は驚いていたよ。警報が鳴って該当する人間の水槽を見に行ったら、コードが外れておぼれてしまう寸前だった。すぐに水槽の水を抜いてやったそうだ。そしたら、急に暴れだしたそいつは、どこにそんな力を隠し持っていたのか、ガラスをたたき割って、その場にいた職員に襲い掛かった。デバイスだけを奪うと、研究所の外に何とか脱出。外の警備兵から逃れるために川に飛び込んだ」

 パネルを操作しながら、季里は昇を邪魔そうな顔で投げ捨てる。床に転がった昇を見下しながら、口を動かした。

「私はね。その時――」

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