外伝2-26 〈天使兵〉迎撃戦(前)

 大型商業施設の屋上には数多くの穴が穿たれ、下の階が露見している。

 残された足場の上に明奈が短刀と銃を持ち、広い屋上を駆け巡る。上空からレーザーを撃ち放題している女を目で捉え、銃口を敵の方へと向ける。

 当然レーザーのすべてを避けているわけではない。

 まず射撃で7割の攻撃を相殺している。〈螺旋徹甲〉と呼ばれる特殊弾を使って。そして2割は〈爆動〉を用いた高速移動で直撃しないよう動いている。ここまでは以前交戦したときと同じだ。

 相手も以前のままでは殺しきれないと分かってきたのか、さらに手数を増やしてきたのだ。攻撃はより苛烈なものになり明奈を追い詰めようとしていた。明奈が前と同じように銃だけを使っていては、とても捌き切れない猛攻となっている。

 明奈も戦う前からそれを予想していて、もう1つの武器である、短刀を使用していた。

 残り1割の、自分に迫ったレーザーは持っている短刀で防いでいる。当然ながらただ振って弾けるものではなく、明奈はその短刀を守るための力を纏わせていた。その名を〈砕刃〉、短刀の刃の周りに白銀の光で表される、触れるものを両断する斥力場を発生させる。これにより刃は高度な抵抗力を持ち、本来は刃では切れないような攻撃を完全に受け流したり弾いたり、〈砕刃〉の力がその攻撃に勝れば完全に両断することができる。

 それを持って残り1割、自分を的確に狙ってくるレーザーを両断したり、受け流したりして、自分に攻撃が当たらないようにした。仮にレーザーを〈砕刃〉で受けた際にレーザーが切り分けられた先が明奈の方に迫っても〈砕刃〉との衝突で大幅に威力を減衰させたレーザーならば、シールドで十分防ぐことができる。

 相手の攻撃を以上の方法で捌きながら明奈は決して反撃を欠かさない。銃の特性である弾丸へと特殊効果付与。それによって放たれた光弾は自分の思い描いた軌道を走り相手へと迫る。当然それは相手の魔法陣型の防御障壁に防がれるが、希少な攻撃のタイミング、ただで防がれるような弾は撃たない。

(爆ぜろ……!)

 先ほど放ったのは弾ではあるが相手の障壁に打ち込まれる釘でもある。打ち込まれた釘は明奈の命令に従い爆発を起こし障壁を爆砕した。

 爆炎から逃げようと上空を飛翔するその近衛の女に追撃のため再び弾を放った。今度は威力と貫通力の高い弾。それを数発連射。再びそれを魔法陣障壁で防ごうとする近衛の女だったが、3発で障壁にひびが入ったところを確認すると防ぐのをやめる判断をして回避へ転じる。とっさながら即断だった故にギリギリその攻撃を避けた。

(ち……!)

 相手の攻撃によって屋上はすでにボロボロ。これ以上は崩壊の危険もあるため、明奈はここでの迎撃を諦め、商業施設の外へと戦場を移すことを決めた。

 明奈は屋上の外へと飛び出す。

(ここから先は、気を抜いたら死ぬ! 気を張れ!)

 自分に強く言って、そして集中する。

 通常、戦いはデバイスの中にある元々想像して創りあげたものを保存して、2回目以降に想像なしで使えるように保存した〈データ〉を使用する。しかし、元々用意していなかったものはデバイスの本来の使い方である想像によるものの現実化をその場で行わなければ行けない。

 先にも説明した通り、その想像は高い正確さが求められる。少しでもバグを内包した創造をすれば、時に致命的な問題が出る。

 さらに言えば、ここは戦場。相手の攻撃に意識を向け、自分の移動にも意識を向け、その上で想像をしようというものら、本人にかかる負担は非常に大きい。頭が少しでもついて行かなくなったら、それが自分の命を失うことへとつながるのだ。

 レーザーが迫る中、3秒の余裕があると判断して、空中に足場があると明奈は想像する。デバイスが反応して、明奈の想像の通りに足場ができる。足場は凝ったものではなく、見た目はシールドと同じだ。しかしコストダウンのため見た目は同じでも、テイル攻撃への耐久性はない。

 〈爆動〉を使いまずはできた足場へと着地する。そしてすぐに次の足場を創り出してはまたそこへと跳び移っていく。明奈が足場から離れてすぐに、明奈を狙ったレーザーが足場を貫通していった。

 明奈が足場から足場へと移る間、空中を浮遊している間が攻撃と迎撃のチャンスだ。自分を狙うレーザーを〈螺旋徹甲〉で破壊しながら、その間を縫うように追尾弾で相手に攻撃していく。時に自分に迫るレーザーを短刀の〈砕刃〉で弾く。

 明奈はその方法で、飛んで来る近衛との攻防を繰り広げていたが、想像を行う分、判断や行動が一呼吸遅くなっている。

 それを、時に追尾弾ではなく回避が容易な通常弾が放たれているところから近衛の女は判断した。

(焦る必要はないわね。この攻撃を的確に行いながら相手を追い詰めれば、必ずどこかでガタが出る。そこで一気に追い詰められる)


 


 商業施設に8体の〈天使兵〉が侵入。それを井天雨、昇、そして救出対象の見た目15歳の後輩少年で迎え撃たなければいけないという最悪の事態になった。

 完全に包囲されている。〈天使兵〉は相手の無理矢理突破を警戒して、前衛と後衛に別れ、二重の壁をつくっている。

 故に昇たちに襲い掛かるのは8体全員ではないものの、4対でも3人では十分に脅威となる。

 〈天使兵〉の標準装備はフード付きのローブと光の武器。今回は光の槍と剣の2種類が見て取れる。

 最初は逃げようとした昇たちだったが機動力は向こうが上、逃げられるわけもなく、さらに進行方向を塞ぐように光の槍が投擲され槍が刺さった地面が爆発し壁になる。逃げ場を失った昇たちは迎撃せざるを得なかった。

「ヤバイ!」

「天江君、1人お願い!」

「1人? お前が3人やる気か?」

「それは……」

 これ以上会話を続けている余裕はない。前衛の〈天使兵〉が一気に迫ってくる。それだけではない、昇たちの迎撃や妨げるように後衛が再び槍を生成し、それを矢のごとき速さで発射する。

 実質8方向からの敵の接近。弱い攻撃であれば弾けば済む話だが、昇の渾身の拳戟でも槍は全く弾けなかったのは先ほどで分かっている。槍をどうにかしてから、接近する敵に集中するという定石の戦術は通用しない。

 またも自分の力不足を実感する昇だったが、それは分かり切っていたことだ。昇は何か手はないか、焦りが募るなかで考える。

 その時。

 槍を貫く稲妻が走る。昇の一撃でびくともしなかったのが嘘かのように砕けちり、そして接近する天使兵4人にも、同じ雷撃が襲い掛かる。勘のいい〈天使兵〉はその閃きからローブの加護により体を守ったが、そうでない〈天使兵〉はその雷に貫かれ動かなくなる。

 井天の妹の仕業かと昇は思ったが、それを否定したのは次の一言だった。

「これで前衛は後2人だ。お前らで1人ずつ受けてくれ。俺は後衛を始末する」

 助けたはずの少年が強気の発言をする。井天ではないとしたら、先ほどの雷はこの少年の仕業だということだ。

「は……?」

「おい。俺を助けると豪語したんだ。なら、〈天使兵〉の1人くらい始末できないクソガキじゃないよな?」

 一体何をした、お前にクソガキと言われる歳じゃない、といろいろ思わざるを得なかったが、話をしている暇はない。少年は迫る天使兵を無視して一気に後衛の4人へ攻撃を開始した。その動きはまさに電光石火、蒼い刃が天使兵の攻撃を弾き、一瞬で後ろに回り込んで始末した。

「〈ランパート〉!」

 井天雨が迫ってくる2人の天使兵、そして自分と昇を分断するように大きな壁をデバイスを使って作る。城壁の作り方はその場で想像によって決まるため、自由に耐久性の高い壁を創り出すことができるのがこの反逆軍オリジナルの防御障壁、〈ランパート〉だ。

「そっち任せる!」

「おう!」

 井天雨は自分の周りに光弾の素を生成して、それを一気に撃ち放つ。〈天使兵〉をそれで仕留めるには至らないが、相手の突進を止めることは叶った。

 昇もそれを見て先制攻撃を仕掛けることにした。井天雨のように、最初は遠距離で迎撃して相手の突進を止めることにした。

 先日の戦利品の中から砲撃銃を具現化して攻撃を開始する。

 〈天使兵〉は光の盾を生み出し、その攻撃を防ぐ。突進は止まらない。

「マジか」

 思わず独り言を言ってしまったが、むしろ接近戦は本来の昇の戦い方ができるので望むところだろう。しかしこれは正々堂々の試合ではない、できるだけ自分に有利な状況をつくるのが大切なことだ。それを以前の黒木や歩庄との戦いを思い出し昇は学んでいる。

 故に、昇は多少コストが高くつくものの、以前自分と苦しめた鳥を今度は自分の武器とすべく呼び出した。鳥は昇の炎に似た淡い光を纏い、〈天使兵〉へと突撃していく。

 それも盾で受け止めるつもりだった様子だったが、鳥の突撃が想定よりも衝撃が強かったのか、体勢を崩され、やむなく〈天使兵〉は鳥を攻撃して自分を邪魔する厄介者を消しさろうとした。

(ここだ!)

 昇は突撃する。

(認めたくはないが、格上との戦い方は少しは学んだ)

 先だって行った反逆軍3人との訓練は親交を深める以上の気づきを昇に与えている。結果は大惨敗だったものの、タイマンで戦っても自分よりは強いと認めざるを得ない、壮志郎や井天との戦いの中で、昇は改めて気が付いている。格上の相手であっても完全無欠ではない。隙を見つけ攻撃をすることが大切だ。多くが防がれてもその中でたった1つでも相手の虚を突ければ、そこで殺せるのだから。

 突撃、そして一気に炎を纏った拳を叩き込む。

 しかしそれは盾で防御された。

(堅い……!)

 季里との剣と激突させた時と同じくらいに強い抵抗力を感じた。

 それだけでは〈天使兵〉は止まらず、意外にも槍ではなく足の蹴り上げで昇を攻撃する。それを後ろに跳んで躱すが、

(あ、ヤバイ!)

 槍が最も得意とする間合いとなった。槍の刺突による猛攻が昇へと襲い掛かる。

 鋭い一撃の積み重ねが昇を徐々に追い詰める。そして急に斬撃へと転換した攻撃を何とか弾いた瞬間、天使兵の盾から衝撃波は放たれ、昇は吹っ飛ばされる。

 もろに食らって、体に激痛が走るが、

(なんの……!)

 こんなとこで負けるわけにはいかないと、気合でその場を耐え抜く。

 しかし、〈天使兵〉は甘くなかった。

 昇が激痛に耐えた一瞬、〈天使兵〉から意識を離したその隙は見逃されず、すでに接近し昇の顔を貫くため、顔面の30センチ先まで矛先が迫っていた。

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