外伝2-25 お前を見届けるまでは

 夜の廃街は当然というべきなのかもしれないが静まり返っていた。

 故になおのことその存在は不気味に映る。

 廃街の出口から外に出た昇たちの上空。そこを煌めく翼で飛行し続ける〈天使兵〉。

 井天と内也と壮志郎と共に、昇と明奈は行動している。廃街の建物を陰に〈天使兵〉の監視を潜り抜けながら、廃街の中を移動している。

(やれやれ……)

 明奈は今このようなことになっていることを振り返ると理解できない。普段の自分だったら絶対にこのような無茶をしないし、仮に仲間がいてもこんなことは許さないだろうと。

 しかし、実際自分は昇を止めることはなかった。怒っているわけでもない。

「なあ、実際どこを探せばいいんだろうな」

 当の昇はこんな状況だ。イノシシ頭を少し前に治した方がいいと言ったばかりなのに、またも正義感と勢いに任せた昇の行為によって現在の危険極まりない戦場へと駆り出されている自分。

(私はこいつの世話係じゃないんだけどなぁ)

 文句を言いつつも、決して嫌な気分ではないのは、やはりこの男を信頼している証なのだろう、と改めて感じていた。

「さあ。しかし、映像を見る限りだと廃街の中でも旧住宅街ではなく、旧繁華街の可能性の方が高い」

「ならとりあえずはそっち探してみようぜ」

「天江君、何自分で仕切ってるの」

「あ。ごめん、なさい。井天、さん?」

「なんでカタコトになる?」

 井天に指摘を受け、へらへらと照れ笑いしている。

「でも、行くしかないだろ?」

「そう。しかし、ならばこそ気を付けて。ここから先は影が少ない。旧繁華街に入るまでに〈天使兵〉数体の追跡は避けられない」

「望むところだ。死なないようにしないとな」

 明奈は旧繁華街と呼ばれる場所の地図を出す。現在の歩領の繁華街からは離れた場所にあるそこは、見る限りかつては買い物や屋外施設、オフィスビルが集まっていた場所で、大型の商業施設を目玉としているようだ。並んでいる建物の規模から見てに、かつての繁華街として、機能していたことに違いはない。

 さすがに一気に駆け抜けるわけではなく、以前も使った〈透化〉〈忍歩〉〈霧中〉という自分の場所を隠匿する戦闘支援技術を使って、できる限りは繁華街へと近づいていく予定だ。

 しかし、1分使うだけで全保有テイルの6割を失うことになる。

「これを」

 昇と明奈に、内也から道具が渡る。

「これは?」

「電池と言われることが多い。本当は、テイル粒子を封じ込めた入れ物だ。デバイスと同期させることで、コストとして支払うテイルを肩代わりしてくれる」

「便利だなぁ」

「これで隠匿できる時間を1分稼ぐ。俺達は〈爆動〉の高速移動で一気に繁華街までぶっ飛ぶぞ」

 早速昇と明奈もデバイスに与えられた電池を同期する。

「よし、行くぞ」

 壮志郎の声に従い先ほど挙げた3つを使用して、一気に廃街を駆け出した。

 廃街の中でも旧繁華街までは、幸運なことに道路を真っすぐ行くだけでたどり着くことができる。曲がる必要がない分、〈爆動〉による高速移動も速度を高めに設定することができるため、旧繁華街にはすぐにたどり着くことができる。

 廃街の旧住宅地区には一軒家が多かった分、大きな建物が徐々に見え始めることで、アジトの出口からかなり移動してきたのを感じる。

 1分経過。残念ながらそれだけでは旧繁華街地区にたどり着くことはできず、〈天使兵〉に昇たち一行の姿が見え始める。

 さすが伊東家の最高戦力となる兵器の1つ。すぐに街の異変を察知して近くの〈天使兵〉が追跡を始めた。〈爆動〉でおよそ時速140キロの移動をしてるものの、それを超えるスピードで飛来しているのか、徐々に追いつかれ始める。

「マジかよ……」

「西さん。どこかで止めますか?」

 壮志郎と井天の双子より、内也は反逆軍では1年ほど先輩だ。その立場を鑑みて内也は判断を下す。

「何人いる?」

「4人です」

「なら、もう少し先で止める。俺達が後ろに回るから、井天さんたちは前に行け。繁華街に入ってもそこを捜索している〈天使兵〉が居るはずだ。それだけは注意だ」

「了解」

 壮志郎に合図を送り、夢原隊の2人と東堂隊の2人のポジションが入れ替わる。そして内也と壮志郎は徐々に減速を始めた。

「大丈夫か?」

「今は信じるしかない」

 昇の心配を明奈は一言で片づけ、今は旧繁華街地区へと走っていく。




 旧住宅街地区とはまた違った高層の建物が多いこの場所。

「レーダーによると、今いる旧繁華街南地区には6体の〈天使兵〉」

「むやみやたらに歩くと危険だな……」

 昇も明奈も〈天使兵〉の具体的な強さは分からないものの、相手にしたくないような化け物であることは自覚している。

「ん、おいアレ」

 昇が道端を指さす。

 そこには、倒れている〈天使兵〉が1人。よく見ると少し動いているのでまだ絶命しているわけではないことが分かる。

「この場に〈天使兵〉と敵対する誰かがいるって証拠」

 致命傷を受けてまだ動いているところ見ると、状況から見てやられたのがついさっきであることは明らかだ。

「交戦中なのか……?」

 昇の呟きが正確ならば、近くで交戦中の可能性がある。全員が周りをよく見る。

「あ……来る!」

 西側を見た井天雲、兄の方が叫ぶ。〈天使兵〉が急接近している証だった。

 しかし、来るのは敵だけではなかった。

 並ぶ高いものでは10階のものもある、オフィスビルが数多く存在する廃街の中でも目につきやすい、大型商業施設の屋上で、昇たちが認知しない爆発が発生したのだ。そしてそのさらに上には、魔法陣からその屋上へと向けてレーザーが放たれている。

(あれは……)

 明奈にはそれに見覚えがあった。

 しかし、その内容を伝える前に、

「あそこだ!」

 昇が突進してしまったため、明奈は仕方なくそれを追う。

「雨、彼らを! 天使兵1人はここで受け持つ!」

「うん!」

 井天雲は妹を追わせて、自分は迫る天使兵を近づかせないように集中した。

 昇は〈爆動〉を使い、一気にその屋上へと跳躍した。明奈、井天雨もそれを同じ方法で追う。

 再び爆発。それは先ほど見えたレーザーだけが原因ではない。天使兵から、光の槍が何本も降り注ぎ、それが炸裂したのだ。

 屋上に到着。そして一呼吸置いて明奈、さらに3秒後に井天雨も。

 そこで3人が目にしたのは、歩家の幹部で、先日明奈と一戦交えた〈人〉、そし8体の天使兵が、地上にいる少年1人を執拗に攻撃している光景だった。

「あら?」

 乱入者に気が付いたのは近衛の女。それに対し天使兵は止まることなく攻撃を続けている。

 対し少年は、かなり息が上がっていた。その周りは攻撃の跡が数多く残っている。

 光の槍の投擲。それを武装を一瞬で行った昇が炎の拳で弾き返そうとする。

 しかしあまりの威力に逆に押し込まれそうになり、続く2発を防げないと判断。狙われていた少年を巻き込みながら後ろに跳ぶことで光の槍の炸裂から守る。

「なんだ、君たちは?」

「大丈夫か?」

「俺は平気だ! むしろこんなところに飛び込んでくるなんて頭おかしいのか!」

「でも、襲われてただろ!」

「普通無視して逃げるだろ! だって俺は……」

「そんなこと関係ない。命の危機に立場なんて二の次だ。一緒に生き延びるぞ!」

 敵を見つめる昇に、少年は呆気にとられていた。

 明奈、そして雨はその少年は見て、先ほどのやられた天使兵、そしてこの猛攻を生き延びる事ができた理由を察する。

「なんであなたがここに」

 雨の台詞に無理もない。

「しっかりとした自己紹介は後程。今は、君たちを逃がさないと」

 昇の突然の乱入に驚きで開いた口がふさがらなかった少年だったが、頭の切り替えを行い現状打破という、昇、明奈、井天雨3人の次なる目的と同じ目的を自分に設定する。

 天使は続きの攻撃を始めようとしたが、それを近衛の女が止めた。

「――念のため聞いて置くけど、なんで首を突っ込んだの。せっかくこれからが楽しいところだというのに」

「楽しいもクソもあるか! こいつは俺らが助ける!」

「本気? 2つの意味でだけど。そいつはそもそも、というのは置いておいても。私と〈天使兵〉を前に生き延びられるとでも?」

 近衛の女の言うことは正しい。普通に考えれば少年を人間と仮定して人間4人と近衛と〈天使兵〉8人では戦力差は圧倒的。

 少なくとも、この場で昇がいくら張り切ったところで、足止めにもならない。

 昇はなんとか打破すべく、次を考えていた。

 しかし彼がこの状況を打破できる策を考えつくとは、井天雨も、相手を見ない無謀な突撃を目の前で見た少年も、そして明奈も思っていない。

 故に明奈が昇の前に出たのだ。代わりに、この場をどうにかするために。

「明奈?」

 それを見た近衛の女は狂喜した。

「いいわね。この前殺せなかったあなたと再会できて嬉しいわ。この前の続き、やりたいと思っていたのよ」

 明奈は唇の端を吊り上げると、昇に宣言する。

「昇、邪魔だ。この女の相手は私がする。お前はそこのヤツを助けに来たんだろう? なら、さっさとそいつを連れて帰れ」

「無茶だろ。みんなで」

「安心しろ。この際はっきり言うが、〈天使兵〉はお前らの受け持ちだ。幸い、あの女の戦い方は知ってる。フルパワーで戦えば〈天使兵〉は邪魔になるから、奴は間違いなくお前達を〈天使兵〉に追わせる」

 明奈はデバイスを使い、普段使いしている銃、そして本気で戦うときに使う短刀を取り出す。

 昇も、井天雨もそれに納得はできなかったが、

「何をしている。ぐずぐずするな! 速く行け!」

 今度は明奈がもうそれ以上の言葉を受け入れるのを認めていないのを、珍しく声を張りあげた彼女から察し、その指示に従う。

「死ぬなよ」

「当然だ。お前を見届けるまでは絶対に」

 昇は一言明奈に言い残し、助けた少年と井天雨とともにその場から駆け出す。

「ここは私がやります。建物を包囲しなさい。飛び降りるなら空中で迎撃できます。もしも彼らが建物に入ったら追撃、袋のネズミにしなさい」

「了解」

 〈天使兵〉は近衛の女の指示に従い、商業施設の屋上から飛び立ちまずは建物を包囲する。

 空中で迎撃されては勝ち目がない。昇と井天雨は屋内から下へと行くことにして、昇が地面をチャージした炎を纏った高火力の拳戟で穴をあけ、下へと向かう。〈天使兵〉はそれを確認すると建物の中へと自分達も侵入した。

 屋上に2人。明奈と近衛の女。

「自分を犠牲にするとは殊勝な心掛けね」

「犠牲?」

「あら、本気で勝てると思ってるの?」

「勝ち目があるから残った。それが事実だ」

 明奈は構える。

 彼女を狙うように、天空にはこれまで攻撃を控えていた証として、数多くの魔法陣が描かれた。

「なら、希望という幻覚を見がちな人間ちゃんには、手痛い現実を見せてあげないとね?」

 そしてその魔法陣から多くのレーザーが放たれる。先日の廃街での戦い、その続きの火ぶたが切って落とされた。

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